翻訳|dualism
一般に,根本的な実在を相対立する二つのものとして説く立場をいい,多元論の一種として一元論に対立する。原語は,イギリスの東洋学者ハイドThomas Hydeが《古代ペルシア人の宗教の歴史》(1700)で,善の原理と悪の原理とが永久に対立する宗教体系をこの言葉で呼んだことに始まる。その後はもっぱら宗教に関する用語としてP.ベールの《歴史批評事典》(第2版,1702)の〈ゾロアスター〉の項目,さらにライプニッツの《弁神論》第2部(1710)に受け継がれた。哲学の用語としたのはC.ウォルフであり,彼は独断論者を一元論者と二元論者とに分かち,後者は物質的実体の存在と非物質的実体の存在とを認める者とした。カントも物質と思惟する存在者とをともに独立に存在するものとみなす二元論者について語っている。二元論の代表的な形態は,プラトンおよびプラトンに帰せられるイデア界(英知界)と感性界(現象界),アリストテレスの形相(エイドス)と質料(ヒュレ),現実態(エネルゲイア)と可能態(デュナミス),キリスト教に由来する神と世界,デカルトの精神と物体(身体),カントの感性と理性,自由(道徳)と必然(自然),さらには宗教・道徳における光と闇,善と悪などである。二元論は二元的対立により変化の過程を説明するが,対立の根源と結着とにおいて一元論を要請する傾向があり,一元論はそれ自身以外の立場との対決において二元論への現実的変容を免れぬ場合がある。世界と人生には二元論で説明しうる部分が多く,ために多元論の中で二元論が優勢となる。訳語は1881年の《哲学字彙(じい)》以来定着している。
執筆者:茅野 良男
インドでは,二元論はサーンキヤ学派によって代表される。それによれば,世界は本来,純粋知,精神原理であるプルシャと,無知性の物質原理である自性(プラクリティ)という,相互にまったく無関係の二つの原理よりなるとされる。ところが,ここに無知が介在すると,プルシャは自性に関心を持つようになる。そのとき,自性を構成する3種の要素(グナ)の均衡が崩れ,自性は開展を開始する。知覚作用,自我意識,五つの感覚器官,五つの行動器官,意,微細な要素,粗大な要素が開展の結果次々と生じてきて,われわれの身体と外界,すなわち世界が成り立つのである。われわれが〈知性〉であるプルシャのなせる業(わざ)と思っているものは,じつは〈知性のごときもの〉に過ぎず,プルシャ(純粋知)とは無関係である。自性とプルシャを区別する知が生じたとき,ようやくプルシャは自性に無関心となり,自性から孤立した純粋知の状態になる。この状態を〈独存〉〈解脱(げだつ)〉という。
→一元論 →多元論
執筆者:宮元 啓一
男と女,右と左,上と下,昼と夜,人間と動物,居住地と叢林,料理と生(なま)のものといった具体的で操作可能な二項対立を,儀礼の中などの諸脈絡において対応させ,善/悪,秩序/混沌,優/劣,吉/凶,浄/穢などの観念的・抽象的な価値対立を象徴的に表現することを象徴二元論という。例えば,中国(台湾)では,屋敷の中の祖廟にある位牌には調理した食物を供え,屋敷地の外の墓には生のものを供える地域がある。ここでは,料理/生のもの,居住地の内/外という二項対立の組合せとの対応によって,祖霊の〈陽〉(吉,浄)と〈陰〉(凶,穢)という価値の二面性が表象されている。またアフリカ(ウガンダ)のルグバラ族では,男と女,人間と非人間,年長と年少,村と叢林,右と左などの二項対立を脈絡や場面に応じて組み合わせて,秩序/混沌という価値対立を表象する。
このような対応の重複は,各二項対立を脈絡を超えて結びつけ,〈男と人間と……右/女と非人間と……左〉という象徴二元論的分類体系を生む。個々の二項対立自体は固有の価値対立をもってはいないし,二項に分ける基準も脈絡を超えて一貫してはいない。例えば男と女の二分法はつねに生物学的基準で分けられるわけではなく,脈絡によって異なる基準で二分される。さらにそのように二分された二項対立は,それぞれの脈絡の実現において場当り的に細分化されうるし,また他のどのような二項対立とも連鎖しうる。二項対立それ自体は,価値的に中立で,分け方に流動性をもち,連鎖的に自己増殖する傾向にある。一組の二項対立は,現実の脈絡の中で他の二項対立と対応させられ,例えば善/悪といった価値の観念的対立を表すことによって安定性を与えられ,脈絡を超えた分類体系を形成することで固定化される。
その象徴二元論的分類体系において,各脈絡での局所的な二項対立の流動性や表現的恣意性は,必然的に体系全体での不整合やずれを生むが,そのような流動性によるずれは,象徴性を帯びることによって逆に体系の安定性をつくりだしてもいる。ルグバラの二元論を例にとれば,分類体系の中で女は人間でありながら非人間や叢林と結びつくが,このようなずれは叢林で活動する非人間的存在であるウィッチ(魔女)というイメージをともないながら,両義的存在としての女性の象徴性を生む。そしてその象徴性が〈男・人間・村/女・非人間・叢林〉といった分類体系全体に安定性を与え,さらに二項対立群からなる体系全体が,一見恣意的な個々の二項対立に価値を与え,固定化するのである。体系全体に安定性を与えるような象徴的・両義的存在の典型は王や宗教的権威者である。彼らはあらゆる脈絡において,二項対立の操作によって両義性や象徴的逆転を身に帯びて,各脈絡の二項対立の流動性やゆらぎを一身に独占することで体系の安定性を支えると同時に,みずからを個々の脈絡や局所性を超えた超越的存在としている。
このような象徴二元論的分類体系の性格は,それが成立しないような二元論との対比でより明確になろう。一つは局所的な二項対立の細分化や自己増殖といった流動性をそのままにしておくというもので,そこではすべての存在が局所的な場面を超えた同一性をもたず,場面の移行も細分化され連続化される。このような二項対立群は固定された価値の対立を象徴することはない。もう一つは体系全体の一貫性を徹底させ,二項対立の局所的な流動性を認めないというもので,近代における二元論がこれに近い。ここではすべての存在が脈絡を超える同一性を与えられ,両義性は存在しないものとして排除されている。象徴二元論はこの両者の中間にあって,個々の二項対立の象徴性が体系全体に安定性を与えるものである。
→象徴 →分類
執筆者:小田 亮
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相互に還元不可能な独立した二つの実体もしくは原理を認め、そこからいっさいの事象を説明する立場。一元論および多元論に対立する。もっとも古い形態は光と闇(やみ)、天と地、善の神と悪の神などの対立を原理とする神話的、宗教的二元論にみいだされる。形而上(けいじじょう)学においては二世界説となって現れ、プラトンのイデア界と感性界、ライプニッツの可能界と現実界、カントの叡知(えいち)界と現象界などの区別がその代表例といえる。しかし、哲学史上もっとも影響力をもったのは、デカルトによる物心二元論、すなわち思惟(しい)を本性とする精神と延長を本性とする物質との実在的区別である。これによって、精神から独立した客観的自然の存在が承認され、いっさいの自然現象は延長と運動とから機械論的に説明されることになり、他方、精神(意識)は認識主体としての独自の位置を占めることとなった。すなわち、近代哲学の基本的枠組みともいうべき主観と客観との二元論が確立されたのである。しかし、物心二元論は、精神と身体との関係をいかに説明するかという難問(心身問題)に満足すべき解決を与えることができず、現在ではさまざまな形で二元論克服の方途が模索されている。
[野家啓一]
『デカルト著、落合太郎訳『方法序説』(岩波文庫)』▽『大森荘蔵著『物と心』(1976・東京大学出版会)』
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…この説は〈新造説〉と呼ばれ,世界の成立ちをめぐって,転変説などと対立する。転変説などは,一元論ないし二元論と表裏一体の関係にあると考えられるが,それとの対比でいえば,新造説は多元論を意味しているといえる。 この派のもう一つの,しかも重要な特徴は,あらゆるものごとを徹底的に,基体と属性,限定されるものと限定としてとらえ,その相互の関係を緻密に規定することにある。…
※「二元論」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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