平安中期の詩歌選集。2巻。藤原公任撰。寛仁(1017-21)ごろの成立か。平安前期から,文人貴族は《白氏文集》など中国の漢詩文を規範として模倣し,とくに華麗な対句や四六駢儷(べんれい)文の秀句は,もとの作品から切り離して作文の手本にされたり朗詠されたりした。そうした秀句の摘句選集は,中国に先蹤があるが,日本でも大江維時撰《千載佳句》などが編まれている。本書もそうした選集の一つで,白楽天を尊重し多くの詩句を採るが,ほかに菅原道真,菅原文時など日本人の漢文学作品からも摘句し,さらに《拾遺和歌集》をはじめ,三代集その他から選んだ和歌を並列させている点が特徴的である。構成は上巻に四季,下巻に雑部を置き,各巻を細目に部類して,部類ごとに同趣の詩句と和歌を配する。撰者公任は,和漢両面にわたる学才をうたわれた一条朝の文人で,後宮を中心に王朝文芸が華やかに開花した当時の文壇の中心的存在であった。当時は,内容より修辞にすぐれた流麗な秀句が重んじられ,時宜を得た朗詠がもてはやされた。また,天暦期(947-957)以後に顕著に進行した文化の和様化の中で,詩題が和習化したり,詩歌を並列したりする風も起こってきている。本書の成立の背景には,公任の和漢兼才と,このような文壇の趨勢があったと考えられる。本書は,成立以後,その作文,習字および朗詠の参考書的性格から広く流行した。同様の形態の詩歌選集が,藤原基俊撰《新撰朗詠集》をはじめ多数つくられているし,所収の詩句を句題とする和歌も多く詠まれている。そのほか,日記,物語などの仮名文学や《平家物語》などの軍記物語,謡曲から近世の小歌,俗曲にいたるまで,本書の詩句や和歌が豊富に,ときには巧みに変容されてとり入れられている。また《今昔物語集》など説話文学の好材料となったものも多い。本書が以後の日本文学に与えた影響には計り知れないものがある。
執筆者:川口 久雄
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平安時代中期の歌謡。二巻。『和漢朗詠抄』『倭漢抄』『四条大納言(だいなごん)朗詠集』などともいう。藤原公任撰(きんとうせん)。「和漢」とは和歌と漢詩文をさし、朗詠に適した漢詩文の秀句588首、和歌216首の計804首を上下二巻に収める。上巻は「立春」以下歳時仕立ての四季を、下巻は天象・動植物および人事にかかわる雑題を百科全書風に総計114項目(付加項目を含めると125)に分類。各項目は、中国人の長句・詩句、邦人の長句・詩句・和歌の順に配列するのを原則とする。詩句のほとんどは七言二句のものであり、それも、七言律詩の頷聯(がんれん)・頸聯(けいれん)(もっとも対句の華麗な第3・4、第5・6句目)二聯のうちの一聯をとることが多い。『千載佳句(せんざいかく)』『古今和歌六帖(じょう)』からの引用が著しいが、中国作者はほぼ唐代の詩人に限られ、中・晩唐期の詩人が多く、なかでも白居易(はくきょい)は元稹(げんしん)以下を圧倒し、唐人詩句の実に7割近くを占め、本朝詩人では、菅原道真(すがわらのみちざね)(詩句数で第一位)、菅原文時(ふみとき)(詩句・摘句総数で第一位)に次いで、大江朝綱、源順(したごう)、紀長谷雄(きのはせお)など天暦(てんりゃく)期(947~957)の詩人が主流をなし、和歌作者では、紀貫之(つらゆき)、凡河内躬恒(おおしこうちのみつね)が尊重され、いずれも一条(いちじょう)朝の美意識を反映する。貴族・武家の学問教養の基本図書にあげられ、和漢を問わず、後代文学への影響は甚大で、『新撰朗詠集』以下後続の類書をも生んだ。
[渡辺秀夫]
『大曽根章介・堀内秀晃校注『新潮日本古典集成 和漢朗詠集』(1983・新潮社)』▽『川口久雄著『平安朝日本漢文学史の研究』上中(1975、82・明治書院)』
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平安時代の歌謡集。2巻。藤原公任(きんとう)撰。1012年(長和元)頃,あるいは18年(寛仁2)頃の成立。上巻は四季,下巻は雑。漢詩文588首と和歌216首。朗詠題のあとに中国詩文・日本詩文・和歌の順に並べる。漢詩文の作者は白居易が圧倒的に多く,菅原文時・同道真(みちざね)が続く。和歌の作者は紀貫之(つらゆき)・凡河内躬恒(おおしこうちのみつね)・柿本人麻呂・中務(なかつかさ)らが多い。成立の背景には朗詠の流行や,和漢の作品を並置する傾向の発生がある。後世の文学に与えた影響は大きく,和歌・漢詩のほか,物語・軍記・説話・今様・謡曲など多岐に及ぶ。「日本古典文学大系」所収。
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