デジタル大辞泉
「川口」の意味・読み・例文・類語
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川口
かわぐち
[現在地名]秋田市旭南一丁目・同三丁目・川元小川町の各一部
川口には幾つかの町が含まれる。現旭南一丁目に川口上裏町、現旭南三丁目に上川口・中川口・川口上裏町・川口下裏町・川口新町があり、現川元小川町には川口下裏町・川口新町・本渡町がある。川口諸町は馬口労町橋際から旭川沿いに、雄物川との合流点に至る川岸に町割された。「梅津政景日記」寛永六年(一六二九)一〇月一六日条に「川口舟場へ罷出、御足軽三十人分、信太内蔵助、十六人分久賀谷五郎兵衛指南ニ渡申候、足軽屋敷極ル」とあるのが初見。楢山・保戸野とともに、軍団整備のための足軽屋敷町割の一つである。
川口
かわぐち
堂島川と土佐堀川が合流し、再び安治川と木津川に分流する三角地帯の通称で、大坂の経済的・政治的機能の根幹である港湾の喉元の位置にあった。蜆川・江戸堀川の合流点でもあり、そのほか西船場の諸堀川に航行する船のほとんどはここを通過した。貞享元年(一六八四)の安治川開削以前は中津川河口近くの伝法口(現此花区)と、木津川河口を両川口と称し、安治川開削以降は当所と木津川口を両川口と称した。
川口
かわぐち
[現在地名]桑名市川口町
三之丸と堀を隔てた西にあり、東海道筋の南北に広がる長さ九七間の町屋敷地。北は揖斐川に面して東海道の渡船場となっている。「桑名志」に「東海道宮駅佐屋駅ヘノ渡口舟場ナレハカク名付シナルヘシ」とあり、伊勢国の北の玄関口、桑名宿の中心地でもある。元禄家帳(「桑名市史」所収)では家数三一。明治維新後は郵便会所・渡船会社ができたが、のちに廃された。また桑名遊郭の一部が昭和三三年(一九五八)まであった。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
川口
かわぐち
新潟県南部、北魚沼郡(きたうおぬまぐん)にあった旧町名(川口町(まち))。現在は長岡(ながおか)市の南東方に位置し、小千谷(おぢや)市をはさんだ飛び地となっている。信濃(しなの)川と魚野川の合流点にあたる交通の要所。1957年(昭和32)町制施行。2010年(平成22)長岡市に編入。延喜(えんぎ)式内社の河合神社があり、近世は三国(みくに)街道の宿場町として栄えた。JR上越線と飯山線(いいやません)の分岐点で、国道17号、関越自動車道(かんえつじどうしゃどう)(越後(えちご)川口インターチェンジがある)が走る。魚野川の男山簗場(やなば)、えちご川口温泉などの観光開発に力を注いでいる。
[山崎久雄]
出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例
川口
かわぐち
新潟県中部,長岡市南部で飛び地をなす旧町域。魚野川が本流の信濃川に注ぐ合流点に位置する。1957年町制。2010年長岡市に編入。中心集落は近世には三国街道の宿場町として発展した。南部の田麦山油田は 1970年操業停止。魚野川べりにはアユ,コイ,ハヤなどを対象とした伝統の簗場,男山の漁場があることで有名。中部の荒屋遺跡は国の史跡に指定されている。
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
普及版 字通
「川口」の読み・字形・画数・意味
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
世界大百科事典内の川口の言及
【金山[町]】より
…冬季の積雪が多く,特別豪雪地帯に指定されており,高齢化率は東北一,人口減少率も県下で最大である。中心集落の川口は只見川と野尻川の合流点に位置し,沼田街道(国道252号線)と昭和村への道路の分岐点にあたる。稲作のほか,畜産,コンニャクイモ栽培などが行われ,会津桐の産地でもある。…
※「川口」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について | 情報