後白河法皇(読み)ごしらかわほうおう

防府市歴史用語集 「後白河法皇」の解説

後白河法皇

 平安時代末の天皇で、わずか3年しか天皇ではありませんでしたが、上皇[じょうこう]として長く院政いんせい]を行います。出家して、法皇と呼ばれるようになりました。1180年に東大寺が焼かれてしまうと、重源[ちょうげん]を責任者にして東大寺再建を行わせました。

出典 ほうふWeb歴史館防府市歴史用語集について 情報

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