本来は〈非論理的な〉〈分別を欠いた〉〈ばかげた〉などを意味する一般的な言葉だが,フランスの作家A.カミュが《異邦人》《シジフォスの神話》(ともに1942)で,この言葉に独自の哲学的な意味をもたせ,第2次大戦後の世界に広く流通することになった。カミュによれば,〈不条理〉とは世界の属性でも人間の属性でもなく,人間に与えられた条件の根源的なあいまいさに由来する世界と人間との関係そのものであり,理解を拒絶するものと明晰な理解への願望との果てしない対決である。この考えは,ニーチェ以降のヨーロッパの実存主義的な思想潮流の中に位置するものであったが,〈不条理〉は人間存在の置かれた状態を示す言葉ではなくて,世界に対する態度を示す言葉であり,ここに,この言葉がカミュ自身の意図をはるかにこえて,西欧や日本における一時代の青年知識層に強い知的刺激を与えた一つの要因があったといえよう。一方,19世紀後半以降,人間の条件としての〈不条理性〉への認識の深化は,人間の行為や表現の無意味さについての意識の先鋭化をもたらし,〈不条理性〉そのものの表現の探求に向かうさまざまな芸術作品を生み出した。イギリスの批評家M.エスリンは,ジャリに始まる演劇におけるこの探求を系譜づけ〈不条理劇theatre of the absurd〉と命名したが,〈不条理〉は演劇のみならず,現代における小説,詩,絵画,音楽の特性を表す言葉の一つといえよう。
執筆者:山田 登
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
人間と人間、人間と世界との関係が条理・道理にあわないこと。つまり、必然的な根拠が不在であり、すべては偶然に基づくということである。フランス語のアプシュルディテabsurditéの訳で、この語の現代的な用法はカミュに端を発する。彼は『異邦人』(1942)において、現代の不条理の状況、現代的な不条理の人間を小説の形で提示し、さらに『シジフォスの神話』(1942)においてそれに哲学的、論理的な解明を与えた(「不条理とは本質的な観念であり、第一の真理である」)。そして、それに対するサルトルの好意的な批評などもあって、一躍有名になったことばである。
神なきあと(ニーチェの「神は死んだ」)の人間の存在は偶然であり、人間と世界との関係も偶然である。人間の生にはなんらの確たる意味も根拠も目的もない。不条理の人間は他者たち――人生の意味や必然性を素朴に前提する人たち――との徹底した断絶のただなかで、人生の無目的性を生きざるをえない。不条理とは同時に、素朴なブルジョア的価値観に支配された現代社会に対する痛烈な批判のことばでもあった。
[足立和浩]
『カミュ著、窪田啓作訳『異邦人』(新潮文庫)』▽『中村光夫・佐藤朔・渡辺守章他訳『新潮世界文学48・49 カミュ』(1968、69・新潮社)』
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