狭義には、腸内細菌科エッシェリキア属に属する細菌をいい、広義には、シトロバクターCitrobacter、クレブシエラKlebsiella、エンテロバクターEnterobacterなどを含めた大腸菌群をさす。狭義の大腸菌は、幅0.5~1.5マイクロメートル、長さ2~6マイクロメートル(1マイクロメートルは100万分の1メートル)のグラム陰性の桿菌(かんきん)で周毛性であるが、菌株によっては鞭毛(べんもう)のないものもある。通性嫌気性。通常の培養基によく発育し、平滑型、不透明で白色の集落(コロニー)をつくる。大腸菌はブドウ糖、乳糖、マンニットを分解し(ときにはショ糖やサリシンも分解する)、酸とガスを産生する。しかし、硫化水素は産生せず、尿素の分解も行わない。
大腸菌はヒトならびに動物の腸管内に生息する常在菌であり、腸管内容物1グラム当り108個含まれている。消化を助け、ビタミンを生産し、腸内容物の流動を助け、腸管内へ侵入する有害菌を排除する働きをもつ有益な細菌である。しかし、大腸菌のなかには、なんらかの理由で病原力を獲得して、下痢や胃腸炎などの症状をおこす感染症の原因となるものがある。病原性によって5型に分類される。近年問題となっている病原大腸菌O157は腸管出血型である。
(1)腸管病原性大腸菌 サルモネラ腸炎に似た急性胃腸炎として発症する。おもに小児に発熱、嘔吐(おうと)、水様性下痢をおこす。O26、O44、O55、O86、O111、O114、O119、O125、O127、O128、O142、O158の血清型大腸菌。
(2)腸管侵入性大腸菌 大腸の粘膜に侵入し、細胞を破壊し、赤痢に似た症状となる。発熱、腹痛、水様性下痢をおこす。O28、O112、O121、O124、O136、O143、O144、O152、O164の血清型大腸菌。
(3)毒素原性大腸菌 コレラ様の下痢をおこす。開発途上国での乳幼児下痢症、旅行者下痢症として知られている。O6、O8、O11、O15、O25、O27、O29、O63、O73、O78、O85、O114、O115、O128、O139、O148、O149、O159、O166、O169の血清型大腸菌。
(4)腸管出血性大腸菌 加熱不十分な肉類や牛乳(ウシの保菌率が高い)や非加熱の野菜などから感染。ヒトからヒトへも感染し、単なる食中毒ではない。病原因子は菌の生産するベロ毒素(シガトキシンShiga-toxin)でタンパク質合成阻害作用をもち、細胞致死作用を示す。O26、O103、O111、O128、O145、O157の血清型大腸菌。
O157による感染症は比較的長い潜伏期(3~7日)の後、腹痛、下痢、発熱の症状があり、次に血便となることが多い。
(5)腸管凝集付着性大腸菌 細菌が凝集塊となって、腸上皮細胞に付着する性質をもつ菌群。耐熱性の腸管毒を産生する。小児の慢性下痢症の原因とされ、水様性下痢、嘔吐、脱水症状、ときには発熱、血便がみられる。O44、O127、O128の血清型大腸菌。
大腸菌群は糞便(ふんべん)汚染の指標として、飲料水や食品、さらには海水浴場や公衆浴場などの衛生検査によく使われる。これは糞便汚染があれば、消化器系伝染病菌である赤痢菌や腸チフス菌のほか、食中毒菌であるサルモネラ菌や病原大腸菌の存在、もしくはその疑いがもたれるからである。しかし、本来、大腸菌群自体は有害菌ではなく、腸管内以外の自然界では増殖しないことから汚染指標として使われているわけである。
[曽根田正己]
『厚生省保健医療局結核感染症課監修『よくわかる腸管出血性大腸菌(O157等)感染症の症状・診断・治療』改訂版(1997・厚健出版)』
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
腸内細菌科の大腸菌属Escherichiaの1種。グラム陰性で,通性嫌気性の杆菌。長さ2~4μm,幅0.4~0.7μm。周在性の鞭毛をもち,運動性を有する。ヒトを含む動物の腸管とくに大腸内を生息の場所とするが,糞便に汚染された外界にも広く存在する。この点で,大腸菌の存否の検査は,糞便による汚染の有無の指標とされており,水質検査などに用いられる。大腸菌は健康人の腸管に常在しており,それらは無害な寄生菌であるが,人体の常在部以外の臓器に侵入した場合には,病原性を発揮し,感染症を引き起こすことがある。最も多いのは尿路感染症である。これらのもの以外に大腸菌の一部には,病原大腸菌と呼ばれる群があり,下痢や腸炎を引き起こす。病原大腸菌には,腸管侵襲性,腸管毒素原性,腸管病原性大腸菌,腸管出血性大腸菌の4種類のものが知られている。腸管毒素原性大腸菌は,毒素(エンテロトキシン)を産生し,熱帯・亜熱帯地域の旅行者下痢症の原因菌である。また近年,食中毒事例が目だってきている病原大腸菌O-157は,ベロ毒素と呼ばれる赤痢菌様毒素を産生する腸管出血性大腸菌である。大腸菌は遺伝学的・生化学的研究材料,および近年ではバイオテクノロジーの研究材料として最も頻繁に用いられている。
→腸内細菌
執筆者:川口 啓明
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
ヒトをはじめとする脊椎動物の腸に存在するグラム陰性桿(かん)菌.長さは約2 μm で,直径は約1 μm.ゲノムサイズは4.64 Mb(mega base pairs).1922年にジフテリア患者から分離された大腸菌K12株と,その改変株が,分子生物学領域で主として宿主として使われている.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
…大腸菌Escherichia coliとE.freundii,Aerobacter aerogenesの細菌を含めて大腸菌群と総称する。大腸菌群は通常,人や哺乳類の腸管に生息しており,それ自身は病原性を有さないが,これが水中に存在することは,多くの場合その水が人畜の屎尿(しによう)で汚染されていることを意味する。…
※「大腸菌」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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