平安時代の物語絵巻をはじめとする作絵(つくりえ)系絵画に独特の人物面貌表現法。特に貴族階級など身分の高い人物の面貌を表す場合に用いられる。顔は斜め正面向きに描かれるのが通例で,全体にふっくらとした類型的な形に輪郭され,目は1本の線を引くことで,また鼻は小さく〈く〉の字形(鉤形)の描線で表現される。しかしこうしてきわめて簡略化された面貌表現においても,輪郭や目鼻の線は機械的に引かれた1本の線ではなく,きわめて細い線を何本も引き重ねながら,微妙なニュアンスをこめて描きわけられ,そこに場面の状況に応じた豊かな感情表現までも可能としているのである。このような引目鉤鼻の描法を最大限に用いて,個々の人物の心理や画面全体の情趣を色濃く表現したのが,12世紀前半に作られた徳川・五島本《源氏物語絵巻》である。しかしこの引目鉤鼻描法も鎌倉時代の《紫式部日記絵巻》や白描物語絵巻などでは,輪郭や鼻が単純な1本の線で描かれ,眼は上下の瞼(まぶた)が引き分けられるなど,本来の描法が見失われ,形式化しながら,やまと絵系の細密画人物面貌の描法として近世まで受け継がれた。
→絵巻
執筆者:田口 栄一
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平安時代以降のやまと絵系の物語絵などにみられる顔貌表現。主として貴族階級の人物を描く場合に使用。2本の弧線で額から頤(おとがい)にかけての輪郭をとり,太い眉,長く線状に引かれた目,鉤形の鼻,小さな赤い口で表す。12世紀前半の「源氏物語絵巻」の人物が典型。
出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報
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…それはまず墨の線で下描きをし,それに従って画面全体に絵具を塗り重ねて彩色し,細い墨線で目鼻をはじめ細部を描き起こす,〈つくり絵〉の技法による。また面貌描写において引目鉤鼻という非現実的・象徴的手法が用いられた。一本の線で目を描き,鼻は単純な鉤形としながらそこに微妙なニュアンスを持たせ,さまざまな表情を見るものに感じさせるというものである。…
…画家は登場人物の複雑な心理や情趣深い背景をいかに造形化するかに意を尽くし,粗い下描線で図取りした上を顔料で厚く塗り込め,最後に細く鋭い線で描きおこす作絵(つくりえ)の技法を最大限に活用している。画面の緻密に計算された有機的構図が各場面の詩的な情趣を象徴的に表現するとともに,引目鉤鼻(ひきめかぎばな)と呼ばれる類型化した面貌描写も,実際には細緊な筆線を引き重ねることによって人物の微妙な心理を表出しえている。絵の作者は12世紀中期に活躍した宮廷画家藤原隆能(たかよし)と伝えられ,この絵巻も隆能源氏として親しまれてきた。…
※「引目鉤鼻」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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