(読み)コト

デジタル大辞泉 「事」の意味・読み・例文・類語

こと【事】

《「こと」と同語源》
「もの」が一般に具象性をもつのに対して、思考・意識の対象となるものや、現象・行為・性質など抽象的なものをさす語。
世の中に起こる、自然または人事の現象。事柄。出来事。「の真相」「の起こり」
大変な事態。重大な出来事。「失敗したらだ」「ここでを起こしたら苦労が水の泡だ」
仕事。用件。「をなしとげる」
物事の状態や経過。また、それを中心とした事情。いきさつ。「を見守る」「と次第によっては許さないでもない」

㋐行事や儀式。
「夜いたう更けてなむ、―果てける」〈・花宴〉
㋑生命。
「いみじき―の閉ぢめを見つるに」〈・幻〉
㋒言外に了解されている、ある事柄。例のこと。
「この僧、彼の女に合宿して、―ども企てけるが」〈著聞集・二〇〉
㋓食事。特に、僧の夜食。
「ある人、―をして贈りたりけるに」〈著聞集・一八〉
他の語句をうけて、その語句の表す行為や事態を体言化する形式名詞
行為。仕業。「つまらない―をしでかしたものだ」
ある対象に関連する事柄。「映画のは彼が詳しい」「後のは君に一任する」
心情や動作の向かっている対象。「君のが好きだ」「家族のを大切にする」
言葉の内容や意味。「君の言うはわからないでもない」
文章の段落などの題目。「イソポが生涯の

㋐(「…ということだ」「…とのことだ」などの形で)噂。伝聞。「彼も結婚したというだ」
㋑(「…ことがある」などの形で)場合。「ときどき郵便物が返ってくるがある」
㋒(「…ことがある」などの形で)経験。「アメリカなら行ったがある」
㋓(「…ことはない」などの形で)必要。「そこまでしてやるはない」
㋔(「…だけのことはある」などの形で)価値。「専門家に任せただけのはあって、見事な出来だ」「わざわざ出かけただけのはあった」
㋕(「…のことだ」などの形で)ある言葉の指し示す対象である意を表す。「九郎判官とは源義経だ」
㋖(「…ことにする」「…こととする」などの形で)決定する意を表す。「やっぱり田舎に帰るにするよ」
㋗(「…ことにしている」などの形で)意図的な習慣にしている意を表す。「毎朝ジョギングするにしている」
㋘(「…ことになる」「…こととなる」などの形で)結果的にそうなる意を表す。「今度の会談で、国際情勢は新たな局面を迎えるになった」
㋙(「…ことになっている」などの形で)既に規則や予定で、そう決まっている意を表す。「法律で弁償しなくてはならないになっている」「来秋から留学するになっている」
㋚(「…ことだ」などの形で)話し手自身の判断に基づいた進言・忠告である意を表す。「入院を機に、ゆっくり休むだ」「彼にはよく謝っておくだな」
㋛(「…をこととする」などの形で)その行為に没頭していること、それを当面の仕事としていることを表す。「晴耕雨読とする」
「銭積もりて尽きざるときは、宴飲声色を―とせず」〈徒然・二一七〉
それに関して言えば、の意を表す。「私この度転居致しました」
通称・雅号などと本名との間に用いて、両名称の指す人物が同一であることを表す。「楠公なんこう楠木正成」
活用語連体形に付いて句を体言化し、そこに述べられた事柄をきわだたせる意を表す。「未来を予知するができる」「走るは走るけれど、遅い」「間もなく帰ると思います」
10 形容詞・形容動詞の連体形に付いて、その状態を強調する意を表す。「長いお世話になりました」「不思議なにからだが宙に浮いた」
11 「の」を介して程度を示す副詞に付き、さらに強調する意を表す。「なおの悪い」「いっそのやめたらどうだ」
12 (多く「…ごと」の形で用いる)
㋐動詞の連用形、名詞、形容動詞の語幹に付いて、事柄としての行為や状態を表す。「考え」「悩み」「色」「きれい
㋑真似をする遊びであることを表す。「まま」「鬼(=鬼ごっこ)」
13 活用語の連用形に付いて、句を体言化する。→こと[終助]
「呉人が西施をくせ物と云ひ―は無益なり」〈中華若木詩抄〉
[下接語]当て事い事一つ事若しもの事・我が事(ごと)遊び事あだあだし事あら案じ事いき痛事入れ事色事祝い事憂い事絵空事大事おおやけ鬼事隠し事隠れ事け事考え事綺麗きれい稽古けいこ景事芸事こしらえ事さか杯事定め事れ事仕事じつ忍び事修羅しゅら冗談事勝負事所作しょさ心配事空事ただ茶事作り事つや出来事手事内証ないしょ慰み事何事習い事れ事願い事ぎ事囃子はやしひが人事秘め事節事振り事舞事まが真似まねまま見事みそか事無駄事物事め事約束事やつし事ゆえ無し事余所よそ和事わざ私事笑い事
[類語]事物事象物事現象出来事余事余所よそ他事他人事人事ひとごと雑事諸事事件時事事柄事故異変大変急変変事大事だいじ大事おおごと小事細事些事世事俗事私事しじ私事わたくしごと用事珍事不祥事アクシデントハプニングセンセーション

じ【事】[漢字項目]

[音](呉) (慣) [訓]こと つかえる
学習漢字]3年
〈ジ〉
ことがら。できごと。「事件事故事項事実事情事態事典事物火事記事行事故事惨事私事叙事珍事無事
しごと。しわざ。「事業事務悪事家事工事炊事
つかえる。「事大主義兄事師事
〈ズ〉ことがら。「好事家
〈こと(ごと)〉「事柄仕事見事出来事
[名のり]つとむ・わざ

ごと【事】

こと(事)12」に同じ。「隠し」「頼み

ず【事】[漢字項目]

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精選版 日本国語大辞典 「事」の意味・読み・例文・類語

こと【事・縡】

  1. 〘 名詞 〙 ( 前項「こと(言)」と同語源か ) 時間的事態一般を広く指す語。
  2. [ 一 ] 形をもった「もの」に対し、そのものの働きや性質、あるいはそれらの間の関係、また、形のつかみにくい現象などを表わす語。
    1. 人のするわざ、行為。
      1. (イ) 人の行なう動作、行為を一般的に表現する。
        1. [初出の実例]「我が大君の 諸人(もろひと)を いざなひ給ひ 善(よ)き事を はじめ給ひて」(出典:万葉集(8C後)一八・四〇九四)
      2. (ロ) 古くは、特に、公的な行為、たとえば、政務、行事、儀式、刑罰などをさしていう。
        1. [初出の実例]「大君の 命(みこと)かしこみ 食(を)す国の 許等(コト)取り持ちて」(出典:万葉集(8C後)一七・四〇〇八)
        2. 「御ことども始まりたる、儀式おろかならむやは」(出典:苔の衣(1271頃)一)
      3. (ハ) ある特定の行為を実質化せず、形式化して表現する。
        1. [初出の実例]「上毛野(かみつけの)佐野田の苗のむらなへに許登(コト)は定めつ今はいかにせも」(出典:万葉集(8C後)一四・三四一八)
      4. (ニ) 「…をことにす」「…をことにて(あり)」などの形で、それを唯一の仕事にしている、その行為に没頭している、それにかかりきりである、などの意味を表わす。
        1. [初出の実例]「明くれば起き、暮るれば臥すをことにてあるぞ」(出典:蜻蛉日記(974頃)中)
    2. 多くの人々のなす行為、世の中に起こる現象などをさしていう。
      1. (イ) 諸事件、世の現象。
        1. [初出の実例]「常盤(ときは)なすかくしもがもと思へども世の許等(コト)なればとどみかねつも」(出典:万葉集(8C後)五・八〇五)
      2. (ロ) 事態、もろもろの行為の結果としての状態。
        1. [初出の実例]「宇治川の水沫(みなあわ)さかまき行く水の事かへらずそ思ひそめたる」(出典:万葉集(8C後)一一・二四三〇)
      3. (ハ) 事情、有様、状況、種々の事態の内実や、その様子、内容、理由などを表わす。
        1. [初出の実例]「ことのあるやう、ありし事など、もろともに見ける人なれば」(出典:平中物語(965頃)二五)
        2. 「はじめて事の重大さに思い至ったものだ」(出典:無関係な死(1961)〈安部公房〉)
      4. (ニ) 事件、出来事、変事。特別な用事。「ことあり」「こと出ず」「ことにのぞむ」「ことに遇う」などの形のときは、事件、変事などの意を表わし、「こととする」「ことと思う」などでは、重要な事態の意で用いられ、指定の助詞・助動詞を伴って述語になるときは、大変だの意となる。
        1. [初出の実例]「我が背子(せこ)は物な思ひそ事しあらば火にも水にも我が無けなくに」(出典:万葉集(8C後)四・五〇六)
        2. 「すこしも事と思ひたるけしきもせず」(出典:宇治拾遺物語(1221頃)一)
    3. 明確に言える物を、不明確な事態であるかのようにぼかしてさしていうのに用いる。
      1. (イ) 人をさして、その人に関する事柄をも含めて漠然という。
        1. [初出の実例]「中々かかる物の隈(くま)にぞ思ひのほかなる事もこもるべかめる」(出典:源氏物語(1001‐14頃)明石)
      2. (ロ) 生命のこと、また、死のことをいう。「こと切れる」などの形で、命の絶えることをいうのに用いる。
        1. [初出の実例]「いみじきことの閉ぢめを見つるに」(出典:源氏物語(1001‐14頃)幻)
      3. (ハ) 食事をさしていう。後には、僧の夜食をいう。
        1. [初出の実例]「粥(かゆ)などむつかしきことどもをもてはやして」(出典:源氏物語(1001‐14頃)手習)
        2. 「昔は寺々只一食(じき)にて〈略〉後には山も奈良も三度食す。夕べのをば事と山には云へり」(出典:雑談集(1305)三)
  3. [ 二 ] 他の語句を受けて、これを名詞化し、その語句の表わす行為や事態や具体的内容などを体言化する形式名詞。
    1. そういう行為、状態など。
      1. (イ) 用言の連体形による修飾を受ける場合。
        1. [初出の実例]「万代(よろづよ)に年は来経(きふ)とも梅の花絶ゆる己等(コト)なく咲き渡るべし」(出典:万葉集(8C後)五・八三〇)
        2. 「うつくしき事限なし」(出典:竹取物語(9C末‐10C初))
      2. (ロ) 動詞連用形の変化してできた名詞や、動作的な意味を含む漢語などの修飾を受ける場合。
        1. [初出の実例]「御袴著のこと、一の宮の奉りしに劣らず」(出典:源氏物語(1001‐14頃)桐壺)
    2. 修飾語句を受けて断定を強めたり、慣用的な表現に用いたりする。
      1. (イ) 文末にあって、断定の語を伴い、話し手の断定の気持を強めた表現となる。
        1. [初出の実例]「あやまちは、やすき所に成りて必ず仕る事に候」(出典:徒然草(1331頃)一〇九)
        2. 「めでたい事で御ざる」(出典:虎明本狂言・福の神(室町末‐近世初))
      2. (ロ) 場合、経験、必要などの意。特に、近代では、この形による表現の幅が狭くなって、一定の類型と一定の表現意図が結び付くようになってきている。たとえば、「…することもある(場合)」「…したことがある(ない)(経験)」「…することはない(必要)」「…することにしている(習慣)」「…するとのこと(伝聞)」「…することだ(それが最上である)」など。
        1. [初出の実例]「淀みに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久敷くとどまる事なし」(出典:嵯峨本方丈記(1212))
        2. 「こなたもまいれと半分づつ食(くふ)との事だ」(出典:滑稽本浮世風呂(1809‐13)前)
    3. 文末にあって軽い感動の意を表わす。終助詞のようにも用いる。
      1. (イ) 用言の連体形をうけてそこで文を終止するか、またはさらに終助詞を付けて感動の気持を表わす。
        1. [初出の実例]「許さぬ迎へまうで来て取り率(ゐ)てまかりぬれば、口をしく悲しき事」(出典:竹取物語(9C末‐10C初))
        2. 「いとをかしきことかな。読みてんやは」(出典:土左日記(935頃)承平五年一月七日)
      2. (ロ) 終助詞化して、連体形の下、または、文の終止した後に付いて、軽い感動の気持を表わす。女性の、やや上品な表現。
        1. [初出の実例]「貴方の羽織の紐は珍らしいんだこと」(出典:当世書生気質(1885‐86)〈坪内逍遙〉二)
      3. (ハ) 終助詞化して、文の終止した後に付いて、相手に軽く問いかける気持を表わす。
        1. [初出の実例]「『好い御湯だった事(コト)?』と聞いた」(出典:門(1910)〈夏目漱石〉三)
    4. 文を受けて全体を体言化したり、間接的に命令の気持を表わしたりする。
      1. (イ) 「こと」で文を中止するような形で、文章の題目などとして用いる。何々についてという意を表わす。
        1. [初出の実例]「童親王拝覲事」(出典:西宮記(969頃)一)
      2. (ロ) 命令の意を間接的に表わすのに用いる。
        1. [初出の実例]「ミダリニ ヒトヲ コロス ベカラザル coto(コト)」(出典:ロドリゲス日本大文典(1604‐08))
    5. 形容詞の連体形に付いて、連用修飾語として用いる。「早いこと行こう」「うまいことやった」など、俗語風な言いまわし。
      1. [初出の実例]「うまいこと二人の影が敷石道にうつって見えましたんやけど」(出典:羽なければ(1975)〈小田実〉八)
    6. 人を表わす名詞や代名詞に付く用法。
      1. (イ) その人をさし示したり、…に関して、などの意を添える。
        1. [初出の実例]「廉ことは年よったれば大ぐらいして十斤が肉をくらえども」(出典:玉塵抄(1563)二八)
        2. 「私こと今日午後三時に当地につき申候」(出典:尋常小学読本(1887)〈文部省〉三)
      2. (ロ) 通称と本名を合わせてあげるときに、通称、雅号、芸名などの下に付けていう。
        1. [初出の実例]「小照こと本名すみ…フーン」(出典:落語・三枚起誓(1894)〈四代目橘家円喬〉)
    7. 問題とすべき語の前について、事態の範囲をその問題に限ることを表わす。
      1. [初出の実例]「田舎の役所の様な事務と違って事皇室に関するので」(出典:都会(1908)〈生田葵山〉訪問)
  4. [ 三 ] ( 造語要素としての用法 ) ⇒ごと(事)

事の語誌

→「こと(言)」の語誌


ごと【事】

  1. 〘 造語要素 〙
  2. 動詞の連用形や形容詞、形容動詞の語幹に付いて、その行為や状態を表わす複合名詞をつくる。「願い事」「きれい事」「大事」など。
    1. [初出の実例]「事新しき問ひごとかな」(出典:謡曲・花筐(1435頃))
  3. 動詞の連用形に付いて、先の陳述を統合して体言格としての機能を果たす。多く中世の抄物文献に見られる表現。主格に立つ場合は、下に否定的なことばや表現を伴うことが多い。
    1. [初出の実例]「別に把柄の付け事も无いぞ」(出典:足利本人天眼目抄(1471‐73)下)
    2. 「詩なんどを我等が貴方の前で作り事は面目もない事ぞ」(出典:四河入海(17C前)一七)
  4. 体言に付いて、そのまねをする意を表わす。「ままごと」「おにごと」など。
    1. [初出の実例]「旦那ごとはやめたといふに」(出典:滑稽本・続膝栗毛(1810‐22)七)

じ【事】

  1. 〘 名詞 〙
  2. 事柄。出来事や仕事。
    1. [初出の実例]「一切の事に、得手得手とて、生得得たる所あるものなり」(出典:風姿花伝(1400‐02頃)三)
  3. 仏語。相対的差別的な現象。普遍的な真理、平等的な本体の理に対する語。
    1. [初出の実例]「法華経の即身成仏二種あり。迹門は理具の即身成仏、本門は事の即身成仏也」(出典:日蓮遺文‐妙一女御返事(1280))

こん【事】

  1. 〘 名詞 〙 「こと(事)」の変化した語。
    1. [初出の実例]「喉につまってぎっちぎっちてき無いこんでごはりまする」(出典:浄瑠璃・心中宵庚申(1722)上)

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改訂新版 世界大百科事典 「事」の意味・わかりやすい解説

事 (こと)

〈こと〉は〈もの〉と対立する優れて日本的な存在概念である。英語のevent,matter,ドイツ語のSache,Sachverhalt,フランス語のchose,faitなどを時によっては〈事〉と訳す場合もあるが,元来の発想はそれらとは異質である。グラーツ学派のマイノングが,高次対象論において学術的概念として導入した〈objektiv〉をはじめ,後期新カント学派,初期現象学派,論理分析学派などの学術的概念のなかには〈こと〉に類するものがないわけではないが,それらとて〈こと〉とはかなりのへだたりがある。なお,漢字〈事〉の原義は〈記録係〉の意味であり,漢訳仏典における〈事〉は〈理〉の対概念であって,中国人の日常的観念における事や仏教哲学における事は,日本人の日常的意識における〈こと〉とはやはり異質のものである。本居宣長は,〈事〉は〈言〉と不可分の関係にあったといったが,〈こと〉は,さしあたり,言語的に言い表される事態であるとみなせよう。そこで,〈言語的に言い表される事態〉の何たるかを認識論的・存在論的に規定することが当座の問題となる。いわゆる名詞類で指称される対象は,有形的であれ無形的であれ,具体的であれ抽象的であれ,〈もの〉であって,それ自身は〈こと〉ではない。また,日常的には,事実,事象,事況などをも〈こと〉と呼ぶ場合があるが,一定の場所や時刻を指定されるごとき事実,事象,事況はむしろ〈もの〉であって,純然たる〈こと〉ではない。〈こと〉はいわゆる文章態(ないしその省略形)で言い表される。そして〈コレハ犬デアルこと〉〈魚ハ泳グこと〉〈雪ハ白イこと〉等々,これらの〈こと〉は事物ではなく,またそれ自身は,泳いだりもしなければ,白かったりもしない。〈こと〉は単なる心理的現象ではなく,厳然として存立しはするが,それ自体では物理的存在ではない。〈こと〉は,それ自身では精神的存在でも物質的存在でもなく,〈精神的〉か〈物質的〉かという近代西洋哲学流の二元的分類には納まりきれない。さりとて,〈こと〉が形而上学的存在でないことは,これまた言うまでもない。〈こと〉は特異な存在性格を呈する一種独特の存立態なのである。

 〈こと〉の存在論的特異性について,日本の哲学者たちは,出隆や和辻哲郎このかた留目してきたが,昨今では精神病理学者の木村敏など,〈こと〉の根源性に立脚して学問の新地平をひらく企図を見せる科学者も出るようになった。伝統的な〈物的世界像〉のもとでは〈犬〉〈泳ぎ〉〈白さ〉といった〈もの〉があってはじめて前掲の〈こと〉も成立すると考えられてきたが,〈メタ文法的主辞賓辞論〉の見地に立つ現代認識論においては〈犬デアルこと〉〈泳グこと〉〈白イこと〉の間主観的妥当性をまって〈犬トイウもの〉〈泳ギトイウもの〉〈白サトイウもの〉も成立するのだと考え,〈もの〉に対する〈こと〉の第一次性,根源性を主張する。

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世界大百科事典(旧版)内のの言及

【国学】より

…江戸時代中期に興り,しだいに思想界に勢力を得て幕末に至り,その影響力は明治初期にまで及んだ。はじめは文献学的方法と古代社会の理想化とを特色とする学問潮流として始発したが,やがて古代に民族精神の源泉を求める思想体系の性格を帯び,幕末には日本の歴史的個体性を尊王論と結びつけることでいちじるしくイデオロギー化する。江戸時代には,漢学に対抗して古学・和学・皇朝学・本教学などと呼ばれた。…

【ことば(言葉)】より

…〈ことば〉という日本語の原型は〈こと(言)〉であり,〈ことば〉はその派生語として,おそらく7,8世紀のころより用いはじめられたらしい。最古の日本語文献である《古事記》《万葉集》の場合,〈ことば〉は数例しかみられないのに対し,〈こと〉は〈よごと(寿詞)〉〈かたりごと(語り事)〉〈ことあげ(言挙げ)〉〈ことわざ(諺)〉,また〈ことほぐ(言祝ぐ)〉〈ことどう(言問う)〉などの複合語形で多数みいだされるからである。…

【本居宣長】より

…まず,景山のもとで契沖の著作に接し,生涯わすれえない学問上の開眼を経験する。朱子学に反対し古文辞学をとなえた荻生徂徠や太宰春台らの著作から多くのことを学びとったのも,景山を介してである。朱子学派ながら景山は徂徠とも交わりがあり,また国典にも関心をよせていた。…

※「事」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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