翻訳|role
地位に対応する概念。社会関係において個人が他者に対して占める地位に応じて、その地位にふさわしくふるまい、遂行するように社会的に期待され要求される行動様式をいう。たとえば夫‐妻という社会関係的地位にたつ人たちには、それぞれ、夫は夫として夫らしく、妻は妻として妻らしく行うように期待されている行動内容や行動の仕方があり、それが夫の役割、妻の役割といわれるものである。
役割には、性や年齢などに伴う役割のように、個人の意思や能力にかかわりなく生まれながらにして課せられる役割(生得的または賦与される役割ascribed role)や、職業上の役割のように個人の能力や努力によって選び取られる役割(獲得される役割achieved role)、また特定の相互行為過程で、状況の特性に応じて、その成り行きとして、個人が積極的に採用したり、受動的に割り当てられたりする能動的・受動的役割active-passive roleなどがあるが、社会や集団内の一成員として生きるすべての個人は、そこに張り巡らされた複合的な社会関係の網の目のなかでさまざまな地位に置かれ、それに準じた役割を担う地位‐役割人であり、そのような成員間の社会的諸関係の統合体としての社会や集団は、地位‐役割体系として成り立っている。
[森 博]
地位‐役割体系としての社会や集団は、成員たちに配分された地位に即応した役割を遂行させることによって、社会過程を円滑に進行させ、社会的諸関係に動的均衡を与え、一定の秩序を保って存続していくことができるものであるから、その成員たちに対して、さまざまな社会状況や相互行為場面において一定の地位の占有者が果たすべき典型的な行動を様式化し、これを順守し実行するように期待し要求する。この役割期待role expectationの内容や拘束力は、その社会や集団がいかなる役割と役割期待とを重視するかということにかかわり、時代における社会の価値‐規範体系およびサンクション機構と相関し、多様であるとともに変化するものである。しかし役割期待からの離反や逸脱は社会過程を乱し秩序を動揺させることになるので、これに対してはつねにさまざまな形で多かれ少なかれ社会的制裁が加えられる。
他方、社会成員としての個人は、もろもろの社会的場面に適応しつつ他成員とうまく相互行為していくために、自分の地位にふさわしい役割をとらなければならない。この役割取得role takingは、(1)自分の地位に対する役割期待の内容や性質がどのようなものであるかという役割認知role perceptionに始まり、(2)期待される役割のどの点が重要であるかを判別する役割評価role evaluationや役割吟味role examinationをし、(3)この役割に自分をどの程度どうかかわらせるかという役割関与role involvementの勘案を経て、(4)相互行為場面で役割遂行role performanceまたは役割実現role enactmentとして具体的に行動に移し、(5)この役割行動に対する他者の反応=サンクションを踏まえて自分の役割習得に修正や再調整を加えるという一連の過程をたどる。この過程で個人は役割行動において自己を主体的に表現するすべを学び、身につける。
[森 博]
役割は、一つの地位に一つの役割だけが対応するといったものでなく、関連する諸役割がセットとして組み合わされた役割群role setをなしている。たとえば医学部学生という一つの地位には、教師たちとの関係における学生という役割だけでなく、他の学生、医師、医療技師、看護婦、患者、社会福祉事業家などとの関係に応じたさまざまな役割が一組となって含まれているのであって、時と場合によりこの役割群中のいくつかの役割が前面に現れ、他の諸役割が背後に退くのである(顕在的役割manifest roleと潜在的役割latent role)。
また役割は、医学部学生→研究生→助手→病院付き医師→独立の開業医といったように個人が時間の経過につれて順次継起的に占めていく地位連鎖に見合った役割系列role sequenceとして様式化されているので、個人は現在の役割群を遂行しつつ同時に将来を見越した役割取得anticipatory role takingを行い、漸進的に役割変換を遂げ、大きな障害なしに新しい地位に適応していく。
社会成員としての個人は役割人であるが、役割期待どおりに動く操り人形的な存在ではけっしてなく、自分の欲求や理念や個性にあわせて主体的に役割を演じるものであり、また役割期待や役割規定はかならずしも一義的に明確でなく、むしろ多義的であいまいなのが通例で、社会構造における役割関連もしばしば首尾一貫しておらず、ときには相互矛盾することもあるので、役割不調和role disharmony、役割矛盾role contradiction、役割緊張role tension、役割葛藤(かっとう)role conflictなどの病理的現象は多かれ少なかれつねに生じ、これをどのように処理し解消するかが個人にとっても社会にとっても大きな課題となる。
[森 博]
役割は個人と社会とを結ぶ媒介項をなすものなので、社会‐個人関係を解明しようとする社会学、文化人類学、社会心理学などの諸部門では役割概念を中軸に据えてさまざまな役割理論が展開されている。この役割理論には大別すると二つのタイプがある。その一つは社会から個人をとらえるという方向で社会の構造や秩序の形成・存続・変動の観点から役割を考察しようとするもので、一般に社会学や文化人類学に多くみられ、リントン、パーソンズ、ネーデルSiegfried Frederick Stephen Nadel(1903―56)などの役割理論がこれを代表する。
もう一つは個人の側から社会や集団をとらえる方向にたち、社会的諸条件のもとで諸個人がどのように役割を主体的に演じ、自己を表現しつつ社会参加し、秩序を形成し変えていくかに焦点を据えたもので、役割理論に先鞭(せんべん)をつけたG・H・ミードをはじめ社会心理学的研究者たちが多くこの立場をとる。しかし最近では、この二つの方向を統合して社会‐個人関係を全体的かつ動的にとらえる役割理論の構築を目ざしたマートンやダーレンドルフなどの試みが活発に展開され、役割理論の経験的命題化と検証化の作業が進められて、着実な成果をあげつつある。
[森 博]
『R・ダーレンドルフ著、橋本和幸訳『ホモ・ソシオロジクス――役割と自由』(1973・ミネルヴァ書房)』▽『S・F・ネーデル著、斎藤吉雄訳『社会構造の理論――役割理論の展開』(1978・恒星社厚生閣)』▽『T・パーソンズ著、佐藤勉訳『社会体系論』(1974・青木書店)』▽『R・K・マートン著、森東吾他訳『社会理論と機能分析』(1969・青木書店)』▽『G・H・ミード著、稲葉三千男他訳『精神・自我・社会』(1973・青木書店)』▽『森好夫著『文化と社会的役割』(1972・恒星社厚生閣)』▽『R・リントン著、清水幾太郎他訳『文化人類学入門』(1952・東京創元社)』
諸個人が社会システムに参加し,一定の位置を占めることによって獲得する行為のパターン。役割という行為の基本的特質は次の諸点にある。(1)行為が必ず他者あるいは社会システムを前提としていること,すなわち他者の行為と相互に連関していることである。役割は単独には存在しない。教師という役割は生徒という役割があって初めて成立する。妻-夫,医者-患者など一対の役割role pairとして,あるいは,投手-捕手-野手-打者などの複数の役割のシステムとして存在する。(2)行為は社会的相互作用の過程で学習され獲得されることである。子どもは父親との相互作用のなかで,父親-子どもという一対の役割を学習する。子どもは,子どもとしての役割を学ぶが,これは父親の役割を同時に学ぶことによって可能になる。相手の役割を取得することによって,自己の役割を学習するのである。すなわち,たとえば妻の役割を知らなければ,夫の役割を十分に演ずることはできないということである。(3)行為が安定し持続的なパターンを示し,これら行為の相互連関が安定してくると,言い換えれば,行為者の参加する社会システムが役割連関のシステムとして安定すると,行為者にとっては,自己自身への他者の期待の知覚や他者の行為の予測,および社会システムの全体的布置状況における自己の位置の把握が容易となる。すなわち,役割は相互作用場面に登場する人々の行為のガイドとして役立つ。さまざまな状況における諸個人の行為決定がプログラム化されるわけである。(4)社会システムが役割連関のシステムとして安定し制度化すると,個々の役割は,その社会システムの諸成員によって遂行されることが期待され,人々の行為は,役割期待に対する同調あるいは貢献という観点から評価されることになる。家族という社会システムにおける父親の役割,世界という社会システムにおける日本の役割など,それぞれの成員の役割は,全体としての社会システムの維持・発展のために十分な遂行が期待される。行為が社会システムへの貢献度によって,賞賛されたり非難されたりするわけである。
役割という概念は,社会学,社会心理学,文化人類学など広範囲の学問分野において用いられており,したがって前述の役割の基本的特質のどの側面を強調するかは,各分野によって異なる。役割研究の系譜は大きく二つに分けることができる。一つは,G. H.ミードに始まる社会心理学もしくはシンボリック相互作用論の系譜であり,もう一つはR.リントンに始まる構造主義的な系譜である。前者は,基本的特質の(1)と(2)にとくに注目し,行為者のパーソナリティと役割との関連に分析の焦点をおく。他者からの期待や社会的・文化的規範に出会うなかで,行為者は自己のパーソナリティの諸特性や能力にもとづきながら,主体的な行為を役割行動として顕現する。個人が社会的相互作用において,役割をいかに具体化していくかという問題である。この過程を役割取得(ミード),役割形成(R. ターナー),役割距離(E. ゴフマン)などの概念を用いて分析するのがこの系譜に位置づく研究である。役割は他者から与えられたものではなく,個人が相互作用場面において他者との交渉を介して主体的に形成していくものであるという前提にもとづいている。
一方,後者の構造主義的系譜は,基本的特質の(3)と(4)にとくに注目し,役割の相互連関システムとしての社会システムに分析の焦点をおく。リントンは地位が社会構造における相互的な位置関係を指示する概念であるのに対して,役割はこの地位の動態的側面,すなわち各地位における行動の内容を指示する概念であるとした。したがって,社会システムの諸成員による相互作用の全体は,役割のシステムとして把握される。ある社会システムにおいて,役割がどのように分化しているか,そしてそれぞれの成員にどのように配分されているか,あるいは,社会システムの諸成員がそれぞれの役割をどのように遂行しているか,そして成員間の役割が相補的に遂行されているか否か,などを役割分化,役割配分,役割構造,役割適応などの概念を用いて分析を試みているのがこの系譜に位置する研究である。役割が個人にとって外在的・拘束的なものとして捉えられ,社会システムの全体的な作動の分析が中心となる。
役割研究の二つの系譜に代表される,役割の主体的側面あるいはミクロな過程と,役割のシステム的側面あるいはマクロな過程とは,ともに看過しえない重要な分析課題である。これら両側面を視野に入れると,役割遂行における主体性の保持や,社会システムへの適応の獲得には,何らかの葛藤をともなうと考えることが適当となる。個人の役割遂行における,あるいは社会システムの役割連関における葛藤の生起を前提とした役割研究が要請されることになろう。
執筆者:渡辺 秀樹
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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