翻訳|nation
国家を構成する個々人,あるいはその全体を指す。日本国憲法で〈日本国民たる要件は,法律でこれを定める〉とされているように,一方で国民は法律上の概念であるが,他方で国民主権や国民国家などの用法にみられるように,国民は主権や国家の基本的な性格を規定する政治上の概念でもある。政治上の概念としての国民は,すぐれて近代的な起源をもつ。すなわち中世あるいは古代の社会には,国民は存在せず,絶対主義国家の成立とともにようやく国民の形成が開始された。ただ絶対主義国家は絶対君主を頂点とし,官僚制と常備軍に支えられて,何よりもまず統治機構として成立したため,国民は統治の対象として受動的な位置にとどめられていた。それを逆転させて,国民を主体的・能動的立場においたのは市民革命である。市民革命の論理は,それまで君主の手中にあった主権を奪取して国民の手中におくことであった。絶対王政においては,すべての人々が平等な臣民として一人の君主の支配に服していたが,それが被支配者に一体感を与えることになった。こうした一体感をもった被支配者こそ国民にほかならない。市民革命は,この一体性をもった国民が君主に代わって主権者の位置につくことにより達成された。それとともに,絶対王政下の常備軍は国民軍となり,貴族,僧侶,市民(まれには農民も含む)などの諸身分の代表者による等族会議は国民議会となった。ここに,近代国民国家が成立する。
こうした変化の背後には,商品経済の発展に伴う広域的な市場形成の要求がある。封建社会の地域分権的体制を解体して,絶対王政の中央集権的体制を成立させたのも,究極的には広域的な市場形成の要求であった。商品経済の担い手であるブルジョアジーは,やがて絶対君主とも利害を異にするに至り,自己の利益を貫くために,国民の名において絶対王政を打倒したのである。市民革命によって国民国家が形成されたのは若干の先進国に限られるが,他の国においても商品経済の発展とともに,漸次国民国家へ移行することになった。とくに外圧に対抗する必要などから,急速に近代国家への移行を図らなければならないときには,何らかの方策によって上から国民を形成することも試みられた。その最も典型的な方策は国民教育である。また国史,国歌,国旗,英雄,神話などの国民的シンボルを操作することによって,国民的自覚を高めることもしばしば試みられる。このように,国民は政治的指導層により国家の構成員として組織された集団であるから,ほぼ同一の種族・言語・文化によって歴史的に結ばれた集団である民族と必ずしも一致しない。単一民族が単一国家を形成する場合には両者は一致するが,多民族国家の場合,複数の民族が一個の国民を構成することになる。単一民族から成る国民国家では,国民的統合は民族的一体性に基づきうるため,比較的容易に獲得されうるが,多民族国家では国民的統合は困難な課題であることが多い。
→国民国家 →国民代表
執筆者:阿部 斉
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
国家を構成し、その国の国籍をもつ者。このような個人の総体を国民ということもある。国民の基本的人権という場合の国民は個々の国民をさし、国民主権というときの国民は総体としての国民をさしている。国民ということばは、国民主権の例にみられるように、統治の主体という地位にあるものをさすこともあれば、統治の客体という地位にあるものをさすこともある。後者の場合、君主国においては「臣民」とよばれる。また国民は統治の機関としての地位も有する。この場合の国民は一定の範囲のものに限られ、国家の統治に参加する資格ないし権利が与えられる。この国民の地位を「公民」とよぶことがある。
[池田政章]
日本の法令上「国民」という語が用いられている場合、一般に日本国民をさしている。日本国憲法は「日本国民たる要件は、法律でこれを定める」(10条)と規定し、これを受けて国籍法が制定されている。つまり日本国民とは日本の国籍を有する者をいい、それ以外の者は外国人という。国籍法によれば、日本国籍の取得には出生による場合と帰化による場合とがある。出生による場合は、1984年(昭和59)の改正までは父系優先の血統主義をとっていた。つまり、日本人を父とする嫡出子には日本国籍が付与されたが、父が外国人のとき母が日本人であっても日本国籍は付与されないのが原則であった。しかし父系優先血統主義は男女平等に反するという批判が高まり、84年に父母両系の血統主義に改正された。つまり、母が日本人であるときも子は日本国民となることができるようになった。帰化というのは後天的に日本国籍を取得することで、一定の条件を備える外国人は法務大臣の許可を受けて日本国民となることができる。また日本国憲法は「国籍離脱の自由」を規定しており(22条2項)、自己の志望によって外国の国籍を取得したときは、日本の国籍を喪失する。
天皇が日本国民に含まれることは明らかであるが、その地位には世襲が認められているので(憲法2条)、それに必要な限りにおいて、天皇と皇族には、それぞれについて一般国民とは違った法的特例が認められている。
[池田政章]
国民が国家においてどのような地位にあるかについては、ドイツの公法学者ゲオルグ・イェリネックの理論が今日なお基本的に支持されている。それによれば、第一は、国民が国家に服従する地位で、これを「受動的地位」という。この地位は義務である。第二は、国民が国家権力の干渉を拒否することのできる「消極的地位」である。思想・良心の自由、表現の自由など、伝統的な「自由権」はすべてこの地位から発生する。第三に、国民が国家の活動を要求する「積極的地位」がある。裁判を受ける権利、国家補償請求権などの「受益権」または「国務要求権」などがこの地位から発生する。20世紀の人権といわれる社会権も、この地位に根拠を置く。第四に、国民が国家活動を担当する「能動的地位」がある。参政権はこの地位に基づく。
[池田政章]
本来は国衙(こくが)領の農民の意味であり、また中世期には住民のうち、とくに上層自営民をもさした。しかし、これらが南北朝時代から、さらに力を養うと、支配側の勢力に反抗する者として現れてくる。大和(やまと)国(奈良県)においては平安朝以来、興福(こうふく)寺が大和一円の領国化を図り、国内の有力名主(みょうしゅ)を配下とし、春日(かすが)社、興福寺の末社・末寺を掌握して、彼らをその神主(かんぬし)や住持(じゅうじ)とすることによって、勢力拡大を図ったが、これらの人々を国民とよび、一時代前からおもに北方大和にあって荘官(しょうかん)・荘司の身分で法体(ほったい)となった衆徒(しゅと)と対称せられるに至った。いずれも興福寺の御家人(ごけにん)や荘官であるが、戦国時代に入るとしだいに実力を発揮して、大小名化を進め、筒井氏、古市氏などは衆徒出身、越智(おち)氏、十市(といち)氏などは国民出身として相互に抗争するに至った。
[平井良朋]
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字通「国」の項目を見る。
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…春日野には春日東西両塔がそびえ,神仏習合の春日信仰を具現している。かくて興福寺は大和国を春日大明神の神国と称して,七大寺や国中の社寺,これに連なる在地領主を屈従せしめ,大荘園領主となり,また堂衆・衆徒や春日神人(国民)を僧兵団に編成して,12,13世紀の全盛時代を迎える。 1180年(治承4)平氏の南都焼討ちに遭い,東大寺とともに全焼したが,復興も速く,復興気運に乗って鎌倉文化が興隆,奈良の街地が発達するが,興福寺はこれに君臨,なお鎌倉将軍家から大和国守護職として国中支配を許された。…
…この70年は,いうまでもなく中世の権門体制が大きく後退した時代にあたる。51年(宝徳3)には当時大乗院があった禅定院が土一揆の放火に類焼し,応仁・文明の乱がはじまると父一条兼良が尋尊のもとに疎開するなどその影響は奈良にも強く及び,乱後は門跡の被官である古市氏ら衆徒・国民(大和国衙領の在地領主で春日大社末社の神人化した者の身分称)が国人としての動きを顕著にし,大乗院配下の座や荘園には有名無実化するものが多く,神事・法会も退転をはじめた。貴種として大乗院に入院した尋尊は,学僧としてはなんらの業績ものこさなかったが,時代の風潮を〈下剋上〉ととらえ,あえてその流れに抗して〈門跡再興〉〈寺社(興福寺,春日社)繁昌〉をみずからの使命とした。…
…大和国の春日神領国化の始まりだが,神仏習合思想を利用して春日社との一体化を進めていた興福寺は大和国の支配を主張,1135年春日若宮社を創建,翌年から若宮祭を大和一国の大祭として興福寺境内で執行,神国大和を称して国中の社寺の末社・末寺化や社寺をまつる在地領主の土豪らの従属を強いた。土豪らを衆徒(末寺坊主),国民(末社神主)に列して在地代官とし,僧兵として武力に起用した。この末社末寺制と衆徒国民制とによって興福寺は大和国の支配組織を完成,摂関家代官の大和国司を有名無実たらしめた。…
…維新政府が最初に着手した制度の創設が,軍制と並んで戸籍の全国的整備であったことは注目に値する。すなわち,政府の布告に〈国民〉の言葉が一般的に用いられたのが,この〈戸籍法〉制定の別紙布告が最初であったように,維新政府は封建的割拠を打破し,階層的な身分を平準化して,近代国家の統治の基盤としての〈国家人民〉の同形化を行うことを企図したのである。こうして〈戸籍の先進地〉京都府の戸籍法令を手がかりに制定された同法にのっとって,72年,全国的に戸籍が編製される(壬申(じんしん)戸籍)が,この戸籍手続の中から,幕藩体制の解体と,新たな社会的・国家的秩序の再編に適合する〈家〉制度が,しだいに形成されていった。…
…国政の基準となる一般意思(総意)を決定する機関(国民代表府),またはその成員を意味することが多い。市民革命以降においては,一般に選挙による議会がその任務を担当しているので,国民代表という表現は,一般には議会または議員(政治家)を指すことになる。…
…広い意味では国家の構成員を指し,国民と同義であるが,狭い意味では国民のなかから既存の支配層を除いた部分,すなわち被支配層としての国民を指す。こうした対比でみれば,国民が支配層も含めた全体の一体性を強調する概念であるのに対し,人民はむしろ被支配層の連帯と解放を重視する概念として用いられることが多い。…
…フランス語で民族・国民・国家を意味し,フランス共和国と関連した形で,国家ないし国民を指す場合に使う。〈ナシオン〉は,〈自由・平等・博愛〉という政治的理念を共有する人々による契約共同体ないしは合意共同体という性格が強く,そこでは人種・民族や血統は二義的な重要性しかもたない。…
※「国民」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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