デジタル大辞泉 「偏西風」の意味・読み・例文・類語
へんせい‐ふう【偏西風】
[類語]風・春一番・
対流圏の中の風で,赤道および極地の下層部を除いた地域で,極を中心にして,西から東へ向かって吹く帯状流のことをいう(図1)。また南北両半球とも季節を問わず中緯度の圏界面付近(高度約12km,気圧200hPa付近)に顕著な偏西風が吹く。これはいわゆるジェット気流を平均的に表したものである。一般に上層では,風は気温の低い方を左手にみて等温線に平行に吹いている(これを温度風という)が,偏西風が卓越することは極側の低温を反映したものである。すなわち,高温な低緯度,寒冷な高緯度地方に挟まれ,そこで南北の気温傾度が大きいため,温度風の関係により,偏西風中に鉛直シアーをつくり出すために起こるものである。したがって,日本を含む中緯度地方ではほぼ定常的に偏西風が卓越し,中緯度偏西風帯と呼ばれている。偏西風帯では天気の変化が激しく,天気が西から変わるといわれるのは,この偏西風に流されて,高気圧や低気圧のじょう乱が東進するためである。地表よりほぼ一様に風速を増し,圏界面付近で最大風速をもつ。北半球では大陸が多くあるため,他のじょう乱が多くあり,下層では偏西風は発達しにくい。南半球では,大陸が少ないので,偏西風がよく発達し,緯度ごとに偏西風に特別の名前がつけられている。ほえる40度roaring forties,狂暴な50度furious fifties,号叫する60度shrieking sixtiesなどと異名で呼ばれている。
偏西風は南北の温度差が大きい冬半球に発達し,温度差が小さい夏半球には弱くなる。さらに北半球が冬のときの方が,南半球の冬のときよりも風速が強く,逆に夏についてみると,南半球の方が北半球よりも強くなっている。このように北半球では偏西風の季節変動が大きいのに対し,南半球では季節による差は小さい。これは両半球の陸地面積と山岳系の分布の違いが関係していると考えられている。冬の北半球では偏西風は発達し,平均風速は80m/sにも達し,偏西風の極大値の位置も南に下がり,緯度30°くらいの所にある。また夏には45~50°と高い緯度にずれている。これは偏西風中にあるジェット気流によるものとされている(図1-b)。
ジェット気流は日々変動しており,個々の日のものは長期間の平均で現れるジェット気流とは必ずしも一致しない。前者を気象学的ジェット気流meteorological jet,後者を気候学的ジェット気流climatological jetと呼んで区別している。
ジェット気流を空間的にみると,蛇行する川のようにみえる。図2は高度約12km付近を漂流するように設計された気球をニュージーランドのクライストチャーチから打ち上げ,人工衛星で追跡して得られた気球の軌跡である。この図から気球が波打ちながら気流に流されて南半球の上空を西から東へ回っているようすがわかる。この流れを平均するとジェット気流に似た軌跡となる。
なぜジェット気流は蛇行するのだろうか。地球大気は次のような特性をもっている。(1)赤道と極の間の温度差のため必然的に熱の南北輸送が起こっている。
(2)地球が自転しているので熱と一緒に角運動量も運ばれている。
この二つのことが組み合わさってジェット気流が発生しているのであるが,地球の回転速度だと,平均子午面循環(赤道で熱せられ高緯度で冷やされる回転地球上の空気の運動)だけでは,大気中の気候的平衡の状態を維持するだけの運動量および熱を中高緯度に輸送することはできない。したがって,これを維持するためになめらかな循環は破壊され,ジェット気流の流れの中にトラフやリッジが発達し(波動状の気圧分布において気圧の低い所をトラフ,高い所をリッジという),これに伴って高・低気圧が発生する。このあたりの緯度圏に沿って地球を一周してみると,北向き流れの地域と南向き流れの地域が交互に現れており,その平均値はほとんどゼロになり,平均の流れは極向きにほとんど運動量を輸送しない。しかし,トラフやリッジが傾いていると南西風は強く北西風は弱くなる。このような状態のときは強い西風成分が南西風の所にあり,弱い西風成分が北風成分の所にあるので,u(西風成分)×v(南風成分)は地球全体でみると非常に大きな値になる。高・低気圧を一つの大きな渦と考えると,このような渦によって運動量が赤道から中緯度に輸送されていることになり,これを渦輸送と呼ぶ。平均子午面循環輸送と渦輸送がいっしょになって,角運動量と熱を極に移動させており,熱帯地方では前者が卓越し,中・高緯度では後者が卓越する。
執筆者:花房 竜男
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
南または北向きの成分をもちながらも、おおむね西から東に向かって流れる気流。この風の卓越する地帯を偏西風帯という。南北両半球の中緯度に卓越するため中緯度偏西風(帯)ともよばれる。緯度30~65度帯に卓越するが、冬は低緯度側に広がり、夏は高緯度に縮小する。この気流の存在は、雲、火山灰、気球などの動き、航空機が上空で受ける追い風、向かい風などから容易に認められる。また温帯や寒帯では、移動性の高い低気圧や台風、前線などが東進し、それに伴い天気も西から東へ移ることが多いが、これも偏西風の存在による。
偏西風の成因は、高緯度と低緯度の温度差によって生じる気圧差(上空ほど著しい)と、地球回転の影響(転向力)に帰せられる。極を中心に中緯度帯の上空を一周する偏西風は、南北に蛇行して流れ、波動の性質をもつ。これを偏西風波動といい、また、この波動の本質を最初に解明した気象学者ロスビーの名をとってロスビー波という。偏西風波動には、波長が1万キロメートル前後の超長波、3000~8000キロメートル程度の長波、3000キロメートル程度以下の短波があり、それぞれ成因もふるまいも異なる。偏西風は蛇行することにより南から北へ暖気を、そして北から南へ寒気を運び、地球全体の温度を緩和する役割を果たしている。偏西風のもつもう一つの重要な性質は、その中にとくに風速の強い狭い区域、すなわちジェット気流帯を形成することである。日々の天気変化から季節変化まで、その特徴の多くは、偏西風波動とジェット気流のふるまいによって説明されることが多い。第二次世界大戦末期に日本軍が使用した風船爆弾は、この気流の動きを利用したものであった。
[倉嶋 厚・青木 孝]
(饒村曜 和歌山気象台長 / 宮澤清治 NHK放送用語委員会専門委員 / 2007年)
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…その大きさは日本付近では半径700~1500kmのものが最も多い。温帯低気圧の発生する領域では偏西風が高さとともに増大していて,この西風の増大率は南北の温度差に比例していく。このような流れの中では,南北の温度差が作る位置のエネルギーが運動のエネルギーに変わって,特定の大きさの低気圧が形成されることが理論上示されている。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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