網漁具の一種。海中に帯状の網を設置し、来遊する魚介類(魚の頭部)を網目に刺させる、あるいは絡ませて漁獲するもので、これを使った漁業を刺網漁業とよぶ。
刺網の歴史は古く、世界各地において数千年以前の古代より使用されていたことがわかっている。日本においても縄文時代中期以降からすでに使用されていたといわれている。また、奈良・平安時代の遺跡からは、近代の刺網に用いられていた錘(おもり)と同様な形状をした円筒形の錘も見つかっている。一方、大規模な漁業の先駆けとしては、オランダが行っていたニシンやサバを対象とした刺網(流し刺網)漁業が知られるところであり、その漁船隻数は1500年代にはおよそ1000隻にも及んだといわれている。
刺網の構造は、網漁具のなかでもっとも単純であり、帯状の網の上辺に浮子(あば)を、下辺に沈子(ちんし/いわ)を取り付け、浮子の浮力と沈子の沈降力によって、網を垂直方向に展開させるようにしたものである。通常、一つの刺網の長さは30~50メートル程度である。この一つの網を1反(いったん)とよび、操業では数十反の網を連結して用いる。刺網の網目の形状は対象とする魚種によって異なる。これは、縮結(いせ)(伸張した網地の長さと、仕立て上がりの綱の長さの割合)により設定される。刺網の形態には、単一の網地で構成される一枚網と目合いの小さい網地(小目網(こめあみ))の両側に目合いの大きい網地(大目網(おおめあみ))を張り合わせた3重構造の三枚網、さらに三枚網の片側の大目網を外した二枚網の3種類がある。とくに、三枚網では、魚介類を網目に刺させることよりも網に絡ませて獲ることが主体となる。
刺網漁業には、ある位置に錨(いかり)等で固定して用いる固定式刺網漁業と風波や潮流によって網を流して使用する流し刺網(流し網)漁業および魚群を囲んで追い込む巻(まき)刺網漁業の3種類がある。また、固定式刺網漁業には海底に敷設する底刺網と海底から浮かして敷設する浮(うき)刺網がある。
(1)流し刺網は、おもに表中層域の魚類を対象とする。代表的な魚種として、イワシ、サバ、サケ・マス類、サンマ、サワラ、カマス、サヨリ、アジ、キビナゴ、カジキなどがあげられる。網を錨その他で特定の場所に固定することなく、位置情報を知るためのレーダーブイやGPSブイを取り付けて潮流や風波のままに一連につなげた網を漂流させる。操業方法は地域や対象とする魚種によっても異なるが、多くの場合、日没前に投網して翌朝(日出後)に揚網する。代表的な漁業として、北洋におけるサケ・マス漁業があったが、1991年の国連総会における公海上での大規模流し網漁業の停止に関する決議以後は、行われていない。
(2)底刺網は、おもに底生の魚介類の漁獲を目的とし、カレイ、ヒラメ、ホッケ、タイ、ニシン、スケトウダラ、エビ・カニ類を対象とする漁業で用いられる。その多くは、沿岸域で操業される小規模のものが多いが、かつて行われた母船式タラバガニ刺網漁業は非常に規模の大きいものであった。
(3)浮刺網は、水面または水面近くに網を張り、その両端もしくは一端を錨などで固定して設置される。沿岸や近海の比較的水深の浅い場所で利用されることが多い。イワシ、サバ、サケ・マス類、ネズミザメなどを獲る漁法としている地域があるが、総じて、浮刺網による漁法は少ない。
(4)巻刺網は、魚群を包囲するように刺網を投入し、網目に刺させて漁獲する。魚群を包囲したのち、威嚇して網目に刺させる漁法(これを狩刺網として刺網漁法の一つに分類する場合もある)もある。単に包囲するだけか、威嚇するかは、地方によって、また漁獲対象とする魚種(ボラ、タイ、スズキ、ブリ、コノシロ、イサキ、シロギス、カマス、アジ、イワシなど)によって異なる。
刺網は、生物の来遊を待って漁獲する受動的漁具であるため、漁法上対象とする魚介類の生態を考慮しなければならない。すなわち、対象種の1日の行動周期(たとえば、夜と昼での遊泳層の違い、遊泳方向の差異、遊泳行動の活発になる時間帯)や高齢魚(大型魚)と若齢魚(小型魚)での行動の違いなどを把握する必要がある。また、水中に投入された網の存在が、魚に視認されにくいものでなければならない。このため、今日では透明性のあるテグス(釣り糸)状の網糸(モノフィラメント糸)が用いられる。
操業の繰り返しは網糸を劣化させるため、網の腐食損傷などが漁獲能力を低下させる要素となる。しかし、第二次世界大戦後のナイロンなどの合成繊維の登場により、網の性能(耐摩耗性、耐腐食性、強度等)は大幅に向上した。しかし、繰り返し操業による網の損傷(破網)は避けがたいものである。そのため、網は通常1、2年で新しいものと交換される。
[藤森康澄]
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…漁網といっても多種類にわたるので,いくつかに分類し,それにそって網漁業を概観していこう。農商務省が1886年に編纂に着手し10年を経て完成した《日本水産捕採誌》の漁網分類をみると,引(曳)網,繰網,巻(旋)網,敷網,刺網,建網,掩(かぶせ)網,抄(すくい)網の8類であり,これがその後の漁網分類の原型となっているので,ここでもこの分類による。
[引網]
引網類は魚群を囲み岸辺や漁船に引き寄せてそれを捕獲する網で,だいたいは中央部に囊(ふくろ)を備えていた。…
…すなわち,(1)水平方向に動かす引網類,(2)鉛直方向に動かす敷網類(下から上に働かせる)と,かぶせ網類(上から下に働かせる),(3)魚群を巻く巻網類である。網を動かさないものとしては,(4)網目に刺さる,あるいは絡むのを待つ刺網類と,(5)魚群を誘導して囲い網の中に落としこむ定置網類とがある。これらは原理的な分け方であって,実際の漁具には,これらの分類にまたがるものももちろんある。…
…帯状形漁網を直線またはかぎ形あるいは波状に張り下し,海流や風波のままに自由に流す刺網をいう。漁網は,浮子(あば)はあるが沈子(いわ)を欠くものが多く,沈子を有するものもその沈降力ははなはだ少ないのが普通であった。…
…江戸時代に松前藩のもとで蝦夷地(北海道)が開発されるにつれ産卵のため北海道西岸に接岸する春ニシンを漁業対象とするようになり,初めてニシン漁業が本格化した。最初は松前藩本領の渡島(おしま)を中心に,たも網,刺網(垂網(たれあみ))などで漁獲していたが,不漁期のたびごとに漁場を拡大し,漁具も大網と呼ばれる笊網(ざるあみ)(起し網),建網(行成網,角網)へと変わった。その結果,大量漁獲が可能となり,ニシン粕・油の製造が起こり,イワシ粕・油を凌駕(りようが)し,松前藩の重要産物となった。…
※「刺網」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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