オランダ中西部の海洋運河。北海に臨むアイモイデンとアムステルダムを結ぶ。別称アムステルダム運河。1876年にアムステルダム港と北海を短絡する水路として開通した。もともとアムステルダムに出入りする航洋船はゾイデル海(現アイセル湖)を経由していたが、船の大型化が進むとともにこの航路の使用がむずかしくなり、1824年にアムステルダム―アルクマール―デン・ヘルデル間79.4キロメートルにノールト・ホラント運河が全通し、約半世紀にわたって、最終的には2000トンまでの航洋船が、この運河を利用して北海に出ることができた。しかし、19世紀後半の汽船時代を迎えてさらに大型の航洋船が通航できる運河が要求され、1876年に新たに北海運河が開通した。全長24.7キロメートル(さらにアイセル湖に至る水路12.1キロメートルがつながる)、深さ15メートル(アムステルダム―アイセル湖間は深さ10メートル)。アイモイデンには4列の閘門(こうもん)(うち航洋船用2列)があり、北海の低水位より40~50センチメートル高く水面を保っている。
[青木栄一]
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…面積207.5km2。同国西部,北ホラント州の南部に位置し,ゾイデル海(現,アイセル湖)の入江エイ(アイ)湾(het IJ)および北海運河の両岸に発達した都市で,商工業,交通,文化の中心地。地名は,13世紀エイ湾に流入するアムステル川の河口にダム(現在のダム広場)が築かれたことに由来する。…
…かかる多数のはしけ用運河のほか,19世紀後半には重要な航洋船用運河が相次いで開かれた。オランダの新水路(1872),北海運河(1876),マンチェスター運河(1894)はそれぞれ外洋からロッテルダム,アムステルダム,マンチェスターまで海上航路を引き入れたものであり,キール運河(1894)は北海とバルト海を結ぶ海上航路を大幅に短縮した。第2次大戦後にはローヌ川が根本的に改変され,運河化された水路と多数の新運河によって大型はしけの航行がはじまった。…
※「北海運河」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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