精選版 日本国語大辞典 「古文」の意味・読み・例文・類語
こ‐ぶん【古文】

出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報
出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
古文には古い字体の文字、古い文体の文章、古い時代の文章の意味がある。中国では一般には散文の一体をさし、唐初に提唱され、中唐の韓愈(かんゆ)、柳宗元(りゅうそうげん)によって成功した文章をいう。六朝(りくちょう)に発達した駢儷文(べんれいぶん)(駢文)に対する名称で、漢以前の文体を目標に独自のスタイルを打ち出したもので、宋(そう)、明(みん)、清(しん)、それぞれの時代の古文がある。駢儷文は、対句の使用、典故の利用に重点を置き、声韻(せいいん)の配合にも力を注いだ結果として、内容が空疎、浮薄になった。その弊害を打破するために、漢以前の文章に復古したのが古文である。唐初の歴史家が六朝の史書を編纂(へんさん)するとき、歴史の文章に反省を加えた結果、姚思廉(ようしれん)、房玄齢(ぼうげんれい)、魏徴(ぎちょう)、李百薬(りひゃくやく)、令狐徳棻(れいことくふん)らが、礼楽を根底に、古今を通じて美悪を述べることを主張し、劉知幾(りゅうちき)が実録をモットーとして、簡要で含蓄のある文章で一家の言を述べることを主張した。
文人では元徳秀を中心に元結(げんけつ)、蕭穎之(しょうえいし)、李華(りか)らによって、六経(りくけい)の理想を作者が体得して文章に表すことが唱えられた。韓愈の「載道(さいどう)の古文」はそれを継承している。異端(仏教、道教)を排して儒教の道統を継ぐのが韓愈の理想であった。韓、柳および宋の欧陽修(おうようしゅう)、蘇洵(そじゅん)、蘇軾(そしょく)、蘇轍(そてつ)、王安石、曽鞏(そうきょう)を「唐宋八大家」という。
[横田輝俊]
『佐藤一郎著「古文」(鈴木修次他編『中国文化叢書4 文学概論』所収・1967・大修館書店)』
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
字通「古」の項目を見る。
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
出典 株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について 情報
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
…世にいう今文(きんぶん)学である。この,当時通行の隷書(れいしよ)つまり今文で書写されたテキストを用いた博士官とは別に,古文すなわち戦国期の篆書(てんしよ)や籀文(ちゆうぶん)などのテキストを使用する学術も,前漢末に起こった。いわゆる〈古学〉であって,〈経伝〉の訓詁解釈にすぐれ,各経書の今古文にわたる比較研究を促し,漢・魏期の〈注〉釈(故訓,校注)を残している。…
…それでは六朝以降今日まで,散文の名称が定着していたかといえばそうではない。中唐における韓愈,柳宗元の古文運動では,復古のスローガンを掲げて文体改革が実現した。2人は彼らの書く新散文を古文という名で呼んだ。…
…ただ,このときいったん滅びた文字も,ひそかに壁に塗りこめられたりして難を逃れたものが,前漢の武帝(在位,前140‐前87)のころから再び世にあらわれた。これは東方の諸国で用いられたもので,古文と称されて現在まで伝わっている。
[書体分類の沿革]
(1)漢魏六朝 書体の分類が中国で最初に試みられるのは後漢時代で,80年ころ成立の《漢書》芸文志で,古文,奇字,篆書,隷書,繆篆(びゆうてん),虫書の六体をあげる。…
…配列の順序は〈一〉の次は〈二〉,その次は〈示〉というように,字形上の連鎖感を配慮しながら,また十二支所属の文字が最後にまとめて置かれるなど,当時中国で普通に人のいだいていた宇宙構成に関する思考をも重ね合わせて決められたものである。当時最も公式の字体であった〈小篆(しようてん)〉を親字に,最古の字体で小篆などの祖であると信ぜられていた〈古文〉,それにおくれ,やや変改を受けたものとされていた〈大篆〉すなわち〈籀文(ちゆうぶん)〉,以上2種類の字体が,親字である小篆の字体と異なるときには〈重文〉すなわち重複の文字として付録した。親字の小篆の数9353字,重文は1163字。…
… 宋代には文体も一変した。貴族文化の象徴ともいうべき駢儷体(べんれいたい)の文章をやめて,それ以前の古文にかえれとする運動は,唐の韓愈,柳宗元らに始まったが,なかなか普及しなかった。ところが欧陽修が古文復興を唱道すると,大きな反響をよび,形式にこだわらず達意の文章を書くことが一躍盛んになり,彼の門下からは王安石,曾鞏(そうきよう),蘇軾(そしよく)兄弟らの名文家が輩出し,以後清代まで,古文は文体の主流を占めることになった。…
…
【隋唐宋元時代(6~14世紀)】
短命の統一王朝,隋のあとをうけた唐の大帝国,その滅亡のあと五代50年間の混乱期を経て建てられた宋の帝国,合わせて約700年。この時期の特色は古典詩の形式が完全に定まったこと,新しい散文(〈古文〉とよばれる)が四六文の地位を奪ったこと(古文運動),俗語文学が起こったことなどである。
[唐詩の極盛]
詩の韻律については,沈約らの説を継承し,さらに細かい分析が進められた。…
※「古文」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について | 情報
冬期3カ月の平均気温が平年と比べて高い時が暖冬、低い時が寒冬。暖冬時には、日本付近は南海上の亜熱帯高気圧に覆われて、シベリア高気圧の張り出しが弱い。上層では偏西風が東西流型となり、寒気の南下が阻止され...
11/10 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
10/26 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典を更新
10/19 デジタル大辞泉プラスを更新
10/19 デジタル大辞泉を更新
10/10 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
9/11 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新