翻訳|judiciary
近代国家は統治の基本原理として権力分立制を採用しているが,司法はその下で立法,行政と区別される国家作用の一分枝であり,その作用を行う権能(司法権)は独立の国家機関(司法裁判所)に与えられている。日本国憲法もその76条1項に〈すべて司法権は,最高裁判所及び法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属する〉と定め,立法,行政に対応する司法という国家作用の存在とその権能の帰属を明らかにしている。司法の実質的意義に関しては,一般に司法とは具体的な争訟について法を適用し,宣言することによってこれを裁定する国家作用であると定義される。しかし司法と他の国家作用との相違は必ずしも明確ではない。司法は法の適用作用という点では行政作用と共通するし,法の定立作用という点では立法作用とも共通しており,これらの国家作用との区別は相対的なものにすぎないといえる。そこで司法の実質的意義も固定的にはとらえられず,歴史のなかで流動・発展するものとしてとらえられなければならない。ちょうど権力分立制と一口にいっても各国・各時代によりさまざまに異なる形態があるように,その下での司法の意義や範囲もまたそれを担当する裁判所の制度もさまざまに異なっているのである。先に述べたような司法の定義は近代国家の司法のいわば共通項を示すものではあるが,個々の制度の下での司法の位置づけや役割を知るためには,制度ごとの個別具体的な検討が必要になってくる。
ところで日本国憲法が裁判所に与えているのはさしあたり先述のような〈実質的意味の司法〉を行う権能であるが,憲法はそのほかにも実質的に立法や行政の作用にあたるものを裁判所の権能に属させており,それらを〈形式的意味の司法〉という。最高裁判所の規則制定や司法行政の作用がそれにあたる。
歴史的・沿革的にみると,フランスやドイツなどのヨーロッパ大陸諸国においては司法は人民間の私法上の争いを裁断する〈民事裁判〉と人民に刑罰を科すための〈刑事裁判〉の作用だけを指すものとされてきた。これらの作用は権力分立制の確立とともに行政権から切り離され,独立した司法裁判所の権能に属させられるようになったが,公法・私法峻別論の下に,〈行政事件の裁判〉は行政作用であり司法作用ではないとされ,司法裁判所とは別に設けられる行政裁判所の権能に属することとされてきた。これに対して英米系の諸国においては公法・私法を峻別する考え方をとらず,行政事件の裁判も基本的に民事裁判と同じ性質のものとしてとらえ,行政事件を含むいっさいの争訟を裁判する作用を司法作用として同一系統の裁判所の権能に属させてきた。このように司法の範囲の定め方については〈大陸型〉と〈英米型〉の二つがあるが,日本においては明治憲法は明らかに大陸型をとり,行政事件の裁判は行政裁判所の権能に属し司法裁判所の権能には属さないことを明文で定めていた。これに対して日本国憲法には司法の範囲についての明確な規定はないが理論的に英米型が採用されているものと解され,そのような解釈が学説上も実務上も定着している。裁判所法3条1項が〈裁判所は,日本国憲法に特別の定のある場合を除いて一切の法律上の争訟を裁判し,その他法律において特に定める権限を有する〉と定めているのも,そのような解釈に沿うものであるが,行政事件の裁判権が司法権に属させられたことにより違法な行政活動に対する救済制度は明治憲法下のそれに比べて飛躍的に強化された。
裁判所が裁判にあたって適用すべき法令が憲法に適合するか否かを判断する権能を〈違憲立法審査権〉(違憲立法審査制度)というが,裁判所にこの権能を認める制度は19世紀の初頭以来アメリカにおいて判例の積重ねの上に確立し,第2次大戦以降は広く各国の憲法で採用されるようになった。日本においても明治憲法下では認められなかったこの制度を,大戦後の日本国憲法は81条の明文で正面から採用するに至っている。違憲審査制は憲法規範の法的実効性を確保するものであり,その人権保障・憲法保障に果たす機能はきわめて大きい。司法権は先にみた行政事件の裁判権により行政権を法的に統制し,この違憲立法審査権により立法権に対する憲法的統制を行うことになり,立法権・行政権に対して相対的に優位な立場に立つ。そのことを〈司法権の優位〉といい,それが〈法の支配〉の貫徹と基本的人権擁護のためのすぐれた制度であることは歴史的に実証されているが,それだけ司法権が憲法政治のなかで占める役割と責任は大きさを増している。
しかし司法権の優位は決して司法権万能を意味するものではなく,一定の限界のなかでのみ認められるものである。まず英米型の司法は〈事件性〉をその中核的要素としており,相互に法的利害関係が対立する当事者間の具体的な争訟事件が裁判所に提訴された場合にのみ司法権は行使されるものであり,抽象的・一般的に法令その他の国家行為を審査することはできないものとされている。さらに事件性の要件が満たされた場合でも憲法や法律によって立法権と行政権に与えられている〈裁量権〉の範囲内の問題については司法審査権は及ばないとされ,また高度に政治的な一定の国家行為についてはそれを〈統治行為〉と呼んで司法審査の対象から除外されると解する考え方も有力である。一般に司法権の立法権・行政権に対する限界に関しては,裁判所は民主的な選挙によって組織されるものではなくまた直接的な民主的統制を受ける機関でないことをおもな理由として司法審査権を狭く限定づけようという考え方と,法的判断に適する問題である限り法の支配の貫徹のために司法審査権の及ぶ範囲を広く認めようという考え方との対立があり,学界で活発な議論が行われている。
司法権の適正な行使のためには〈司法権の独立〉が不可欠であり,日本国憲法もそのための制度をほぼ十分に整えているが,他面司法権の独善化を防ぐために国会には裁判官の訴追・弾劾のための弾劾裁判所の設置を認め,内閣には裁判官の任命権を与え,また最高裁判所裁判官については国民審査の制度を設け,一定の民主的統制を行っている。
→行政裁判 →権力分立 →裁判 →裁判所
執筆者:野中 俊彦
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
形式的には、裁判所の権限とされている事項をいい、実質的には、立法、行政に対し、個々の具体的争訟を解決するため、公権的な法律判断を行い、法を適用する国家作用をいう。司法の範囲は国によって異なり、イギリス、アメリカ合衆国においては、具体的な争訟に法を適用するいっさいの作用を意味する。すなわち、民事、刑事の裁判のほか、公務員の行為の適法性に関する争訟も含まれる。これを司法国家主義という。これに対して、ドイツ、フランスにおいては、民事、刑事の裁判についてだけ権限をもち、行政事件に関する争いは行政権と結び付いた行政裁判所の権限に属し、司法の範囲外であると考えられている。これを行政国家主義という。日本では、明治憲法下においてはドイツに倣って行政国家主義をとっていたが、日本国憲法では司法国家主義を採用し、民事、刑事の裁判と行政事件の裁判が司法に包含された。
[池田政章]
司法を担当する国家機関は裁判所である。日本の裁判所は、最高裁判所、高等裁判所、地方裁判所、家庭裁判所、簡易裁判所からなり、特別裁判所(たとえば軍法会議や皇室裁判所)の設置は禁止されている。
裁判所は、裁判の公正を維持し、訴訟当事者の人権を尊重しなければならないが、それを維持するため、裁判手続についての重要な原則がある。裁判公開の原則がそれであり、暗黒裁判や秘密裁判を否定する趣旨に基づいている。明治憲法もこの原則を規定はしていたが、実際には例外が広く認められていた。予審は非公開で、弁護人の立会いも認められなかった。また大逆事件の例にみられるように、秘密裁判が実際に行われたこともあった。
日本国憲法は、そのようなことがふたたび起こることのないように、公開の停止について厳格に制限し、とくに政治犯罪、出版犯罪、人権が問題となる裁判は、つねに公開しなければならないと定めた(82条2項)。裁判の公開主義を保障するために、傍聴の自由、報道の自由が認められているが、そのために法廷における審理の進行が阻害されたり、訴訟関係人の利益が不当に害されたりすることは許されない。
[池田政章]
司法のあり方としては、司法権の独立を強化すると同時に、国民主権主義の原則に基づき、司法に対していかに民主的にコントロールするかが不可欠の問題となる。このことは最高裁裁判官の国民審査制度に端的に現れているが、弾劾裁判所による罷免の制度も同じ趣旨をもつものである。また、国民が地方裁判所において、法定刑の重い重大犯罪の審理に裁判員として参加する制度(ドイツの参審制度に類似し、アメリカの陪審制度とは異なる)が、2009年(平成21)から実施されている。裁判はなによりも人権の保障に仕えるものでなくてはならないが、そのためには国民の不断の監視が必要であることはいうまでもない。現在、長期間にわたる裁判によって、人権の回復が敏速に行われえないという実情が指摘されているのはその一例であるが、裁判員制度は解決策の一つとして期待されている。
[池田政章]
『笹田栄司著『裁判制度』(1997・信山社出版)』▽『市川正人・酒巻匡・山本和彦著『現代の裁判』第5版(2008・有斐閣)』
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…特定の事件で争われる法的争点に対して裁判によって与えられた結論は,法的に最終的な決定として扱われ,その結果,必要な場合にはそれは権力装置を用いて強制的に実現することが許され(強制可能性),またその結論をくつがえしたり,その争点をむし返したりできないものとして扱われる(確定性)。逆にいえば,裁判は法の運用に不可欠の要素であり,その意味で裁判は司法とも呼ばれる。 ところで,一般に特定の事件の法的争点に結着を与えることは,第三者によって示された判断がそのまま当事者を拘束するものとして扱われるという,裁判に典型的な方式(裁定)によるほかに,次の方式によってもなされうる。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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