精選版 日本国語大辞典 「周期表」の意味・読み・例文・類語
しゅうき‐ひょう シウキヘウ【周期表】
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周期律に従って元素を配列した表。誤って周期律表ともいわれることがある。1869年ドイツのJ・L・マイヤーおよびロシアのメンデレーエフが周期律の基礎を確立して以来、多くの人によって各種の周期表がくふうされている。
これまで普通に用いられていた周期表には、短周期型と長周期型がある(
、 )。表で見るように、短周期型周期表では第1周期の2を除き、8による周期を基本とし、第2、第3周期ではⅠ族からⅦ族までとO族の八つからなるが、第4周期以降では状況が異なってくる。第4周期ではとくに三つの元素をひとまとめにしたⅧ族が出現し、O族とあわせて九つの族があり、しかも初めのKからNiまでの周期に加えて、CuからBrまでの周期を入れ、二つの周期を一つにまとめている。第5、第6周期でも事情は同じである。このため第4周期以降では一つの区画に二つの元素が入ることになり、これらを区別するためA亜族とB亜族のようにして、一つの区画のなかでも右と左に分けている。これに対し長周期型周期表では、 のようにA亜族、B亜族のそれぞれの元素を一つの区画に入れることなく、一つの周期として並べている。このときA亜族とB亜族のとり方が研究者によって異なり、表では左をA、右をBとしてあるが、逆のとり方をするもの、あるいはその中間とするものなどがあり、長周期でもこの事情は同じであり、いずれにしてもA、Bの記載は長い間混乱していた。1990年、国際純正・応用化学連合(IUPAC:International Union of Pure and Applied Chemistry)は、この混乱をなくすためA、Bの区別を廃し、 のような長周期型周期表の採用をすすめることとした。この周期表は、各元素の原子の核外電子の配列をよく表しており、化学者にとってきわめて便利なものと考えられている。周期表中で同じ族に属する元素は互いに似た性質をもち、似た性質の化合物をつくる。そのため各族をまとめて特徴ある名称でよぶこともある(
、 )。また各族のうち3~11族をまとめて遷移元素といい、それ以外のうち12族を除いたものをまとめて主要族の元素といっている。18族を除く各主要族の最初の2元素を典型元素という。周期表では一般に左側へ寄るほど、また下へくるほど電気陽性となり(金属性が増し)、右側へくるほど、また上へくるほど電気陰性となる(非金属性が増す)。この傾向はきわめてはっきりしていて、周期表の左上から右下へ斜めに線を引くと、ほぼ左下半分に金属、右上半分に非金属がくることになる。そしてその中間にくる元素(Ge、As、Te、Poなど)は非金属と金属の中間の性質をもっていて、半金属ということもある。[中原勝儼]
歴史的にいって周期律が徐々にその骨格をつくっていくとき、当然周期表もその形をなし始めていた。フランスのベギエ・ド・シャンクールトアの「地(ち)のねじ」は、原子量の順に元素を並べており、類似元素が同一線上にくることを指摘しているし、イギリスのニューランズの音階律(オクターブの法則ともいう)での周期表は、まさに周期表の先駆けであるともいえる。ニューランズは1865年音階律表をつくっているが(
)、この表は少なくとも、元素を分類したことと、原子に番号をつけたという点で重要な意味がある。ただし、この考え方は当時のイギリスの学界からは一笑に付されてしまった。また同じころイギリスのW・オドリングは、三つ組元素の分類を進ませて、原子量の順に元素を並べて分類して表にすると、横列上の隣り合う原子量の差が非常によく一致することを指摘し、この表の意味を強調している( )。これらはいずれも明らかに一種の周期表といえよう。しかし、これらはいずれも一般に認められたわけではない。このようなとき、きわめて明確な意味をもった周期表を発表し、世に受け入れられたのがロシアのメンデレーエフである。彼は1869年3月、創立まもないロシア物理化学会の例会の席上で、周期表についての最初の論文を発表した。それはロシア物理化学会誌の4月号に掲載され、さらにその年のうちにドイツの化学雑誌に要約が載せられた( )。このなかで彼は次のような重要な事実を説明している。(1)諸元素を原子量の大きさの順に並べると種々な性質の周期性がはっきりと現れる。
(2)化学的挙動の似た元素は(たとえば、Os、Ir、Ptなど)互いに原子量が近いか、または一様に原子量が増加している(K、Rb、Csなど)。
(3)原子量増加の順に元素を配列すると、いわゆる原子価に対応し、ある程度までそれらの化学的特性の差異に対応するが、このことはLi、Be、B、C、N、O、Fの系列でみられ、次の周期で繰り返される。
(4)自然界に広く分布している元素は、原子量が小さく、典型的な元素が多い。
同じころドイツの化学者マイヤーは、すでに周期表を自分のノートに書いていたし、その重要性に気がついていた。そのためメンデレーエフの論文をみるや、ただちに同じ年に周期表についての論文を書き、翌1870年に発表している(
)。なお、マイヤーは論文のなかで、原子容の周期性を示すグラフ(原子容曲線)も発表しているが、これは諸元素の性質が周期的変化を示す代表的な例になっている。マイヤーの周期表は、メンデレーエフの第一の周期表の欠点を補った優れたものであるが、彼の論文に示唆を受けたメンデレーエフは1871年、やはり同じロシア物理化学会誌に周期表についての第二の論文を発表した( )。このなかでは、最初の周期表では19族に分けていたものを8族にし、各族のなかに二つずつの亜族をつくっている。すなわち、水素は別として最小の原子量を有する7元素は互いに著しい性質の差があるが、それ以上の元素は順次初めの7元素に似ているとして、この7元素によって代表される族に分類する。しかも、これらはその族のなかで亜族に分けられ、Ⅷ族にはそれらの七つの族のいずれにも分類されず、それらをつなぐ過渡的な元素すなわち遷移元素がくるとした。この結果から、当時発見されたばかりの元素、インジウムについて、融点、比重、その他の性質を予想し、それが事実であることが確認された。そしてもっとも注目すべき点は、さらに一歩進めて、既知の元素にとどまらず、大胆にも未知の元素の発見を予想したことである。たとえば、空位にされていたホウ素、アルミニウムの下にくるエカホウ素、エカアルミニウム(エカekaはサンスクリットで1の意味であり、接頭語として「の次」を意味する)およびケイ素の下のエカケイ素の存在と、これらについてその原子量、原子容、比重その他の性質から化合物の性質に至るまで定性的ないし定量的に予言したのである。ここにメンデレーエフの周期表の意義がある。すなわち、元素の性質がその原子量の周期関数であるという考え方は、そのころの多くの学者たちによって順次できあがってきていたが、周期律の本質的な意義を認め、これを周期表という形で表し、それから得られる結果を正しく解釈したのは彼が初めてなのである。
未発見元素が存在するという予言はまもなく実験的に証明され、メンデレーエフの周期表の信頼性を世に広めることになった。1875年フランスのド・ボアボードランは新しい金属元素ガリウムを発見したが、メンデレーエフはそれがエカアルミニウムに相当することを明らかにした。ついで1879年スカンジウム(エカホウ素に相当)が、1886年ゲルマニウム(エカケイ素)が発見され、メンデレーエフの予言と一致していた(
)。このような予言の的中は大きな効果をあげ、周期律および周期表はこれによって初めて確立されたといってもよいであろう。またイギリスのレイリーとラムゼーによる希ガス元素の発見(1894)は周期律を困らせるものと思われたが、ラムゼーはHeをHとLiの間に置き問題を解決し、逆に周期表の性質からNe、Ar、Kr、Xeを発見し、O族元素の存在を確立した。このことはますます周期表の地位を確立し、これ以後は、周期表をどのように表すとその意味がよくわかるかということに集中されることとなった。その後発見された電子およびスペクトルから原子構造が議論され、さらにモーズリーの法則の発見により、重要なのは原子量ではなく、原子番号であることがわかり、正しい原子模型も確立されることになった。また量子力学の発展によって原子構造が明らかになり、現在用いられているような周期表となった。[中原勝儼]
『中原勝儼著『電子構造と周期律』(1976・培風館)』▽『スプロンセン著、島原健三訳『周期系の歴史』上下(1978・三共出版)』▽『日本化学会編『元素の周期表』(1978・学会出版センター)』▽『梶雅範著『メンデレーエフの周期律発見』(1997・北海道大学図書刊行会)』▽『エリック・シェリー著、馬淵久夫他訳『周期表――成り立ちと思索』(2009・朝倉書店)』▽『玉尾皓平・桜井弘著『完全図解周期表――ありとあらゆる「物質」の基礎がわかる』第2版(2010・ニュートンプレス)』▽『井口洋夫・井口眞著『新・元素と周期律』(2013・裳華房)』
短周期型周期表〔表1〕
長周期型周期表〔表2〕
現在使われている長周期型周期表〔表3〕
元素各族の特徴〔表4-1〕
元素各族の特徴〔表4-2〕
ニューランズの音階律表〔表5〕
オドリングの表〔表6〕
メンデレーエフの最初の周期表〔表7〕
マイヤーの周期表(1870年)〔表8〕
メンデレーエフの第二周期表(1871年…
メンデレーエフのエカケイ素に対する予言…
トムセン‐ボーア型周期表
トムセン‐ボーア型を発展させた周期表
平面螺旋型周期表
円錐型周期表
ブロック型周期表
周期律に従って全元素を配列した表.1872年,D.I. Mendeleev(メンデレーエフ)が,当時知られていた63元素を,酸素または水素との化合比をもとに族に分けて提示したものは,Ⅰ族からⅧ族までの短周期型で,当時,未発見の希ガス元素(0族)は含まれていなかった.その後,らせん型,立体型,長周期型,そのほか多数の考案がある.IUPAC1970年勧告の短周期型周期表では,全体をⅠ,Ⅱ,Ⅲ,…,Ⅷ,0族の9族に分けて,上から下に1,2,3,…,7周期に分けて全元素を原子番号順に配列する.第4周期以降では,Ⅰ~Ⅶ族をA,Bの2亜族に分け,原子番号の小さいほうの元素をA亜族に,大きいほうの元素をB亜族に分類した.たとえば,Ⅳ族の 22Ti,40Zr,…は,ⅣA族に,32Ge,50Sn,…は,ⅣB族とした.しかし,典型元素はA亜族に,遷移元素はB亜族に分類するCAS(ケミカルアブストラクト)方式も広く行われていた.このような亜族標示の混乱を避けるため,IUPAC1990年勧告は,亜族方式を廃棄,1~18族長周期型同期表を採用したが,CAS方式はアメリカではいまだに用いられている.1族は水素とアルカリ金属元素.18族は希ガス元素で,3族からの中間の谷の部分に遷移元素が位置する.遷移元素は不完全に満たされたd亜殻をもつ元素,またはそのようなd亜殻をもつ陽イオンを生じる元素である.ランタノイド(57La~71Lu)とアクチノイド(89Ac~103Lr)は,従来同様,欄外にまとめて表示される.なお,ランタニド,アクチニドはIUPAC1970年規則では使わないように勧告されたが,1990年規則では両者の使用が認められた.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
(市村禎二郎 東京工業大学教授 / 2008年)
出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報
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…元素の物理・化学的性質は,その原子番号の増加とともに周期的な変化をくりかえしていくという化学の根本的な法則。これを表の形で表したものが周期表である。
[周期律発見の歩み]
18世紀の末,近代化学の諸概念がようやく確立しかけてきたころには,化学者は約30ばかりの元素について,かなり不完全な知見をもつにすぎなかった。…
※「周期表」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について | 情報
アデノウイルスの感染により、発熱、のどのはれと痛み、結膜炎の症状を呈する伝染性の病気。感染症予防法の5類感染症の一。学童がプールで感染して集団発生するのでプール熱ともいう。...
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