(1)平曲の曲名。伝授物。灌頂巻(かんぢようのまき)5曲の中。後白河法皇は建礼門院の閑居訪問を思い立つ。4月下旬のことで,道には夏草が茂り,人跡絶えた山里である。山すその御堂は寂光院(じやつこういん)で,浮草が池に漂い,青葉隠れの遅桜が珍しく,山ホトトギスのひと声も,法皇を待ち顔に聞こえる。質素な女院の庵に声を掛けると,老尼が出迎え,女院は山へ花摘みに行かれたと告げる。尼は昔の阿波内侍(あわのないし)だった。やがて,女院は花かごを手にして大納言佐(だいなごんのすけ)を供に帰って来る。シオリクドキ・折リ声・初重(しよじゆう)・中音などの曲節を随所に配した叙景中心の美しい曲である。話の筋は次の《六道(ろくどう)》に続く。そこでは,法皇に対面した女院が,栄華の頂点から流浪の境界に転落した悲しい思い出を物語る。それは,餓鬼・修羅・地獄などの六道さながらの苦しみで,わが子安徳天皇が海に入るのを目の前に見ながら,源氏の武士に捕らえられ,こうして生き長らえているのだと嘆く。(2)能の曲名。喜多流は《小原御幸》と書く。三番目物。作者不明。シテは尼姿の建礼門院。平曲の上記2曲の筋をそのままに脚色した能。ただ最初に,閑寂な山里の趣と女院が山へ出かける所を描いた短い場があり,それから法皇一行の登場となる。極度に少ない動きの中に女院の悩みを品格高く描く。
執筆者:横道 万里雄
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
能の曲目。三番目物。五流現行曲。喜多流は「小原御幸」と表記する。作者不明。『平家物語』のフィナーレを忠実に舞台化した能。一門の滅亡を体験した建礼門院(けんれいもんいん)(シテ)は、2人の尼とともに寂光院(じゃっこういん)に仏門修行の日々を送っている。舅(しゅうと)にあたる後白河(ごしらかわ)法皇(ツレ)が万里小路中納言(までのこうじちゅうなごん)(ワキ)を従えて訪れた初夏の日、女院は天上、人間、修羅(しゅら)、畜生(ちくしょう)、餓鬼(がき)、地獄の六道(ろくどう)のすべてにわたる体験と、わが子である先帝の最後を涙ながらに物語る。やがて女院は法皇の還幸を庵(いおり)の柱にすがって見送る。高貴の女性をシテとする幽玄能でありながら、まったく舞の要素がない異色の能。とくに品格を要することから『楊貴妃(ようきひ)』『定家(ていか)』とともに三婦人の能とよばれ重く扱われる。
[増田正造]
…灌頂巻の上に,小秘事2曲,大秘事3曲があるが,これは別扱いの秘曲とされる。灌頂巻の曲目は,《女院御出家》,《大(小)原入御》(《大原入》とも),《大(小)原御幸(おはらごこう)》,《六道》(《六道之沙汰》とも),《御往生》(《女院御往生》とも)である。平曲【横道 万里雄】。…
…自分はこうしてわずかの間に六道の苦しみを経験したのだと物語ったので,人々は涙を流した。平曲《大原御幸(おはらごこう)》と共に能《大原御幸》の原拠。【横道 万里雄】。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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