夏になっても日本付近に太平洋の高気圧の張り出しが弱く、そのため気温が低く、日照時間も少ないために、北日本のイネをはじめ夏作物が実らない災害をいう。ただ北海道にあっては、オホーツク海高気圧に覆われているため、日照はあるが、気温が上らず、冷害となることがある。
冷害はおよそ三つの型に分けられる。イネの茎葉の繁茂する栄養成長期に、低温寡照(かしょう)で生育が遅れ、十分に実らないうちに秋になってしまうものを遅延型冷害といい、イネの穂の生育期、とくに減数分裂の時期に急に低温になり、受精が不十分なために米が形成されない型を障害型冷害という。またイネの生育期全般にわたって気温が低く、これらの二つの型が同時におこる型を併行型冷害という。被害のもっとも大きいのは、併行型であり、ついで障害型、遅延型の順である。近年の大きな冷害は、1980年(昭和55)、93年(平成5)、2003年が平行型冷害であった。とくに、93年の冷害は「平成の大冷害」ともよばれ、沖縄を除く全国で冷害の被害があり、東北地方を中心とした米の凶作により、米の緊急輸入という事態となった。また、2003年は全国的に冷夏であったが、西日本は残暑で生育が回復したものの、東北地方の太平洋側と北海道では冷害が発生した。
歴史的にみてもっとも大きい冷害は、1695年(元禄8)、1755年(宝暦5)、1783年(天明3)、1838年(天保9)で、いずれも大飢饉(ききん)となり、東北地方の人口はこのために3分の1を減じたという。
明治に入っても冷害が頻発し、昭和の初期にも多くおこった。このように冷害はある時期にまとまっておこることがあり、これを凶作群という。火山の大爆発による火山灰や、汚染物質の空気中への停滞などが、地球上への太陽の日射を阻害し、冷害の誘因となるといわれている。
[安藤隆夫・饒村 曜]
『関正治著『冷害――その構造と農家の対応』(1986・明文書房)』▽『石川武男編『検証 平成コメ凶作』(1994・家の光協会)』▽『渡部忠世監修、農耕文化研究振興会編『現代の農耕状況を問う』(2000・大明堂)』▽『卜蔵建治著『ヤマセと冷害――東北稲作のあゆみ』(2001・成山堂書店)』
夏季の低温により農作物が受ける被害。北日本や高冷地で,イネや豆類が主に被害を受ける。低温となる時期が農作物の発育のどの段階かで被害のようすが違う。栄養生長期に低温にあうと,生育が遅れて十分に成熟できないので減収する遅延型冷害となる。幼い花器(イネでは幼穂)の伸長期,穂ばらみ期,開花期の低温では,花器が大きい障害を受けて障害型冷害となる。現実には両型が併発することも多く,これを混合型冷害と呼ぶ。東北では江戸時代初期から明治中期までの300年間に100回前後の冷害を受けたと推定されている。情報や交通手段が未発達で,餓死などの過酷な状況が展開されてきた。北海道には貞享年間(1684-88)に稲作の導入はあったが,明治初年の品種〈赤毛〉の出現でようやく石狩平野でも栽培され始めた。このように稲は低温と闘いながら栽培の限界を北上させてきた。冷害は平均的には3~4年に1度の割合で起こってきているが,気候の長期的な変動とも関係して,ときに群発する。梅雨期にオホーツク海高気圧と北太平洋高気圧(小笠原高気圧)との間にできる梅雨前線は,平年では7月に入ると漸次北上して,日本列島は北太平洋高気圧圏内に入り夏型の天気となる。両高気圧の勢力関係で,梅雨前線の北上が遅れるか高緯度地方の寒気が強いと,夏型の天気とならないか夏が短く,冷害となる。オホーツク海高気圧から吹き出す寒冷な偏東風は,東北北部では〈やませ〉と呼ばれ,多くの冷害をひき起こしてきている。広域での被害は,7,8月の気温と関係が深く,北海道地方では7,8月の平均気温が22.0℃以下になると水稲の収量は減りはじめ,2℃低下した20℃では約5%,3℃の低下で約30%,4℃の低下で約65%減収する。東北地方では24℃以下で収量が減りはじめ,2℃の低下で10%,4℃で40%減収する。平均気温の低下の影響は北海道が東北よりもきびしい。また穂ばらみ期の低温被害は,日平均気温が20℃以下となった積算値,冷却量に比例する。
1980年の東北地方の気温条件は1913年と対比されて,ともに100年に1回の低温と表現されている。東北地方での水稲の10a当り平均収量は13年には137kg,80年には410kgであり,約3倍に増加してきている。これは冷害対応技術,品種,育苗,施肥,水管理法の改良,改善の向上など農業技術の進歩によっている。以前は早生品種は少収,晩生種は多収であり,晩生種が多く作られて遅延型冷害を受けたが,〈藤坂5号〉の育成後,〈レイメイ〉〈アキヒカリ〉などの早生で多収な品種が育成・普及してきた。障害型冷害に対しては,〈はやこがね〉〈ハマアサヒ〉〈ヨネシロ〉などの品種が育成されており,最近では外国イネにも遺伝子源を求めて品種改良が進められている。苗代も水田状の水苗代から,漸次ビニルなどの被覆物を用いた折衷・畑苗代へと変化し,機械移植に伴いハウスを利用した育苗法が普及している。機械による移植には稚苗(葉の2枚ぐらいしかない苗)よりも葉数の多い中苗を使うようになってきており,施肥法の改善も加わって,低温に対する抵抗力を増してきている。昼間の止水灌漑,穂ばらみ期の深い湛水(たんすい)および防風網の設置は水田の水温や気温を上昇させ,農家段階で実施できる気候変換技術である。
執筆者:久保 祐雄
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…一つの特性は異常気象が食糧生産に及ぼす影響である。十数年にわたって,豊作が定着していた東北地方では農業技術が冷害気象を克服したと考えられていた。しかし,71年のきびしい夏の低温は東北地方に冷害をもたらした。…
… 日本の水稲品種の変遷をみると,明治時代には農家の手によって神力(しんりき),愛国,亀の尾などの著名品種が育成され普及したが,その後は国公立の試験研究機関によって多収性やとくに耐冷性を目標として育種が進められてきた。陸羽132号,藤坂5号,レイメイなどは冷害時に威力を発揮した品種として著名である。近年は広域適応性をもち関東以西に広く普及した日本晴,食味優良という点で,北陸・東北地方を中心に広く栽培されているコシヒカリ,ササニシキなどが有名である。…
※「冷害」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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