翻訳|erosion
本来は「蝕」の字を用いたが、当用漢字制定(一九四六)以後、書き換えで学術用語としても「食」の字を用いるのが一般的になっている。
雨水、河水、海水、氷河およびその他の自然の営力によって、地球の表面の岩石や土壌を削る作用。厳密には、ドイツ語のErosionは、河川や谷氷河が土地を線状に削る作用をいい、面的に削るいわゆる削剥(さくはく)denudation作用と区別している。しかし、広義には削剥作用のなかに含めて用いているのが一般的で、日本でも広義に用いている。侵食は、その原因となる営力の種類によって、雨食、河食、海食、風食、氷食、溶食などに分けられる。
[市川正巳]
土壌面に雨が降った場合、土壌の浸透速度よりも雨量強度(単位時間当りの雨量)が大きいときは、雨水が浸透できずに、表面に貯留され、やがて流去水が生じて斜面を流下し、侵食を行う。この場合、大雨の状態のときは、布状洪水(こうずい)となって、いわゆる布状侵食を行う。また、雨溝(うこう)や雨裂(うれつ)を生成しやがて深く侵食すると、地下水面に達して恒常的な水流を発生するようになる。また雨滴が土壌面を打叩(だこう)して、土壌面を破壊する。これをとくにスプラッシュ浸食とよぶ。土壌面が傾斜している場合には、表面に流去水が生じなくても、雨滴のスプラッシュ作用によって、土粒子を斜面下方に運搬して侵食を行う。
[市川正巳]
河川はその流水の作用によって、他のすべての地質学的営力よりもはるかに大きな侵食を行っている。侵食は、雨水が地表上を流水となったときに始まり、最初の流出水は布状のこともあるが、その布状が一般にまもなく溝状となって、いわゆる水流あるいは河川となる。
侵食に対する河川の力は、多くの因子によって支配され、水量が増すほど、また流速が大きくなるほど侵食の力を増加する。とくに植生を欠く急な勾配(こうばい)を流下する場合は、大きな侵食力を示す。水量と流速は水流の堆積(たいせき)物の負荷を決定し、運搬量が著しく多くなる。
運搬する岩片――砂や礫(れき)――は侵食の道具として利用され、河岸の侵食(側刻(そっこく))と河底の洗掘(せんくつ)(下刻(かこく))を行う。運搬物質は運搬の途中で相互に衝突して、岩片を小さくしたり、円みを帯びるようになったり、あるいはある岩石は徐々に溶解して河水中に化学成分として運ばれる。
地球上の主要な地形は、河食によって生じ、その好例は各種の谷であるが、狭いものから急なもの、広いもの、V字状のものなどがある。滝、早瀬、甌穴(おうけつ)、蛇行(だこう)、牛角湖(河跡湖)なども河川の流水の作用によって形成されたものである。このように、地球上では河食がもっとも普遍的であるので、正規侵食normal erosionという。
[市川正巳]
氷河は強力な侵食営力の一つである。氷河が移動するにつれて、氷河が通過する底や側壁の岩石を削り、それらの岩片(堆石)は氷河の中に取り込まれると同時に、これがまた氷河底や側壁の侵食の道具ともなる。氷河作用は特殊な氷河地形をつくる。たとえば、氷期の氷河の侵食によって、北アメリカの五大湖の湖盆やフィンランドやスウェーデンなどの湖盆を形成したり、さらに谷頭のカール、側壁のU字谷、フィヨルド海岸をはじめ、各種の堆石による地形などをつくる。
[市川正巳]
風の営力によって行われる侵食を風食といい、土壌が未固結で植生によって保護されていない乾燥地域で普遍的におこる侵食形態である。乾燥地域における風速の大きい風は、岩片を運び、いわゆる風による削剥の原因をつくる。すなわち、岩石の底部を削ってきのこ岩をつくったり、あるいは三稜(さんりょう)石のような風食礫をつくる。風は他の侵食の営力と異なり、重力に抗して物質を運搬する特色がある。
[市川正巳]
海洋は、その波や沿岸流などによって侵食営力として作用する。波は風の流れによって水面を激しく揺さぶるために生じ、大波は大きな力で海岸を強く打ち、海岸を形成している物質(岩石)を破壊する水力学的上昇力を形成する。岩片は海底に落下し、海底にすでに堆積していた岩屑(がんせつ)といっしょになって、いっそう侵食力を増すようになる。砂や岩片は相互に磨滅を行うとともに、海岸を削る。海岸が溶解しやすい岩石で形成されている所では、海水はそれらの鉱物を溶解することによって岩石を侵食する。海食崖(がい)、海食洞、海食によってできたアーチ門や岩柱などの地形は多くの海岸にみられる。
千葉県屏風ヶ浦(びょうぶがうら)では、1888年(明治21)から1951年(昭和26)の63年間に、所によって30メートルも後退している。砂浜海岸では、引き波で運び去られた土砂は、寄せ波でふたたび海岸に運ばれ、全体として侵食の結果が現れない平衡海岸を示すのが普通であるが、人間が構築物を設けたことによって、この平衡を破壊して、海岸を侵食するに至っている例が各地にみられる。たとえば、新潟海岸の例をあげよう。信濃(しなの)川の河口左岸の延長上に突堤を建設したため、信濃川の砂が海岸に供給されなくなり、海岸の平衡が破れて、海岸侵食が行われ、海岸が後退した。さらに大河津分水(おうこうづぶんすい)を建設したため、信濃川の砂がいっそう河口に運ばれなくなり、海岸の平衡が崩れて海岸侵食を促進した。ここでは、1890年(明治23)から1945年(昭和20)に至る55年間に約300メートルも後退している。
[市川正巳]
岩石が雨水などに溶解して化学成分として河水や地下水中に含まれて運搬され、化学的に侵食される。これを溶食という。石灰岩地域では、石灰岩の主成分である炭酸カルシウム(CaCO3)が炭酸ガスを含んだ雨水や地下水に溶解し、重炭酸カルシウム(CaHCO3)の沈殿を生じ、特有のカルスト地形をつくる。すなわち、ドリーネ、ウバーレ、ポリエ、カレンフェルト、鍾乳洞(しょうにゅうどう)(石灰洞)などをつくる。カルスト地形はもっとも顕著な溶食の地形であるが、とくに温帯の湿潤気候地域では、つねに岩石が化学的に溶解して溶食が行われて、河川が河水として、あるいは地下水として海に運ぶ。そのため、溶食による侵食が、洪水時に固形の岩片(砂や礫)を運ぶ量よりも多いのが一般的である。
[市川正巳]
地表におけるすべての地質学的営力の作用で、重要な役割を果たしているものに重力の作用がある。重力はかならずしも水、氷河あるいはこれに類した媒介がなくとも、物質を斜面下方に移動させる。主として重力の作用によっておこる現象には崖錐(がいすい)や山崩れ(崖崩れ(がけくずれ)を含む)や地すべりなどの現象がある。これらの現象は、傾斜地であればどこでもおこりうる性質のものであるが、崖錐をつくる作用は岩片を重力に従って斜面下方に移動させた結果である。山崩れは急激な斜面崩壊の現象であるが、長雨が続いた場合、崩れやすい物質などの原因が作用して発生する。地すべりは、緩慢な物質移動による斜面崩壊であるが、山崩れよりもいっそう水分の媒介によってその流動を助長する。これらは一般に山地災害として取り扱われるが、人跡未踏の地では山地の崩壊があっても、災害とは直結しないが、人口稠密(ちゅうみつ)な日本などでは、人間の生命や財産に危険を与えることが多く、いわゆる災害となる。
なお侵食による地形変化の過程を地形輪廻(りんね)といい、侵食輪廻あるいは地理的輪廻ともいう。これは、ダーウィンの生物進化論の影響を受けて、アメリカの地形学者デービスがはじめて提唱した説で、地形の原地形が侵食作用により、幼年期、壮年期、老年期の段階に変化していくと説明されている。
[市川正巳]
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