平安後期の装飾経。国宝。広島・厳島(いつくしま)神社蔵。平清盛(きよもり)が平家一門の繁栄を祈願して1164年(長寛2)9月、厳島神社に奉納した経巻。『法華経(ほけきょう)』28品に開経(無量義経)と結経(けちきょう)(観普賢経)を加え、さらに具経(ぐきょう)の「般若心経(はんにゃしんぎょう)」「阿弥陀経(あみだきょう)」「願文(がんもん)」(各一巻)を加えた33巻を一具とする。これは、33の姿に変化(へんげ)して衆生(しゅじょう)を救うという、厳島神社の本地仏十一面観音(かんのん)の三十三応現身の思想に基づく。平安時代なかばから貴族社会に流行した、いわゆる「一品経供養(いっぽんきょうくよう)」の流れをくむ遺品で、清盛自筆の願文から、重盛(しげもり)・頼盛(よりもり)・経盛(つねもり)ら一門32人がそれぞれ一巻あて結縁(けちえん)して、善美の限りを尽くした写経であることが知られる。各巻の書写は、1人1巻ないし数巻の分担執筆で、なかには優れた能書の筆跡も含まれる。また、各巻ともに表紙、見返し、料紙、発装(はっそう)金具、紐(ひも)、軸など、すべて当代の絵画・書跡・工芸の最高技術を駆使した華麗な装飾を施し、平家の栄華を反映して余すところがない。また、これら一具を納める金銀荘雲竜文(きんぎんそううんりゅうもん)銅製経箱、さらにこの経箱を納める蔦蒔絵唐櫃(つたまきえからびつ)も一括して国宝に指定されている。
[神崎充晴]
『小松茂美著『平家納経の研究』(1976・講談社)』▽『小松茂美著『平家納経の世界――国宝の謎を推理する』(1976・六興出版)』
平安末期,平清盛が一族32人に〈法華経〉28品(ほん)28巻と,その開経〈無量義経〉1巻,結経〈観普賢経〉1巻,〈阿弥陀経〉1巻,〈般若心経〉1巻の全32巻を書写させ,願文1巻を添えて,清盛みずから1164年(長寛2)安芸国宮島の厳島(いつくしま)神社に奉納した装飾写経。各巻とも表紙は外題や発装(はつそう)部分に優美な金具を装し,見返しには経意を表した彩絵や模様が描かれ,本紙も表裏に金銀切箔や野毛(のげ)あるいは葦手(あしで)の文様を散らすなど,意匠をこらしている(現在は一部に後補を混じえる)。また軸首は水晶に透彫(すかしぼり)の金具が装され,これらをおさめる経箱も金銀荘雲竜文銅製三重箱で,一具揃って伝存している。その善美を尽くしたさまは,現存する装飾経中の白眉である。願文には,清盛が安芸守であったころ夢に霊感があり,それに違わず家門の繁栄を得ることができたことを記し,加えて来世に極楽往生ができるように祈っている。平家全盛期の栄華を伝える遺品である。
→装飾経
執筆者:大山 仁快
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1164年(長寛2)9月,平清盛が一門の繁栄を祈願して安芸国宮島の厳島(いつくしま)神社に奉納した経巻。「法華経」28品と「無量義経」「観普賢経」「阿弥陀経」「般若心経」4巻の合計32巻に願文1巻とからなり,完好のまま厳島神社に伝存。装飾は豪華優美である。表紙には華麗な絵画や文様が描かれ,題簽(だいせん)は銀台に金メッキで文字を鋳出し,見返しには極彩色のやまと絵が描かれるなど,いずれも当時の最高水準を示したもので,装飾経のなかで最も傑出する。写経は,平家一門の何人かに分担されたが,一部写経生の手になるものもある。軸・表紙・経箱・唐櫃も一括して国宝。巻によって多少の差はあるが,縦約21.2cm。
出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報
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…清盛が中央で急速に昇進を重ね太政大臣に任ぜられるが,彼は厳島神社を熱烈に崇敬し,平氏一族や上級貴族さらには後白河法皇や高倉上皇も厳島社参を行った。1164年(長寛2)に平氏一門が同社に納めた《平家納経》は当時の面影を今に伝える。厳島神社神主佐伯景弘はまた安芸国内の在地勢力を代表する政治的地位にあり,ついには安芸守となったが,安芸国内の在地領主たちは佐伯景弘を媒介として平氏や中央権門寺社に所領を寄進し,平氏の有力な勢力基盤となった。…
…ことに経典は,信仰上から華麗をきわめた装飾経が多くつくられた。平泉の〈中尊寺経〉〈神護寺経〉などがあり,なかでも平清盛以下32人の平家一門が書写した《平家納経》32巻は,装丁,造本のりっぱなことで有名である。
[西洋]
西洋でも印刷術が発明される前の書物は,すべて手書きの写本であった。…
…43年に没したとする説があるが確証はない。 制作年代の最もさかのぼる作品は,1602年(慶長7)福島正則が願主となって修理した厳島神社所蔵《平家納経》の願文,化城喩品,嘱累品における金銀泥による表紙および見返し絵である。これと同工の金銀泥絵の優品に数種の光悦筆和歌巻がある。…
※「平家納経」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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