人形浄瑠璃。時代物。近松門左衛門作。大坂竹本座初演。1685年(貞享2)正月,京から大坂道頓堀に下り競演を挑んだ宇治加賀掾座の二の替り《凱陣八島》(3月下旬まで上演)に対抗して,竹本義太夫が初めて近松に創作を依頼してできた曲で,貞享2年二の替りと推定される(従来は《外題年鑑》の貞享3年説)。5段曲。大筋は能《大仏供養》,幸若舞曲《景清》,古浄瑠璃《かげきよ》に拠るが,この年東大寺大仏修復の大勧進が開始された事件の当込みがある。また源平合戦の武将たちの五百年忌にも当たり,〈八島〉や〈景清〉の世界が選ばれた。平家の落武者景清の頼朝への復讐(当面じゃま者畠山重忠をつけねらう)を縦筋に,閉塞状況の中で彼をかばう小野姫と,2人の子をもうけながら嫉妬の愛憎を利用した敵役兄十蔵の教唆で心ならずも裏切る阿古屋という,2人の対照的な女性の話を横筋として絡ませながら,入牢,阿古屋と2児の死,仏の身代り,頼朝への降伏,瞋恚(しんい)の炎をみずから消すため目をくりぬくという悲愴感に溢れ変化に富んだ展開を見せる。本作は近松と義太夫の提携第1作という意味でも,その優れた悲劇性に対する近代の評価も加わって,浄瑠璃史上,古浄瑠璃と一線を画する作という位置付けを得ている。もっとも当時は義太夫の語り物の中ではさほど評判を得ていなかったもようであるが,しかし京の太夫山本角太夫(山本土佐掾)の語り物としては,本作の影響力はきわめて大きく,多くの版を重ね,幕末に至るまで地方などで出版され,今も佐渡や金沢あたりで語り継がれている。それは観音利生譚としての本作の宗教性によるもので,江戸中期,薩摩若太夫の説経祭文にもこの演目は採り入れられている。名場面も多く,小野姫の責め場と阿古屋の人間的苦悩はのちに《壇浦兜軍記》に〈阿古屋琴責〉として趣を変えて現れ,〈景清牢破り〉の勇壮な場面も歌舞伎や浮世絵世界に大きな影響を与えた。
執筆者:信多 純一
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浄瑠璃義太夫節(じょうるりぎだゆうぶし)。時代物。5段。近松門左衛門作。1685年(貞享2)2月、大坂・竹本座初演。謡曲『大仏供養(だいぶつくよう)』や幸若(こうわか)舞曲・古浄瑠璃の『景清』をもとに、平家滅亡後の遺臣悪七兵衛景清の事跡を描いたもの。源頼朝(よりとも)への復讐(ふくしゅう)に辛苦を続けた景清が、ついに捕らえられて首を討たれるが、清水観世音(きよみずかんぜおん)の身替りで生き返り、その霊験に感じた頼朝から赦免されたあと、煩悩(ぼんのう)を払うべく自ら両眼をえぐって盲目になり、日向(ひゅうが)島へ下るまで。この間、景清が東大寺再建の人夫となって入り込み畠山重忠(はたけやましげただ)に見破られること、愛人阿古屋(あこや)が兄十蔵にそそのかされ嫉妬(しっと)のために訴人すること、景清の妻である熱田(あつた)大宮司の娘小野姫が拷問されること、改悟した阿古屋が自害し、入牢(じゅろう)した景清が牢を破って十蔵を殺すことなどを織り込んでいる。近松が初世竹本義太夫と提携した第一作で、説話的な古浄瑠璃と一線を画する劇的な新浄瑠璃の端緒になった画期的な作品。数多い「景清物」の基本で、「牢破りの景清」「阿古屋の琴責め」などの原型も含む。
[松井俊諭]
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人形浄瑠璃。時代物。5段。近松門左衛門作。1685年(貞享2)頃二の替り大坂竹本座初演という。前年,京から大坂に下った宇治加賀掾に対抗した竹本義太夫が,はじめて近松に執筆を依頼した作品。内容は平家の落人景清の源頼朝への復讐を軸に,彼をめぐる2人の女性の生き方をからませたもの。謡曲「大仏供養」,舞曲「景清」などによるが,登場人物の描写にすぐれ,内容も変化にとみ,後世の作品に大きな影響を与えた。初演の年は,東大寺大仏修復の大勧進の開始や,源平合戦の武将たちの五百年忌にあたるのでこの題材が選ばれた。本作を当流浄瑠璃(義太夫節)の最初とし,これより前の作品を古浄瑠璃とよぶ慣習に対し,近年疑義がだされている。
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…近松門左衛門作《出世景清》,文耕堂・長谷川千四合作《壇浦兜軍記》などに登場する清水坂の遊女で,景清の愛人。幸若・古浄瑠璃《景清》では〈あこ王〉とある。…
…それは語り物とはいえ,ドラマの本質を備えた戯曲を得てはじめて真の達成をみるべきものである。 85年近松門左衛門が義太夫の門出を祝って執筆した《出世景清》は,孤独の勇者景清と彼を愛するゆえに裏切りを犯す阿古屋との深刻な葛藤を扱い,義太夫節の出発点にふさわしい,近世悲劇(広末保《近松序説》参照)の本質を備えた作品であった。1703年(元禄16)近松・義太夫コンビによる最初の世話浄瑠璃《曾根崎心中》が上演され,人形浄瑠璃の現代劇化はいっそう推し進められた。…
※「出世景清」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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