自然科学の法則に逆らうことはおこりえないと考えている人は多い。このときには科学的可能性が問題になっているわけである。しかし科学の理論は変化するので、以前は科学的に不可能と思われていたことで可能になったこともある。たとえば、物質の変化の前後で変化にあずかった物質の質量は不変であると以前は信じられていたが、ごく微量ながら増減があることが可能であるというように、現在では科学のいうところも変わってきている。「科学的に不可能なこともおきることが論理的には可能である」と論ずる人もいるが、その際の「論理的」の意味はかならずしもはっきりしない。可能性の意味は決めておかず、ただ、必然性との対比を公理的に表現し、その公理論の展開を通じて、可能性にまつわる議論を整理しようという目的で展開されているのが様相論理学であるが、これに対して批判的な論理学者もいる。
[吉田夏彦]
二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...