二重螺旋(らせん)DNA鎖中の特定の塩基配列を認識して、鎖の内部を切断するエンドヌクレアーゼ。細菌が生産し、種によって特異性が異なる。遺伝子の構造研究や遺伝子工学のために不可欠な道具として広範に利用されている。
細菌にバクテリオファージが感染し、ファージDNAが侵入すると、細菌はこのファージDNAを切断して自身を守る。これを制限現象とよび、DNAを切断するための酵素を制限酵素とよぶ。制限酵素は侵入DNA鎖中の特定の塩基配列の部位に結合して、その位置あるいはある程度離れた位置で、二重螺旋を形成している2本の鎖を両方とも切断する。制限酵素が認識する配列は6塩基程度(たとえばGAATCC)のことが多いが、その配列は細菌の種類によって異なる。細菌自身のDNAにも同じ配列が含まれているが、その配列中のアデニンあるいはシトシンが細菌自身によってあらかじめメチル化されているので、酵素に認識されず、切断もされない。つまりバクテリオファージから自身を守るために、細菌は制限酵素と、自己DNA中の特定配列をメチル化する酵素をセットとして備えている。
制限酵素が認識する特定配列がDNA鎖中に存在する確率はかなり低いので、制限酵素をDNAの切断に利用すると、かなり長い断片が得られる。たとえば認識配列が6塩基の長さだとすると、存在確率は4096(4の6乗)分の1になる。したがって長大なDNA鎖を平均して数千塩基の長さの断片に切り分けることができる。また認識される塩基配列が細菌によって異なるので、さまざまな細菌由来の制限酵素を単独あるいは組み合わせて利用すれば、切断位置が異なるさまざまな断片を得ることができる。このことがDNAの研究にもたらした貢献は限りなく大きい。基礎および応用を含めて、今日の生命科学研究を支えているもっとも重要な手段といえば、制限酵素の利用とPCR法といって差し支えない。制限酵素がなかったら、遺伝子工学はいまだ始まっていなかっただろう。制限酵素研究の功績により、W・アルバー、H・O・スミス、D・ネイサンズが1978年にノーベル医学生理学賞を受賞している。
制限酵素にはいくつかのタイプがあるが、今日、利用されているのはほとんどがⅡ型に属する。Ⅱ型酵素は認識配列の内部あるいは端でDNA鎖を切断する。切り方にもいくつかのパターンがあり、2本の鎖を端でそろえて切るものと、ずらして切るものとがある。また認識配列がパリンドローム(回文)になっている場合が多い。たとえば、もっとも代表的な制限酵素である大腸菌由来のEcoRⅠの認識配列は5'‐GAATTC‐3'の6塩基である。相補鎖にはこれに対応して3'‐CTTAAG‐5'が並んでいるが、方向性が逆なので(逆平行)、それを考慮すると実際の配列はやはり5'‐GAATTC‐3'となる。つまり認識配列部分では二重螺旋が2回対称軸をもち、右から読んでも左から読んでも同じという構造になっている。EcoRⅠはそのような部分を認識して結合し、GとAの間を切断する。2本の鎖は対照的に切られるので、断面が不ぞろいになる。突出した部分どうしは相補的に相互作用できるので付着末端という( )。
これが特異性をもつのりしろの役目を果たし、由来が異なる断片であっても、同じEcoRⅠで切られていれば、末端どうしを接着させてから、結合酵素を使ってつなげることができる。こうして組換えDNAをつくるためのDNAの切り張り細工が可能になる。今日ではさまざまな配列特異性をもつ200種類以上の制限酵素が研究用試薬として市販されている。
一方、2本の鎖を同じ位置で切断して平滑な末端をつくるものもある。たとえばセラチア菌由来のSmaⅠは、真ん中で切断する。
のような6塩基を認識して、Ⅱ型酵素であっても認識配列がパリンドロームでないものもある。
制限酵素にはⅡ型のほかに、Ⅰ型、Ⅲ型、Ⅳ型があるが、生命科学の道具としてはまだほとんど利用されていないので、詳細は省略する。Ⅰ型酵素は、分解酵素とその認識配列をメチル化する酵素とが一体化している。Ⅲ型、Ⅳ型などは、Ⅱ型に比べて作用が複雑である。
[笠井献一]
二重鎖DNAの特異的塩基配列を認識して切断する一群の加水分解酵素の総称。エンドヌクレアーゼ(核酸分解酵素)の一種である。種々の細菌などから200種以上の制限酵素が現在までに分離され,その性質が調べられた。制限酵素は,切断の様式および活性発現に必要な因子により,Ⅰ,Ⅱ,Ⅲの三つの型に分類されている。Ⅰ型酵素は活性発現にATPとS-アデノシルメチオニンとマグネシウムイオンMg2⁺を必要とし,認識配列から隔たった部位を切断し,切断される位置は一定していない。Ⅱ型酵素は活性発現にMg2⁺を必要とし,認識配列そのものを切断するか,または認識配列から一定塩基数離れた個所を切断する。Ⅱ型酵素の認識配列は二回回転対称(回文構造palindrome)をもつことが多い(表のEco RⅠ,Hae Ⅲなどの認識配列を参照)。Ⅲ型酵素はATPとMg2⁺を必要とし,認識配列から数十塩基離れた部分を切断する。
遺伝子工学(組換え遺伝子法)などで広範に用いられている制限酵素はⅡ型である。Ⅱ型制限酵素は二重鎖DNAを決まった位置で切断するため,電気泳動法と併用することにより特定のDNA塩基配列を分離することが可能となった。また,種々のⅡ型酵素の切断位置を知ることによりDNAの物理的地図physical mapを作成することもできる。多くのⅡ型酵素では,切断したDNAの末端に自己相補的な配列(付着末端cohesive end)を生じるため,断片の末端が相補的につながり合い,さらにDNAリガーゼで完全につなげられることになる。制限酵素とDNAリガーゼを用いて行う試験管内でのDNAの切断と再結合の操作が人工的DNA組換え技術である。
歴史的に見ると,大腸菌とバクテリオファージの系において,ある菌株(たとえばC株)で増殖したファージを他の株(たとえばB株)に感染すると,その感染効率が非常に低いという現象が知られていた。実際B株には細胞内のDNAを修飾modificationする機能と,修飾されていないDNAを排除(制限restriction)する機能があった。C株はこのどちらの機能ももたないので,C株で増殖したファージのDNAは修飾を受けておらず,B株細胞内で排除されてしまう。この修飾機能を担っているのはDNAの特異的配列を認識してメチル化する酵素であり,制限機能を担っているのはメチル化されていないDNAを特異的に切断するエンドヌクレアーゼであることが,アーバーW.Arberなどによって明らかにされた(1968)。B株で発見された制限酵素は大腸菌の学名Escherichia coliにちなみEco Bと命名された。他の制限酵素の命名のしかたも同様である。この酵素Eco BはI型であった。その後スミスH.O.Smith,ネーサンズD.Nathansによって,最初のⅡ型酵素Hind Ⅱが発見され(1970),これを契機として近年の遺伝子工学の発展が可能となった。制限酵素の発見,特異性の理解,応用面で貢献のあったアーバー,スミス,ネーサンズの3人は1978年度ノーベル生理学医学賞を受けている。
執筆者:柳田 充弘
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
制限エンドヌクレアーゼともいう.2本鎖DNAの特定配列を認識して切断する微生物由来の酵素.4塩基を認識するもの,6塩基や8塩基を認識するもの(four cutter, six cutter, eight cutterなどという),同じfour cutterでも異なる配列を認識するものが多数ある.DNAを切断する“ハサミ”として,遺伝子工学になくてはならない道具になっている.EcoRIやHindIIIのように,最初の3文字(どの菌から単離されたかを示す)を斜体表示にする.Ecoならば大腸菌Esherichia coli,Hinならばインフルエンザ菌Haemophilus influenzae由来であることを示す.制限酵素の本来の役割は,細菌に感染するバクテリオファージなどの外来DNAを分解し,細菌がわが身を守ることである(細菌自身のDNAはメチル化などにより保護).
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
… 核酸分解酵素は,まず基質の種類(DNAかRNAか)によって大きくデオキシリボヌクレアーゼ(DNase)とリボヌクレアーゼ(RNase)に分けられる。また,核酸の切断される位置の塩基配列に高い特異性のあるもの(制限酵素),反対にほとんどないもの,また核酸分子の末端から順々に切断を行うもの(エキソヌクレアーゼ),中間を切断するもの(エンドヌクレアーゼ),あるいはまた二本鎖の核酸を切断するもの,一本鎖を特異的に切断するものなど,その切断の様式はさまざまである。 リボヌクレアーゼの中でよく研究されているものの一つにリボヌクレアーゼT1がある。…
…どちらの方法も,特定遺伝子の活性を測定できるよう巧みにくふうされている。DNA断片をプラスミドやウイルスに組み込むためには,制限酵素によるプラスミドDNAの切断と,リガーゼによる遺伝子DNA断片とプラスミドDNAの結合反応を行わせ,その結果組換えDNAが形成する。ある生物種の全DNAを断片化し,プラスミドにそれぞれ組み込ませたものを,遺伝子ライブラリー(図書館)という。…
※「制限酵素」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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