翻訳|learning
学習とは,特定の経験によって行動のしかたに永続的な変化が生ずる過程である。同じ行動様式の変化でも,経験によらない成熟や老化に基づく変化や,病気,外傷,薬物などによる変化は学習とはいえない。また疲労や飽きは,回復可能な一時的変化にすぎないので,これも学習とは区別される。子どもの発達過程では,例えば言葉や歩行の習得のような学習が,長期にわたって行われている。しかしこの場合,行動様式の永続的変化といっても,多様な経験に基づいて,広い範囲の行動が変化するのであって,この過程はとくに〈発達〉と呼ばれる。
学習のメカニズムを説明する理論には二つの立場がある。第1は,刺激と反応との結合を学習の基礎とみなす〈連合説〉である。最初にこの立場を表明したE.L.ソーンダイクは,学習を試行錯誤の過程とみなし,刺激と反応との正しい結合が生ずる条件を示すいくつかの法則を作り上げた。例えば,正反応の結果には満足が与えられなければならないことを説く〈効果の法則〉,数多くの反復をしなければならないことを説く〈練習の法則〉,刺激と反応との結合の用意が整っていることの必要性を説く〈準備の法則〉などである。これらの学習法則には,その後若干の修正が加えられたものの,基本的にはそのまま現在に至るまで受け継がれ,とくに行動主義の学習理論の基礎にすえられている。
第2の立場は,認知構造の獲得を学習の基礎とみなす〈認知説〉である。この立場はとくにゲシュタルト心理学者たちが採っている。学習は場面の構造が認知されることによるが,それは試行錯誤の結果ではなく,場面の中で解決への見通しが一挙に開けてきたためであるとみなす。だから学習すべきものは,刺激と反応との結合ではなく,場面の意味であり,とりわけ手段-目標関係の理解なのである。しかし学習そのものの中に,二つの基本的に異なる過程があるという視点から,最近では両者の立場を総合させた〈二要因説〉も提起されている。
学習はさまざまな条件によって促進されたり停滞,阻害されたりする。それらの現象のおもなものをあげてみる。
(1)学習の構え 同種類の問題を何度も経験すると,その種の問題に対する学習のしかたを習得し,しだいに容易に解決できるようになっていく。これはいかに学ぶかという構えを学習するからである。
(2)高原現象 学習の過程で行動の進歩が一時的に停滞することがある。学習曲線がこの場合あたかも高原のような形を描くので,これを高原現象という。これは学習の疲労,飽和や動機づけの低下などによるほかに,より高次の段階の学習を続けるために,そのときまでの学習行動を質的に変化させる際に現れる現象でもある。
(3)分散学習と集中学習 学習時間の配分のしかたに応じて,適当な休憩をはさんだ〈分散学習〉と,休みなしに連続して取り組む〈集中学習〉とに分けることができる。分散学習の長所は,休憩中に疲労の回復や学習意欲の更新や復習などが行われるうえ,誤反応を忘却できる点にある。ただしあまりにも長い休憩が入ると,正反応でも忘却してしまうおそれもある。一方,集中学習は,長時間続けざまにその学習活動にあてることができるため,学習活動の準備にあらかじめ一定時間を必要とする場合には有利である。そのうえ,集中学習では,分散学習のように反応を固定化させることもないので,反応の変化がしばしば生ずる学習にも有利である。一般に技能学習には分散学習が,問題解決学習には集中学習が適切だといわれている。
(4)全習法と分習法 学習材料の扱い方に応じて,全体をひとまとめにしてなんども繰り返しながら学習する〈全習法〉と,全体をいくつかの部分にあらかじめくぎり,それらを順々に学習していく〈分習法〉とに分けることができる。もちろんいずれの方法が有効であるかは,その学習材料の性質に基づく。長い学習材料やむずかしい学習材料の場合には分習法に,逆に短い学習材料ややさしい学習材料の場合には全習法によらなければならないだろう。また統一性に乏しい学習材料は分習法が,意味連関のある学習材料は全習法が適切だろう。しかし全習法は効果をあげるのに多くの時間と労力を必要とするのに対し,分習法は速く容易に学習の成果をあげられる。したがって年齢や能力の低い者には,分習法が有利だといわれている。
(5)学習の転移 以前の学習が別の内容についての学習に影響を及ぼすことを〈学習の転移〉という。転移には,前の学習が後の学習を促進させる正の転移と,逆に妨害する負の転移とがある。転移が生ずる条件として,両学習間の類似性,時間間隔および前の学習の練習度などがあげられる。そして,前の学習経験に含まれる構造を正しく把握するとき正の転移が生じ,これを誤ってとらえたり,不十分にしかとらえなかったりすると負の転移が生ずることとなる。
→発達
執筆者:滝沢 武久
上記のような学習のメカニズムを考慮して進められるが,文化,科学,芸術の基本的内容を精選し,系統的に配列し,これを学習者の生活,既得の経験や知識と適切に結合することがとくに求められる。実際の学習指導においては,学習者の多様な反応が現れるから,それらに適切に対応することによって指導の効果をあげることが期待される。例えば学習内容によっては一つの解答,一つの解法だけがあるのではなく,いくつかのものが許容されうる場合がある。このようなときは学習者たちが自発的に多様な解答,解法を示すことも少なくない。教師の発問によってこれを促進することもできる。また集団での学習では,学習者の中に誤りの反応をする者がいるが,誤りの種類や性質によってはこれを積極的に取り上げて解明することを通じて,学習者全員の理解をいっそう十分なものにすることもできる。これらは集団での学習=一斉指導の場面で,教師が直接に学習者たちに働きかけ,その自発性を高め,理解度を深める配慮であるが,これらとあわせて,班あるいはグループを学級の中に作り,学習者相互の働きかけ合いをねらうことによって,さらに指導の効果をあげることもなされうる。
また学習指導によって,学習者の中に定着したものを確実に把握することも必要不可欠である。とくにそれぞれの学習内容の系列において,必須の概念や操作が習得されていない場合には,後の学習に多大なマイナスとなり,いわゆる学業不振の原因となる。なお,学習させるべき内容の精選・配列,実際の指導,学習者における定着は,学習指導としてひとつながりのものである。そこで,例えば学習指導の効果が上がらない場合など,学習内容の選び方,配列のしかたに問題はないか,指導の方法に問題はないかなどというように,教師にはつねにみずからを反省する態度が要求されると同時に,こうしたことについて教師が自由に研究,研修できるような条件を整えることもたいせつである。
執筆者:茂木 俊彦
動物の行動研究が進むと学習に関する考え方も変わってきた。まず,それまで鳥や哺乳類のみで学習能力が考えられていたのに対し,広範囲の動物で学習する能力の存在が実験的に証明された。例えば扁形動物のプラナリアに光刺激と電気ショックの組合せで条件反射を成立させ,この程度の動物にも学習する能力のあることがわかった。タコの捕食行動では各種の図形と罰・報酬の組合せで図形を学習させられること,ミツバチに色を覚えさせることなど,今日では各種の動物で学習に関する実験が行われている。また,従来は動物の行動を本能と学習に二分する考え方が支配的であったが,近年の研究によって,純粋な学習とみられるものもしばしば何を,いつ,どこで学習するかといった面で遺伝的に決定されていることが明らかにされ,現在ではこのような二分法は有効性を失いつつある。
もっとも単純な形の学習は慣れで,これは,とくに刺激の強化が加えられなくても無害な環境には反応を示さなくなるようなものである。キジなど地上営巣する鳥の雛は,孵化(ふか)後,最初は頭上をかすめるすべての影に対して警戒のうずくまり姿勢を示すが,やがて木の葉や無害な小鳥が横切った程度では警戒姿勢を示さなくなる。このような慣れは,明らかに生後の経験によって獲得した反応であるが,猛禽類の影には決して慣れを示さず,このような能力が遺伝的にプログラムされたものであることを示している。
刷込み(インプリンティング)は特殊な形の学習である。これは生後のある時期の経験が,その動物のある行動を規制してしまうもので,とくに生後の初期に生じやすい。孵化後2~3日目くらいのニワトリの雛は餌に対して強く刷り込まれ,このときに経験した餌箱の色や形にこだわる。アヒルの雛が母親が近くにいても,餌入れをもって歩く人の後をついていくのも刷込みの例である。これは生後の脳の発達とも関連し,成体になってからは生じない。また,同種の仲間とある程度以上いっしょに生活すると刷込みも生じにくくなる。
さまざまな動物には種に応じてプログラムされた学習能力があり,例えば,カリウドバチの多くは巣穴を出て獲物を狩りにいく際,周囲のおおまかな地形を認知し,巣穴に戻る手がかりとする。肉食性の哺乳類の幼獣が成長の過程で仲間とじゃれ合いながら口や四肢の扱い方が巧みになったり,鳥類の幼鳥がしだいに熟達した飛翔(ひしよう)を行うようになるのも経験による学習の効果であろう。試行錯誤的に経験を積み重ね,ある行動を獲得するのも学習といえる。サルのいも洗い行動などはその一つで,たまたま海水につかった餌を食した個体から,ある集団の中で,すべての個体が海水で洗ってから食すようになったのは偶然の効果から出発している。
自然な状態における学習の役割は,子が親と同じ行動パターンを受け継ぎ,与えられた環境でうまく生きていけるようにすることである。したがって一般には学習によって行動が進化することはないといえる。
執筆者:奥井 一満
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
経験を重ねることによって行動が比較的持続的に変化し、安定し、その後の行動に効果をもつようになった場合をさすが、環境の変化に対する生体の一般的な適応や、身体的な疲労、損傷、病変、一時的な動機づけなどからもたらされた行動の変化とは区別される。また、成長に伴う行動の年齢的・発達的変化、老化などからも区別されるが、具体的な事例について、それが学習の結果か、成長の結果かを一義的に決定することはむずかしい。学習が行われるのは学校での学課の勉強に限られるのではなく、広く生活の全体にわたっている。学習によってかならずしも常識的な意味での行動の改良がなされるだけでなく、喫煙・飲酒の習慣とか社会的な偏見なども、広い意味では学習の結果として生じる。
学習された行動が安定し持続する場合は習慣といわれるが、行動の安定はそれが滞りなく進行するうえに適切ではあるものの、環境の変化に対してしばしば固執されやすく、これは癖といわれる。また、特定の作業の上達を目ざして行動が繰り返される場合には練習といい、練習の結果、達成された行動は習熟といわれる。
[小川 隆]
学習は、新しい場面で適切な行動が発揮される習得の側面(狭義の学習)と、習得された行動が維持され再現される基となる記憶の側面とをもっている。また、行動の習得と実行performanceとを区別することがある。実行に移されないままの習得行動が、あとで他の行動に効果をもつ場合に潜在学習latent learningということがある。散歩で知った地域のイメージがある場合、これをたどってその地域の特定の地点を捜すことは、未知の、したがってその地域のイメージのない場合よりも容易なのはこの例である。
学習が成立するには、先行条件として、認知、動機づけ、態度、情動などが影響するが、心理学の術語でいう広い意味の強化reinforcementと行動との随伴関係contingencyが重要である。行動の結果が動機づけと一致し、行動が促進、維持される場合が積極的強化であり、動機づけと一致しないで抑制・回避される場合が消極的強化である。学習はこれらの強化の量、強化の反復によっても影響を受けるが、それはむしろ実行に対する効果であって、習得にとっては、行動と強化との随伴関係や時隔が重要である。強化の遅延は、習得されるべき行動以外の行動の挿入の機会ともなり、適切な行動の習得を妨げる。
学習の主として認知面では、複雑な認知が急激に要請される場合に習得が困難であっても、簡単な認知から漸次、複雑な認知に移行することによって容易になることがある。底辺で立つ三角形と頂角で立つ三角形とを同定のできなかった幼児が、一方を漸進的に傾けて他方に一致させ同定できるようになったという例もある。学習にとっては意欲が重要で、学習する達成要求の高い者は、行動の反復によって改良が加えられるが、低い者はそうでないことも実証されている。心理学では、行動と強化との随伴性を利用した条件づけconditioningの実験方法が、学習研究に広く使われている。
[小川 隆]
行動の反復は学習の進行の基本であるが、この経過は、反復試行(横軸)に対し、反応数、反応量、反応時間など(縦軸)をプロットした学習曲線で示される。たとえば電信の送信・受信作業の学習で、試行数(時間)と送信・受信の語数との間に学習曲線が示される。単位時間での語数に限界があるとともに、それまでの進行は一様ではなく停滞する期間があり、これは高原plateauと名づけられている。これは学習者が新しい方途を探索する時期ともみられ、たとえば電信作業などでは、初期のいちいち文字を選ぶ作業から、語や文としてまとめて選ぶ作業に移行する段階に対応するとされている。
学習試行を連続して反復する場合を集中学習massed learning、途中、休止を挿入して行う場合を分散学習distributed learningという。一般に後者は前者に比して学習能率は高いとされている。学習材料を全部一度に学習する場合は全習法whole method、部分に分けて逐次、学習する場合は分習法part methodという。学習材料の多寡にもよるが、関連する材料では全習法が有効なことがある。学習の成立後、次の学習を促進させたり抑制したりする事実があり、これは転移transferという。促進は、習得の過程に類似した性質がある場合で、一つの外国語を習得すると他の外国語を習得しやすくなるような場合である。抑制は、スキーの練習が、これと違った運動を含むスケートの習得をむずかしくするような場合である。
動物の学習実験では、特定の刺激の間に強化・無強化を随伴させ、弁別させる方法がなされる。これは弁別学習discrimination learningというが、弁別する刺激を次々に変えていくと、試行が進むにしたがって後続の学習になるほど、正反応の割合の上昇が急速になることがみられる。学習を繰り返すと、特定の弁別刺激ではなく弁別学習そのものを学習する構えlearning setが成立するといわれている。
弁別学習の成立後、強化刺激と無強化刺激とを入れ替えて学習することを逆学習reversal learningというが、この場合も脊椎(せきつい)動物では比較的速く学習され、弁別刺激の特定の価値よりも、価値の交替に対する学習の構えが成立する。
[小川 隆]
動物行動学(エソロジー)では、学習を、「経験を通じて個体の行動になんらかの適応的変化を生み出す過程。疲労、感覚的順応、成熟、手術やけがによる変化とは区別される」と定義し、行動の適応的変容としてとらえている。動物の行動は生得(せいとく)的行動(本能)と習得的行動(学習)に区分される。生得的行動は、進化の過程において最適の遺伝子が選択されて種の行動を定型化してきたのに対し、習得的行動は、学習の過程によって最適の反応を選択し一時的に個体の行動を変容していくものといえる。しかし、動物が何を学習するかは、その種の生得的な「学習の鋳型(いがた)」によって限定される。いいかえれば、動物の種は、それぞれに固有な学習能力をもっている。
動物の学習は、次のように分類されている。(1)慣れhabituation、(2)古典的条件づけ(条件反射Ⅰ型)、(3)試行錯誤学習および道具的条件づけ(オペラント学習、条件反射Ⅱ型)、(4)潜在学習latent learning、(5)洞察学習insight learning、(6)刷り込み(インプリンティング)。このうち(2)と(3)をまとめて連合学習associative learningとよんでいる。「慣れ」は、もっとも単純な学習で、刺激が繰り返し与えられることによって反応が低下し、ついには消失する現象である。これは、個体にとって生活に無意味な反応をしないという生存価をもっている。学習では、「経験の記録」が動物の体内に蓄えられている。この記録は「記憶の痕跡(こんせき)」memory traceとか「エングラム」engramとよばれ、学習を神経生理学的に解明する研究者にとって今日的研究対象である。
[植松辰美]
『佐々木正伸編『現代基礎心理学5 学習Ⅰ』(1982・東京大学出版会)』▽『佐藤方哉編『現代基礎心理学6 学習Ⅱ』(1983・東京大学出版会)』
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…学習とは,ある刺激Sに対して生体の特定反応Rが連合するのが基本だとする学習理論。S‐R連合(学習成立)の条件からさらに三つの立場に分かれる。…
…学習心理学におけるS‐R説と対立する理論で記号意味説ともいう。学習とは時間的空間的に接近した二つの刺激があるとき,前の刺激が後の刺激についての記号として意味をもつようになることであると考える。…
…人間は学習能力をもっており,ある作業を何度も実行しているとしだいにその作業に上達してくる。機械の場合にも,人間の場合と同様に,なんらかの学習能力をもつものが作れれば便利であり,種々の分野で研究が行われている。…
…コンピューターやロボットなどの機械に自動的に概念や行動プログラムを学習させる研究分野。さまざまな分野で多岐にわたる手法が開発されているが,現状では,パラメーター調節などの特殊な場合を除いて,人間が直接知識を与える方法にまさる学習手段は開発されていない。…
…学習の最も基本的で典型的な型,およびそれを形成する手続・過程。個体にとって意味のない刺激に対し反応を除去していく消極的過程の慣れに対し,大部分の学習は新しい反応を獲得する積極的過程で,積極的学習positive learningという。…
…コンピューターは,大規模な単純計算をきわめて正確かつ高速に実行することができる。これに対して生物の脳は,正確で高速な単純計算は不得意であるが,ヒトの脳で顕著に発達した論理的思考能力や推論能力をはじめ,生物全般に見られる優れたパターン認識能力や学習能力などさまざまな機能を有している。ニューラルコンピューティングは,現代のコンピューターには難しいが生物の脳がすでに実現しているこれらの情報処理機能を,脳に学ぶことによって人工的に実現しようとする試みである。…
…認知発達とは人間の知識や知覚,記憶,学習などの認知機構の起源とその変遷を探る領域であり,人間の知を探ることを大目標とする認知科学の中で,非常に重要で,中核的であると言ってもよい研究分野である。認知発達という領域の確立に最大の貢献をした個人はなんといってもピアジェである。…
※「学習」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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