両界曼荼羅(読み)りょうがいまんだら

精選版 日本国語大辞典 「両界曼荼羅」の意味・読み・例文・類語

りょうがい‐まんだら リャウガイ‥【両界曼荼羅】

〘名〙 (「りょうかいまんだら」とも) 金剛界曼荼羅胎蔵界曼荼羅の併称。真言密教の宗教観を図示した根本曼荼羅で、金剛界金剛頂経胎蔵界大日経に基づく。神護寺・子島寺・教王護国寺蔵のものは国宝。多くは画像であるが、彫刻によるものも長谷寺石山寺などにある。両界の曼荼羅。両部曼荼羅。金胎両界曼荼羅。
古今著聞集(1254)二「結縁のために四十九日導師を望て、両界万陀羅并に阿彌陀像を供養してけり」

出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報

デジタル大辞泉 「両界曼荼羅」の意味・読み・例文・類語

りょうかい‐まんだら〔リヤウカイ‐〕【両界××荼羅】

金剛界曼荼羅胎蔵界曼荼羅の併称。真言密教における根本理念を表したもので、ともに大日如来中心諸尊を配する。両部曼荼羅。

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

百科事典マイペディア 「両界曼荼羅」の意味・わかりやすい解説

両界曼荼羅【りょうかいまんだら】

両部曼荼羅,金胎両部とも。金剛界曼荼羅と胎蔵界曼荼羅の併称。真言密教の根本的な曼荼羅である。金剛界胎蔵界の関係は不二平等とされ,金剛界が果,胎蔵界が因を表す。金剛界曼荼羅は現実の世界,人のもつ知恵,修行の階程を図示し,《金剛頂経》の所説に基づく。胎蔵界曼荼羅は実在の世界,普遍的理性,仏の内容を図示し,《大日経》の所説に基づく。この2者を一つにまとめたのは日本真言宗教学である。両界曼荼羅図の代表例に,神護寺の《高雄曼荼羅》,東寺の《伝真言院曼荼羅》などがある。

出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「両界曼荼羅」の意味・わかりやすい解説

両界曼荼羅
りょうかいまんだら

金剛界曼荼羅と胎蔵界曼荼羅の併称。両部曼荼羅ともいう。大日如来を主尊とし,密教の諸尊を2種の体系に統合総集して構成した大規模な曼荼羅で,正純密教の説く宇宙観を象徴的に表わすものとして最も重視されてきた。胎蔵界は 12院,金剛界は9会から成り,おのおの『大日経』『金剛頂経』を所依 (しょえ) として,元来別々に展開してきたが,中国において両者相補うべきものとして前者を東,後者を西に位置させて用いるようになった。このようなセットとしての両界図の成立には唐の恵果が大きな役割を果し,彼が図絵させて空海に授けた両界図は日本に将来されて,東密におけるいわゆる現図曼荼羅の祖本となり,多くの転写本を生んだ。『高雄曼荼羅』 (神護寺) はその最古の遺品。教王護国寺蔵三幅本 (伝真言院曼荼羅) をはじめ,彩色されるのが原則であるが,前記『高雄曼荼羅』のような金銀泥によるものもある。多数の諸尊を配するため一般に大幅本が多い。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

山川 日本史小辞典 改訂新版 「両界曼荼羅」の解説

両界曼荼羅
りょうかいまんだら

両部曼荼羅とも。胎蔵界(たいぞうかい)曼荼羅と金剛界(こんごうかい)曼荼羅の2種の曼荼羅をあわせた呼称。両曼荼羅は別個に成立・発展したが,中国では二元論的に把握され,東西一対の曼荼羅として位置づけられた。胎蔵界曼荼羅は「大日経」に依拠して図絵され,金剛界曼荼羅は「金剛頂経」により縦横に整然と9区(九会)の曼荼羅を並べたもの。前者は悟りの本来の姿(理)を示し,後者は仏の智恵の実相を表したものとされ,両曼荼羅を統一して理智不二という密教的な世界観を表す。空海請来の正系である現図(げんず)曼荼羅のほか,子島(こじま)曼荼羅・西院曼荼羅などの別系本があり,また台密(たいみつ)では金剛界曼荼羅に八十一尊曼荼羅を用いることもある。

出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ) 「両界曼荼羅」の意味・わかりやすい解説

両界曼荼羅
りょうがいまんだら

両部(りょうぶ)曼荼羅ともいい、空海請来(しょうらい)の『現図(げんず)両界曼荼羅』をさす。両界とは、金剛(こんごう)界と胎蔵(たいぞう)界の曼荼羅一対(一組)をいう。また修法の金剛界・胎蔵界(正しくは胎蔵法という)に使用する曼荼羅の意。金堂などでは、内陣において向かって胎蔵界を東側に、金剛界を西側にかけるのを基本とする。真言(しんごん)密教では、この二部立(にぶだて)をおのおのの両方の壇上の敷(しき)曼荼羅に当てはめ、両部(両界)不二(ふに)を表す。

[真鍋俊照]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

世界大百科事典 第2版 「両界曼荼羅」の意味・わかりやすい解説

りょうかいまんだら【両界曼荼羅】

密教の教義を,大日如来を中心とした諸尊の配置によって図示した曼荼羅。胎蔵界曼荼羅と金剛界曼荼羅をあわせて両界曼荼羅という。両部曼荼羅とも称される。これら金・胎両曼荼羅は,インドでは別々に発達し,7世紀中ごろに成立した《大日経》により胎蔵曼荼羅が作られ,7世紀から8世紀初めにかけての《金剛頂経》にもとづき金剛界曼荼羅が出現する。胎蔵界曼荼羅は大悲胎蔵生曼荼羅,また胎蔵曼荼羅と称し,〈界〉を有さないが,中国唐代において金剛界曼荼羅と併用するにいたり,両者をあわせて両部曼荼羅と称されたが,のち〈金剛界〉に対応させて胎蔵界曼荼羅となり,両界曼荼羅の呼称が一般化した。

出典 株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について 情報

旺文社日本史事典 三訂版 「両界曼荼羅」の解説

両界曼荼羅
りょうかいまんだら

真言宗で悟りの世界を図に示したもの
『大日経』によるものを胎蔵界曼荼羅,『金剛頂経』によるものを金剛界曼荼羅といい,合わせて両界曼荼羅という。大日如来を中心に各部の諸尊を配置している。京都神護寺蔵の『高雄曼荼羅』などが有名。

出典 旺文社日本史事典 三訂版旺文社日本史事典 三訂版について 情報

世界大百科事典内の両界曼荼羅の言及

【東寺】より

…ほかに彫刻では,毘沙門堂に安置されるが,もと羅城門の楼上にあったといわれ,異国風の容貌,服装をした兜跋毘沙門天(とばつびしやもんてん)立像(唐代)が国宝。 絵画では《真言七祖像》(唐代および平安前期),《五大尊像》(伝覚仁筆,平安後期),《十二天屛風》(伝宅磨勝賀筆,鎌倉前期),《両界曼荼羅》(平安前期)がいずれも国宝。《真言七祖像》はそのうち五祖像が唐の李真筆で,空海が請来し,他の2祖は帰国後描かせたとされる。…

【平安時代美術】より

…観心寺如意輪観音像の表現はその両者の調和の上にあるといってよく,多臂の超人間的な形姿を巧みにまとめて密教像独特の神秘的な雰囲気を最高度に示している。 密教の根本教義を造形化した両界曼荼羅はいうまでもなく空海が唐から将来したものがその基本となるわけであるが,その絹本彩色の画幅は早くに傷み,現存最古のものは神護寺が蔵する綾本金銀泥絵の一本(《高雄曼荼羅》)である。これは829‐834年(天長年間の後半)淳和天皇発願により空海が描かせたと考えられるもので,その強靱な描線であらわす格調高い像容は,いま見ることのまれな本格的な唐代密教画の趣致を伝えている。…

※「両界曼荼羅」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について | 情報

今日のキーワード

インボイス

送り状。船荷証券,海上保険証券などとともに重要な船積み書類の一つで,売買契約の条件を履行したことを売主が買主に証明した書類。取引貨物の明細書ならびに計算書で,手形金額,保険価額算定の基礎となり,輸入貨...

インボイスの用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android