いったん発生している法律行為の効力を、あとから行為のときにさかのぼって消滅させること。たとえば、未成年や制限行為能力を理由としていったん締結した売買契約を取り消すと、契約は初めから結ばれなかったことになる。無効と似ているが、無効はだれでもいつでも主張できるのが原則である(そうでない場合もあり、この場合には、無効は取消しに近似する)のに対し、取消しの場合、取り消すまでは当該法律行為は有効であり、また、取り消しうる者は一定の者に限られる点で異なる。
法律行為は、取消し原因がある場合に取り消すことができる。このような取り消しうる地位を取消権(形成権の一種)という。取消権者は制限行為能力者(未成年者、成年被後見人、被保佐人、被補助人)、瑕疵(かし)ある意思表示をした者(詐欺・強迫による意思表示をした者)、その代理人、承継人、および制限行為能力者に同意をなすことができる者である(民法120条)。取消権行使の方法は、相手方に対する意思表示によってする(同法123条)。取り消すと法律行為は初めから無効であったものとみなされ(同法121条)、すでに給付がなされている場合には、原状回復がなされなければならない。このような取消権は、追認をなしうるときから5年間、行為のときから20年間これを行使しなければ、消滅する(同法126条)。
なお、以上の原則的取消しのほか、贈与の取消し(同法550条)や夫婦間の契約の取消し(同法754条)のような特殊の取消し、詐害行為の取消し(同法424条)や身分行為(婚姻など)の取消しなどのような裁判上の取消しなどがあり、これらは前記の原則的取消しとは法律的性質が異なる。
[淡路剛久]
民法上は,いったん有効になされた意思表示なり法律行為の効力をあとからなくする意思表示をいう。近代法は私人間の私法的法律関係を私人の自由な意思に基づき形成することを認める(私的自治の原則)が,そのための最も重要な手段は,意思表示を不可欠の構成要素とする法律行為である。ところで,法律行為が完全な効力を生じ,これを持続するためには,種々の要件を満たしていなければならない。ある法律行為が外形上存在していながら,その内容や成立過程に欠陥がある場合に,その行為の効力を無条件に認めることは,正義・公平の法の理念からみて適当ではない。そこで,このような場合に法律行為の効力を否定する法的手段として,民法上,〈無効〉と〈取消し〉とがある。
無効が,法律行為のなされた当初から法上当然に,すなわち何ぴとの主張をも要せずして,なんら法律効果を生じない場合をいうのに対して,取消しは,いったんは有効に法律行為としての効力を生じたのち,取消しの意思表示により原則として行為のときにさかのぼって効力を失うものとされる場合である。すなわち,法律行為の成立により法律効果(権利・義務その他の法律関係の発生,移転,変更,消滅など)が発生するが,取消しによりそれが遡及(そきゆう)的に消滅するものとされる(民法121条)。逆に一定期間取消しがなされないか,取消権を有する者が一定の要件のもとに追認をなし,または追認に準ずる事態が生じたときには,もはや取消しは許されず,先の法律行為は有効なものに確定する(122~126条)。取消原因は,行為者の無能力(4,9,12条)または,詐欺ないし強迫により意思表示がなされたこと(96条)である。ただし民法は,以上のような取消しとは異なる理由で取消しを認めたり(例,書面によらない贈与の取消し。550条),または,異なる意味で取消しの語を用いることがある(例,撤回の意味での取消し。521,530条)。
なお,無効や取消しの観念は,ひろく私法の分野において私人の行為の効力に関して認められるだけではなく,たとえば株主総会決議の無効・取消しというような使い方もされる。公法の分野においては,たとえば行政官庁のなした行為の無効・取消しの問題として,あるいは民事訴訟法において訴訟行為の無効・取消しなどとして問題とされる。
→無効
執筆者:奥田 昌道
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…上訴裁判所が原裁判を取り消して,その効力をないものとすることをいう。刑事訴訟の上告および控訴裁判所では,破棄といい(刑事訴訟法397条,410条),民事訴訟の上告裁判所でも,破棄といっているが(民事訴訟法325条),民事訴訟の控訴裁判所では,たんに〈取消し〉といっている(305条)。上訴裁判所は,原裁判を破棄(または,取消し)したあとは,次のいずれかの処置をとらなければならない。…
…こうした事例では,訴えの利益の有無がきわめて重要な問題となる。行政訴訟の中には民衆訴訟や機関訴訟のように個人の権利・利益の侵害を要件としないものもあるが,行政処分や裁決に対する取消しの訴え,無効確認の訴えなどいわゆる抗告訴訟においては,行政権の違法な行使による個人の権利・利益の侵害が訴え提起の適法要件とされている。これは,行政事件訴訟法9条が,取消訴訟は当該処分または裁決の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者に限り提起することができると定めていることなどから明らかである。…
※「取消し」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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