改訂新版 世界大百科事典 「忌言葉」の意味・わかりやすい解説
忌言葉/忌詞 (いみことば)
特定の時や場所で口にしてはならない言葉やその代りに用いる言葉をいう。忌言葉は山言葉,沖言葉,正月言葉,夜言葉,縁起言葉などに分けられる。忌言葉は,宗教儀礼における〈忌〉の一つの形式で,神や神聖な場所に近づく際には不浄なものや行為を避けるだけでなく,それを言葉に出していうことも忌み,代用語を用いていい表したことから生まれたと考えられている。山言葉は猟師などが山中で使うのを忌む言葉であり,沖言葉は船乗りや漁師が海上で口にするのを忌む言葉をいう。沖言葉は山言葉ほど多くはないが,両者には共通する言葉もみられる。山と海は,この世とは異なった世界と考えられ,出産や死の穢れ(けがれ)を嫌うなど,清浄であるべきだとされたのであり,縁起の悪い言葉や日常の言葉を避けたのである。正月言葉や夜言葉も同様に,正月や夜という神聖な時に使用を忌む言葉であり,正月には寝ることを〈稲積む〉,猫を〈皮袋〉,ネズミを〈嫁の君〉といい,夜には塩を〈波の花〉などという。主に婚礼で用いられる縁起言葉もこの延長上にあると考えられ,終りを〈お開き〉といったり,切るという言葉を避けたりする。ふだんでも,するめを〈あたりめ〉,梨を〈ありのみ〉,ひげをそるを〈ひげをあたる〉などというが,これは忌言葉の観念が日常生活全般にまで拡大されたものといえる。一方宗像大社の鎮座する福岡県の沖島を〈御言わずの島〉,出羽三山を〈あなた山〉,また神木を〈名なしの木〉という例のように,神聖なものを直接口にするのを忌む場合もある。ほうきをナデといったり,特定の木を〈なんじゃもんじゃの木〉という例も,神の宿る呪具や木の名前を口にするのを避けたためであろう。忌言葉には,不浄なものや縁起の悪い言葉を避ける面と,神聖なものを避ける面の二つの側面がみられ,忌み意識に基本的に含まれる清浄と穢れという二つの観念に由来すると考えられる。
執筆者:大嶋 善孝
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報