生物の発生の過程で、遺伝的あるいは非遺伝的要因によって、器官、器官の一部、または器官系に生じる形態的異常をいう。後天的な外傷による欠損などは含めないが、再生時の異常(爬虫(はちゅう)類の過剰再生尾など)は奇形の一種である。正常と異常の区別はときとして困難であるが、一般には変形の程度がひどく、機能的にもなんらかの障害を与える場合に奇形とよばれる。また、2個体が部分的に癒合か癒着したもの、あるいは個体の一部や器官が重複して形成されたものを重複奇形といい、動物に著しい現象である。
[八杉貞雄]
奇形に関する学問を奇形学といい、とくに実験的操作によって動植物に奇形を誘起して奇形形成機構を解析することを主眼にする場合には実験奇形学という。奇形、とくに人間の形態異常は古代以来大きな関心を集め、ときには忌み嫌われたり恐怖心を抱かれたりしたが、また場合によっては畏怖(いふ)されて、民族によっては神が奇形をもつものとして描かれている。
学問的に最初に奇形を分類し、その原因を考察しようとしたのは、フランスの博物学者ジョフロア・サンチレールで、「奇形学」tératologieの語も彼の造語(1822)であるといわれる。その子Isidore Geoffroy Saint-Hilaire(1805―1861)も父の後を継いで、それまでに知られていた人間の形態異常を集大成し、実験奇形学の興隆に貢献した。その後、実験奇形学は実験発生学と密接な関係をもって展開し、イギリスの遺伝学者ベートソンは余剰器官の対称性を研究して「ベートソンの法則」をたて、ドイツ生まれの実験奇形学者ランダウェルW. Landauer(1896―1978)はニワトリの奇形形成について、遺伝学、発生学、生化学などの立場から総合的に研究した。現在では生理的作用の明らかな化学物質による奇形の実験的創出と、遺伝的に誘発される奇形の解析が重要な手段となっており、放射能、薬品などの催奇形性の研究は、社会的にも大きな問題となっている。
[八杉貞雄]
動物の奇形の、形成過程による分類、原因、障害の段階、およびそれらの若干の例は次のようである。
[八杉貞雄]
(1)無発生(無肢症、腎(じん)欠損)、(2)発生不完全 (a)成長不完全(低身長症)、(b)融合不完全(口蓋裂(こうがいれつ)、重複子宮)、(c)分割(心室中隔欠損)、(d)移動不完全(潜伏睾丸(こうがん))、(3)過剰形成 (a)過成長(巨人症)、(b)誇大組織成長(肥厚表皮)、(c)過剰器官(多指症)、(d)融合(馬蹄(ばてい)腎、合指症)、(4)胚性器官の残余(はいせいきかんのざんよ)(鎖肛(さこう))、(5)異所的形成(口蓋歯)、(6)非定型的分化(奇形腫(しゅ))、(7)先祖返り(不対肺葉)
[八杉貞雄]
奇形の原因は主として遺伝的のものと外因性のものに分類される。ヒトの場合は遺伝的であることがはっきりしているものは20%程度といわれ、そのなかには合指症、先天性白内障(ともに優性)、先天性白皮症(劣性)などがある。外因性の原因は多様で、いちおう次のように分類しうる。
(1)物理的原因 (a)機械的刺激 哺乳(ほにゅう)類ではあまり問題にならないが、下等動物では奇形の原因になりうる。(b)放射線 一次的影響は細胞分裂の阻害であり、二次的に多くの奇形を引き起こす。(c)熱 鳥類初期胚などで高温が神経系や血管系の異常をもたらす。
(2)化学的原因 (a)ホルモン ホルモンの異常は低身長症、巨人症、半陰陽などの原因になる。(b)そのほかの原因 サリドマイドが短肢を誘発し、有機水銀が重篤な各種奇形の原因となることはよく知られている。実験的にはビタミンA、ウレタン、生体染色に用いるトリパンブルー、細胞毒であるナイトロジェンマスタードなどきわめて多様な化学物質に催奇形性が知られている。
(3)感染性微生物 ヒトでは風疹(ふうしん)ウイルスの初期胚への感染により白内障、小頭症がおこることが知られており、ニワトリなどではそのほかのウイルスの催奇形性もわかっている。
[八杉貞雄]
前記のような奇形誘発因子の作用機序はきわめて複雑で、また不明の点も多いが、次のような段階を考えることができる。
(1)第一次障害としては、細胞分裂阻害、代謝阻害、細胞の浸透圧の変化などがある。
(2)第二次障害は形態形成の異常である。(a)細胞増殖の抑制あるいは細胞死の増大 多くの形成不完全奇形はこの原因による。(b)組織間相互作用の不全 例としては眼杯(がんぱい)と表皮の接触不完全による水晶体欠損がある。(c)細胞移動の障害 神経細胞の移動障害による異所的灰白質形成などを含む。(d)組織の機械的損傷 水胞形成や出血などがある。
動物における奇形形成は複雑であり、同一の外因でも作用する時期や部位が異なるとまったく別種の奇形を引き起こすこともあり、一方、細胞に対する作用が異なる要因、たとえばヒドロコルチゾン(コルチゾール)とビタミンAとが同じ障害(口蓋裂)の原因となることもある。
[八杉貞雄]
植物のそれぞれの種では、形態的にほぼ定まった特徴をもっているが、その形態の変化が著しく限界を越えたときに奇形という。奇形をおこす原因には、植物成長ホルモンの異常、局部的な栄養の不均衡、ウイルスや線虫類などの寄生、放射線や酸素欠乏による障害、発生過程における傷害などがある。
奇形の原因については実験形態学、発生学、遺伝学の面より研究されて明らかになってきたが、不明の部分も少なくない。
茎の奇形として、もっとも一般にみられるものに帯化(たいか)(石化)がある。これは茎の一部が異常に扁平(へんぺい)化した奇形で、茎の成長点の分裂に異常がおこって両方向に異常増加したために生じたもので、茎の裏側に多数の葉が無秩序についたり、極端な場合は多数の花をつけることさえある。ダイズ、ゴマ、ケイトウなどの帯化品種では遺伝的にこの形質が固定しており、またエニシダやサボテンなどの帯化品種は観賞用として珍重される。茎の奇形としては、このほかにウンリュウヤナギのように茎が螺旋(らせん)状にねじれて曲がるものがある。
葉の奇形としては、葉身が二叉(にさ)に分かれる二叉葉が一般的にみられる。これは葉の成長点の分裂異常や、近接した葉の原基の癒合などによって生ずるもので、帯化した茎の上でとくにおこりやすい。分枝が繰り返された結果、葉の先端部が多裂することもあり、遺伝的に形質の固定したツバキの品種などは観賞用として栽培されている。このほか、葉の奇形としては杯状葉(はいじょうよう)もしばしばみられる。これは葉身あるいは小葉の全体またはその先端部が杯状になる奇形で、クロトン(トウダイグサ科の常緑低木)の品種などにおこる。
器官の一部の数が増減する奇形も一般的にみられ、四つ葉のクローバーは、普通、3小葉のものが4小葉になったものであるが、それ以上に小葉をもったものもあり、また逆に1小葉となる場合もある。花びらの数が増える奇形は、いわゆる八重咲きなどがあるが、これは、萼(がく)あるいは雄しべの弁化(花弁でないものが、花弁状を呈すること)によって生じるもので、その中間形もしばしばみられる。
正常では花をつけて終わるはずの軸が、先端の潜在した成長点がふたたび活性化して伸び出すことを貫生(かんせい)という。スギなどの球果の軸が伸びて枝葉になったり、ヒナギクの頭状花(とうじょうか)に、さらに数本の第二次の頭状花がつく場合などにみられる。このほかに雌雄異花の植物の場合の性の転換や、花弁や心皮(しんぴ)(雌しべを形成する特殊な分化をした葉)の葉化などがおこることもある。
[吉田精一]
『馬場一雄・小林登編『先天異常』(1980・金原出版)』▽『木田盈四郎著『目で見る先天奇形』(1980・講談社)』▽『荒井良著『先天異常』(1981・社会思想社)』▽『梶井正他編『新先天奇形症候群アトラス』(1998・南江堂)』
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…葉からの変形としては,サルトリイバラの巻きひげ,サンショウモの沈水葉,タヌキモの捕虫葉,メギの葉針などが,また,茎からの変形には,カラタチのとげ,ジャガイモの貯蔵茎,サボテンの扁平になった葉のような茎,アリ植物にみられるアリの住居となる茎,ヒルガオのつる茎などがよく知られた例である。 変態は植物の形態が種によって定まっている変形であるが,種の属性をふみ外した変形もしばしばみられ,このような異常形は奇形malformationと呼ばれる。これは個体発生の異常などによって出現するもので,その性質が子孫に伝わることはない。…
…染色体数が45になるものとしてはターナー症候群(性染色体がX1個だけ)がある。染色体異常の症状としては,奇形,精神遅滞,性徴の異常などがあるが,染色体異常の種類により症状は異なる。染色体異常の出現頻度は,出生児の0.5~1%であるが,人工流産胎児では6~7%にみられるところから,染色体異常の大半は妊娠初期に致死的で流産に終わり,出生に至るのはわずかであると考えられている。…
…正体不明の生物や物体,とりわけ醜悪・不快・恐怖などの念を抱かせる存在の総称に用いられる語。また奇形の意味にも用いられる。奇形の誕生は古代にあって凶兆とされ,モンスターという英語もラテン語のmonstrum(兆候,警告の意)に由来する。…
…生体に作用して胎児や新生児に奇形を発生させる物質を催奇形性物質または催奇性物質という。奇形が発現する機序については,遺伝子突然変異,染色体異常,核酸代謝異常,細胞膜異常,酵素の阻害や欠損,栄養やエネルギーの欠乏などが考えられ,このような変化に伴って細胞の死亡,細胞内の代謝や形態的分化の障害が起こり,奇形につながるものと考えられている。…
…これは,病気に対する生体の態度が受動的であるか能動的であるかによって病変を大別する立場で,前者を退行性病変,後者を進行性病変とする。これに加えて,生れながらの病的状態である奇形,血液やリンパ液の流れの異常を契機とする循環障害,病因に対する防御反応としての炎症,細胞増殖機構の異常の結果起こる腫瘍の6群を基本的病変としている。
[伝統的な病変分類]
(1)退行性病変は,障害因子の作用が生体の反応よりも強いために起こる変化であって,極型は死である。…
…葉からの変形としては,サルトリイバラの巻きひげ,サンショウモの沈水葉,タヌキモの捕虫葉,メギの葉針などが,また,茎からの変形には,カラタチのとげ,ジャガイモの貯蔵茎,サボテンの扁平になった葉のような茎,アリ植物にみられるアリの住居となる茎,ヒルガオのつる茎などがよく知られた例である。 変態は植物の形態が種によって定まっている変形であるが,種の属性をふみ外した変形もしばしばみられ,このような異常形は奇形malformationと呼ばれる。これは個体発生の異常などによって出現するもので,その性質が子孫に伝わることはない。…
※「奇形」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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冬期3カ月の平均気温が平年と比べて高い時が暖冬、低い時が寒冬。暖冬時には、日本付近は南海上の亜熱帯高気圧に覆われて、シベリア高気圧の張り出しが弱い。上層では偏西風が東西流型となり、寒気の南下が阻止され...
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