前線(読み)ぜんせん(英語表記)front

精選版 日本国語大辞典 「前線」の意味・読み・例文・類語

ぜん‐せん【前線】

〘名〙
戦場で敵と相対して直接戦闘動作をしている部隊の線。転じて、闘争や運動の先頭。第一線。最前線。
雑嚢(1914)〈桜井忠温〉一「アルサスに侵入した仏軍は、八月八日独軍の前線(ゼンセン)と衝突した」
密度および気温の異なった二気団境界面(前線面)が地表・等圧面または他の前線面と交わる線。この線の両側では天候が一変している。大規模なものとして極前線寒帯前線、小規模なものとして寒冷前線温暖前線などがある。
※自然と人生(1952)〈石田龍次郎編〉風と人間「気団と気団との接触面は前線と呼ばれている」
③ 異なった二つ海流が接触する場所。

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デジタル大辞泉 「前線」の意味・読み・例文・類語

ぜん‐せん【前線】

戦場で敵に直接向かい合っている所。戦闘の第一線。「前線で戦う」「前線に送られる」「最前線
仕事や運動などの第一線。「セールス前線に立つ」
異なった気団の境界面と地表との交線。これを境にして気温・気圧風向風速などが急に変わり、悪天候を伴うことが多い。その運動によって温暖前線寒冷前線停滞前線などに分ける。不連続線。「梅雨前線
《3に似るところから》地図上で、ある現象の起きる日、時刻などを結んだ線。桜の開花日を結んだ桜前線、紅葉日を結んだ紅葉もみじ前線など。
異なった二つの海流または水塊が接触する場所。
サッカーで、ピッチ中盤よりも相手のゴールに近い部分。
[類語]寒冷前線温暖前線停滞前線閉塞前線梅雨前線秋雨前線不連続線

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「前線」の意味・わかりやすい解説

前線
ぜんせん
front

密度の大きい(冷たい)気団と、密度の小さい(暖かい)気団との境界を、前面または前線面とよぶが、これが地表面などと交わってできる線を前線という。気団と前線、低気圧の概念は1930年代にノルウェーの気象学者J・A・B・ビャークネスらのノルウェー学派によって体系づけられ、それ以来この概念は天気解析に不可欠となっている。

 二つの気団の境界では、密度の大きい気団は密度の小さい気団の下に潜り込もうとするが、地球表面上ではコリオリの力と遠心力が働くので、前面は地表面に対して水平になることはなく傾きをもっている。この傾きは、温暖前線で約150分の1、寒冷前線で約50分の1と、前線の種類によって異なるが、一般に両気団の温度差が小さいか、風速の前線に平行な成分の差が大きいほど、また、高い緯度にある前線ほど傾く度合いは大きくなる。前面は幾何学的な面ではなく、そこで両気団が混じり合い、厚さ数キロメートル程度の転移層となっているので、前線も数百キロメートル程度の幅をもっている。この幅をもった帯状の領域を前線帯とよぶ。天気図上で前線は、この前線帯の暖気団側に引かれる。前線を横切って気温が不連続に変わるが、風向、風速、気圧、露点温度なども不連続に変わり悪天域を伴うことが多いことなどから、天気変化に重要な意味をもつ。

[饒村 曜]

前線帯

前線帯には次の2通りの意味がある。

(1)気象学的前線帯 前述のように二つの気団の転移層が地表面と交わってできる帯状の領域。

(2)気候学的前線帯 気候学的に前線ができやすい地帯。

 北半球では北極前線帯、寒冷前線帯などがある。このうち、普通、前線帯というと(2)をさす。冬季はアジア大陸東岸、アメリカ大陸東岸、地中海などが、夏季は全体として北に移動し、ロシア北東部、カナダ、北ヨーロッパが前線帯となる(図A)。

[饒村 曜]

前線の種類

前線は普通それに関連する気団の運動によって、(1)寒気団が暖気団を押しのけて進む寒冷前線、(2)寒気団が退き暖気団が進む温暖前線、(3)先行する温暖前線に後続の寒冷前線が追い付き、追い越すときにできる閉塞(へいそく)前線、(4)両気団ともほとんど動かない停滞前線、に分けられる。

 また、前線が発生する緯度によって、極前線、寒帯前線、赤道前線に分けられるが、このうち赤道前線は、性質のほとんど同じ気団の境界にでき、前線本来の性質はもっていない。北(南)極前線、寒帯前線のように、地球規模の大気大循環に現れる前線を主要前線とよぶが、熱帯内収束帯をこれに加えることもある。

 前線には、その動きの状況によって次のような名称をもつものもある。

(1)滑昇前線 前面に沿って暖気がはい上る動きの活発な前線で、アナフロントanafrontともいう。優勢な上昇気流のため前線が活動的で、背の高い対流性の雲や強い降水を伴うことが多い。

(2)滑降前線 前面に沿って暖気が下降している前線で、カタフロントkatafrontともいう。前線は活動的でなく、雲もあまり発達せず降水も弱い。

(3)隠れ前線 局地的な影響などのため、地上の観測ではわかりにくい前線。マスクドフロントmaskedfrontともいう。活発な前線はこのような局地効果を破るため、隠れ前線はできにくい。

(4)二次前線 同一気団内に生ずる前線で、同一気団の変質過程の相違によってできる。たとえば、発達した低気圧に伴う寒冷前線の後面の寒気内では、沈降昇温した空気と水平運動をしていた空気との間には温度差が生じ、二次前線ができやすい。

(5)季節前線 地図などの上に、ある現象がみられる時刻、日、期間などを結んだ線を等発現線というが、この線は天気図でみられる前線の移動に似ているので季節前線とよばれることがある。サクラの開花日を結んだ桜前線、紅葉日を結んだ紅葉前線は季節前線の一種であり、気象学上、気候学上の前線とは異なる。

(6)スモッグ前線 スモッグの濃度の高い地域の縁辺での前線。いわゆる前線とは異なるが、スモッグの発生源が海岸地方にあるとき、スモッグは海陸風に運ばれて移動するため、海陸風前線に対応することが多い。

[饒村 曜]

前線の発生と消滅

前線が新たに発生または強化される過程をフロントジェネシスfrontogenesisという。大気下層の流れの場が、冷たい空気と暖かい空気が集まってくるなど、等温線が混んでくる場合におこる。ある程度、等温線が混んでくると上空に上昇気流を生ずるようになり、下層の収束が増して等温線がさらに集中して前線が強化される。このとき、上層の状態が上昇気流を抑えるような場合であれば前線は強化されない。フロントジェネシスのおきやすい地域は、気候学的前線帯でもある。

 前線が弱まるか、消滅する過程をフロントリシスfrontolysisという。前線の両側の気団が変質によって温度差がなくなる場合や、上空の状態が下降気流となり、前線に伴う上昇気流が抑えられて前線としての性質を維持できなくなる場合におこる。

[饒村 曜]

前線と低気圧の発達

中緯度および高緯度の低気圧(温帯低気圧)は、ほとんど寒帯前線上で発生している。その典型的な発達状態を示すと次のようになる(図B)。

(1)初めにほぼ東西に延びる停滞前線が形成され、前線の南側の暖気団では西風、寒気団では東風もしくは暖気団の西風より弱い西風が吹いている。

(2)前線上の一部で気圧が下がり低気圧が形成され、前線が波を打ち始める。東側の前線は暖気が寒気を押しのけて進むため温暖前線、西側は寒気が暖気を押しのけて進むため寒冷前線となる。

(3)低気圧の中心気圧の降下につれ前線の波状も大きくなる。寒冷前線は温暖前線より早く進むため、中心付近に形成された暖域はしだいに狭くなる。

(4)低気圧の中心付近では、寒冷前線は温暖前線に追い付き、閉塞前線ができ、暖域の空気を地上から締め出して上空に押し上げ、地表は寒気だけの渦巻となる。気圧の降下は止まり、低気圧はしだいに衰える。この種の低気圧は同じ前線上に数日間隔で次々と発生、発達し、その間に数千キロメートルも移動する。発生から衰弱に至るまで3~4の低気圧が一つの集団をつくることがあり、これを低気圧家族という。

 低気圧の発達をモデル的に示すと、初め前線を挟んで水平方向に並んでいた寒暖両気団が、最後は寒気団が下、暖気団が上になる。この場合、全体の重心が下がることから、全体の位置エネルギーは減少する。この減少分が運動エネルギーに変わり、低気圧の風のエネルギーとなる(図C)。

 寒帯前線など大規模な前線系は、上空のジェット気流と密接な関係をもっている。ジェット気流は地表面の前線とほぼ平行に走っているが、前線上で発生した低気圧が閉塞すると、閉塞点の上空を通るようになる。

 天気図や断面図上で前線の位置や運動、発生・解消状況、活動と天気状態などを分析・総合することを前線解析というが、この解析は気団分析と表裏一体をなしている。

[饒村 曜]


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百科事典マイペディア 「前線」の意味・わかりやすい解説

前線【ぜんせん】

異なった気団の境界の面(前線面)と水平面(地面)の交線。寒暖両気団の密度の相違,風速差,および地球の転向力の影響によって前線面は地面に対してゆるやかに傾き,その傾斜は1/50〜1/300程度。前線面は寒暖両気の混合気塊でできた転移層からなる。転移層の厚さは1〜2kmぐらいのことが多く,両側の気団の大きさに比べればこれを面として把握できるが,転移層が地面と切り合う場合にはその幅は50〜600kmほどになる。このような幅をもつ転移帯を前線帯と呼ぶ。一方,気候学的には前線が頻繁(ひんぱん)に現れやすい地帯を前線帯という。気候学的前線帯は温帯低気圧の発生・進行・発達の頻繁な地帯で,季節の変化や卓越気団の交替,雨季・乾季の形成などはその季節的変位によって説明される(たとえば梅雨前線帯の北上)。前線には温暖前線寒冷前線閉塞(へいそく)前線停滞前線があり,気候学的前線帯には北極前線帯,寒帯前線帯があり,熱帯収束帯をこれに含めることもある。
→関連項目アリソフの気候区分気圧の谷上昇気流不連続線

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知恵蔵 「前線」の解説

前線

地表における寒気団と暖気団との境界線。風向・風速、気温の急変や悪天候などを伴うことが多い。その動きと構造によって、4種類ある。(1)温暖前線は、寒気団側へ移動する前線で、通過した後は気温が上がる。寒気団の上に暖気団が乗り上げ、前線から北の寒気側に向かって約300kmの間は連続して雨や雪が降る。(2)寒冷前線は暖気団側へ移動する前線で、通過後は急に気温が下がる。寒気団が暖気団の下に潜り込むので、前線通過時は風向の急変、突風、雷を伴うことがある。(3)閉塞前線は低気圧が発達して、寒冷前線が温暖前線に追いついた前線。(4)停滞前線はほぼ同じ位置にある前線。梅雨や秋の長雨をもたらす梅雨前線、秋雨前線は停滞前線のことが多い。

(饒村曜 和歌山気象台長 / 宮澤清治 NHK放送用語委員会専門委員 / 2007年)

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「前線」の意味・わかりやすい解説

前線
ぜんせん
front

温度,湿度など性質の異なる二つの気団の接触する不連続面と地表面の交わる線。さらに二つの気団の移り変わるところ(転移帯)をさすこともある。寒気側から暖気側に向かって進む前線を寒冷前線,暖気側から寒気側に向かって進む前線を温暖前線,停滞して動かない前線を停滞前線という。前線の存在は降水を生じやすく,この降雨を前線性降水という。

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世界大百科事典 第2版 「前線」の意味・わかりやすい解説

ぜんせん【前線 front】

密度が異なる二つの気流の間に境界が維持されるとき,この境界を前線という。寒帯気団と熱帯気団の境界部をなす前線は1000km以上の長さをもつ大規模なもので寒帯前線と呼ばれる。前線は平らな境界でなくて,厚さ1.5km程度の転移層で,二つの気団の温度差(密度差のかわりに温度差を使うことにする)は転移層内で最も著しい(図1参照)。このため前線は前線層や前線帯とも呼ばれる。厳密には転移層の暖気側の面を前線面(または前面),前線面と地面との交線を前線と定義する。

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パラグライダー用語辞典 「前線」の解説

前線

気象用語で、異なった気団がぶつかりあうところを前線と言う。前線には寒冷前線・温暖前線・停滞前線・閉塞前線がある。

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岩石学辞典 「前線」の解説

前線

前縁

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