男女の心理的・肉体的交わりをいい,具体的には,精子と卵子の結合を図るために,陰茎を腟内に挿入することを指す。動物における交尾と同じであるが,ヒトの場合には〈性交〉という言葉を用い,〈交接〉〈交合〉などともいう。また古くは〈目合(まぐわい)〉などともいわれた。
性交も含め,男女の性の行為が〈性行為sexual act〉であり,さらに拡大して性に関する行動を総称したものが〈性行動sexual behavior〉である。
性行為は一般にキス(接吻)や互いの愛撫刺激(いわゆるペッティング)などで始まり,これらの前戯で互いの性的興奮を高めあったのち,性交に移り,性交運動により性的快感を高めあい,興奮が極大に達するとオーガスム期を迎え,このとき男では射精が起こる。
このような性行為において,男女がどのような生理的反応を起こすかについては,アメリカのW.マスターズとV.ジョンソンによって詳しく調査された(1954)。彼らは,人間が性的刺激を受けたときの肉体的・精神的変化を性反応sexual responseと定義し,性反応は,(1)興奮期excitement phase,(2)平坦(へいたん)期plateau phase,(3)オーガスム期orgasmic phase,(4)消退期resolution phaseの順に,4段階に変化するとした(図1)。また,これら各段階における男女性器をはじめ,身体の形態的・生理的変化を詳しく報告した。これらをまとめたものが表1,表2である。各段階の持続時間や興奮の強さは性別や個人によって,また年齢や状況などによって大きな違いがある。
また,性的タブーが解除されてくるにつれ,口による性器への愛撫や肛門性交など性行為のあり方も多様なものになってきている。
ヒトをはじめ生物には,基本的な本能として摂食本能,性本能がある。この二つの本能によって,生物は種の永続性を保持しているのである。まず個体の生命の維持のために摂食本能があり,個体の生命を新しい世代につなげ,種の広がりをつくるための生殖を行うべく,性本能があるわけである。性本能は生殖をとおして,個と種を結びつけているといえる。この性本能の目的を達成するためには,性欲と性行為とその結果としての生殖の3者の密なつながりがなければならない。そこで,これらの営みが円滑にかつ積極的に行われるために,性行為には性的満足という,大きな〈賞与〉が与えられている。
ところが,他の動物と異なり,性的満足感は失わず,かつ必要以上に子どもをつくる負担から解放されて,いわゆる文化的生活を営みたいという人間の願望が強まるにつれて,性行為と生殖を切り離そうとする試みが,避妊を含めて,積極的に行われるようになってきた。この結果,最近の医学の進歩による乳幼児の死亡率の低下と相まって,先進諸国では出生率は低下し,妊娠可能年齢の女性の出生率(これを粗再生産率という)は2を割り,日本でも1994年には1.5(つまり,1夫婦で子ども2人未満)という事態になっている。これらの経過のなかで,性の生殖からの分離が進み,さらに社会的ないわゆる性の解放,自由化,ひいては性道徳の変革が起こってきた。これが婦人の解放,地位向上に果たした役割は大きいが,一方でいくつかの社会的問題をも生み出している。
この性の生殖からの解放がもたらした社会現象をいくつかあげると,次のようになる。
(1)性行為そのものを,それ自体として享受しようとする傾向が強まり,多様化してきていること。最近,再流行の兆しをみせている性行為感染症の罹患部位が,かつてのように性器に限られず,咽頭や直腸にみられるようになってきていることは,この間の事情をよく表したものといえる。
(2)ホモセクシャルが社会的に認知されつつあること。かつてのように道徳悪として排斥する傾向は小さくなってきている。たとえば,サンフランシスコではホモセクシャルが一つの社会集団として,公に存在しうるまでになってきている。
(3)いわゆる性産業の隆盛。近年の性産業の隆盛の背景にも性の自由化があることは見逃せない。
(4)性的生活開始年齢の若年化。これに伴って,10歳代の性行為感染症罹患例や思春期妊娠例も急増し,大きな社会問題となっている。
(5)離婚率の上昇。これも性の生殖からの解放がもたらす社会構造の変化による現象の一つとしてとらえられている。
以上のように,性行為そのものによる性的満足の追求が社会的に一つの流れとなるなかで,その満足の感覚に対する生理学的研究も進みつつある。最近の報告によれば,性的満足の感覚は脳内ホルモンであるエンドルフィン様物質の作用によるものではないか,ということが明らかになりつつある。このような物質が同定され,合成されるようなことにでもなれば,性行為すら切り離された,性的満足感の薬物体験の可能性さえ出てくるであろう。
性行為を含め人間の性行動は,どのような機序で方向づけられ,制御されているのであろうか。
胎生哺乳類の性の基本型は女(雌)性型であり,そのまま発生すれば女(雌)性となる。ところが,男(雄)性は,胎生期の性分化過程で,Y染色体から誘導された胎児睾丸から分泌される男性ホルモンの作用によって男性化され,視床下部および大脳辺縁系にある性中枢,性行動中枢が男性的性行動に方向づけられる。ヒトの場合,この脳の性分化の臨界期は胎生3~4ヵ月とされ,この時期までに母体に精神的ストレスが加わったり,男性ホルモン様物質を服用すると,児の後の性行動が本来備わった性と異なったものとなり,異なった性役割をとることもある。
さて,このような基本的性の方向づけに加えて,思春期以後の性ホルモンの分泌の増加によって,性欲が形成され,性行動がとられるようになる。事実,男性化の方向に分化しても,思春期以後の男性ホルモン分泌が不足する男性類宦官(かんがん)症の患者に男性ホルモンを与えると,高い性的能力を獲得し,活発な性生活を営めるようになる。
実際の性行動においては,視覚,聴覚,嗅(きゆう)覚あるいは触覚などの感覚刺激,大脳内の心因性の動機によって,まず大脳新皮質が興奮し,これが視床下部の中枢を刺激して,種々の性反応をひき起こすことになる。このような機構から,性行動中枢に対する大脳新皮質のストレスの影響は著しい。このため心因性インポテンツ(新婚インポテンツも含まれる)や,さらには精神病性インポテンツが起こり,臨床上問題になることも少なくない。
性的能力(ポテンツ)は心因的影響ばかりでなく,年齢によっても低下する。年齢による性的能力について,同じ条件下で男について泌尿器科で調べた日米の調査結果を図2に示した。50歳代以後,日本人はアメリカ人に比べて数年早く性的能力が低下するが,いずれも40歳代以後,急速に性的能力は低下する。これは,睾丸の内分泌能や各種神経機能その他の漸減が総合的に作用して,性的能力の低下に結びつくためと解釈されている。
では,生殖は別として,性行為のもつ意義は個人的な性的満足だけなのであろうか。
性的能力が消失する例に直腸癌切除手術がある。この例では骨盤内の広範な手術操作のため,性機能を支配する神経障害が強く,ほとんどインポテンツになる。40~50歳代での手術も少なくなく,予後も比較的良好なものが多い。このような場合,最近は陰茎にプロラーシス(シリコーン支柱)挿入手術を行って,性的能力の回復を図ることが可能となってきた。予後のよい癌とはいえ,患者は病気の自覚により自信喪失に陥り,孤独感は強い。それが夫婦のスキンシップが可能となることによって精神的満足感を得ることができ,それによる心理的治癒効果には著しいものがある。
この例からも明らかなように,性行為には,単に男女の肉体的満足や性的満足ばかりでなく,男女の精神的交流による心理的効果があることも見逃せない。すなわち性行為は,このような心理的満足をとおして男女という個体を群につなぐ一つのステップになるということができる。性行為を伴う恋愛関係や,いわゆるボーイハント,ガールハントについても同じようなことがいえる。さらに性犯罪としての強姦も,単に性的欲求を満たすためでなく,孤独感を満たすための衝動的欲求に駆られて行われる場合があることが報告されている。
性行為のもう一つの意義として,スキンシップの重要性を見逃すことはできないであろう。
→異常性欲 →性 →性器 →性倒錯 →同性愛
執筆者:熊本 悦明
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性交は生殖、すなわち精子と卵子が結合するために行われる交わりをいうが、ヒトでは陰茎を腟(ちつ)に挿入し精子を放出することをさす。陰茎を腟内に挿入するためには勃起(ぼっき)が必要で、勃起がなければ性交は不可能である。勃起した陰茎が腟の中に挿入され両者の摩擦によって性感が高められ反射的に射精がおこる。このような性行為の全過程を完全に果たすためには、男性側では性欲、勃起、性交、射精、オーガズムのいずれの要素も十分であることが必要で、これらの要素の一つでも欠けるかあるいは不十分だと満足な性行為は不可能であり、このような状態を性機能障害とよんでいる。男性ではこのように多くの要素がそろわなくては性行為の完遂は不可能であるが、女性ではかならずしもすべての要素がそろわなくても性交は可能である。また男性と女性では性反応が多少異なるので、一致させるために前戯や後戯が必要となる。男性では性感は急激に高まり、オーガズムに達すると急激に消退し、しばらくの間どのような性的刺激を加えても反応しない時期があるのに対し、女性では男性に比べて緩やかな性感の高まりを示し、オーガズムに達してのちも消退は緩やかで、この間に適当な性的刺激を加えると、ふたたびオーガズムに達することも可能で、この点が男性とまったく違う点である。
このように男女の性反応の違いをお互いに知ったうえで、性感がもっとも高まるようなくふうをする必要がある。そもそも性感帯などは個人によってまったく異なるものであるから、どこにもっとも鋭い感覚があるかは経験を通して体得するもので、要するに夫婦でもっとも満足のいく個性的な性生活パターンをお互いにつくりだしていくことが肝要である。
また、性行為を通じて感染するいわゆる性感染症は個人的にもまた社会的にも大きな問題になってきており、その予防や受胎調節を含めた性教育の重要性が強調されている。
[白井將文]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…体内受精を行う動物の雌と雄(雌雄同体の場合は成熟した2個体)が生殖孔をくっつけあったり(鳥類など),さらに特殊化した雄の器官を用いて,直接精子を雌の体内に送りこむ行為。交接ともいい,ヒトの場合,性交という。交尾をする多くの動物はさまざまな交尾器官をそなえている。…
… 日常の生活様式との関係も重要で,頭蓋内の血管の障害に随伴する頭痛は,その原因が二日酔であれ脳腫瘍であれ,頭を急に動かしたり,咳をしたり,いきんだりすることで増悪する。性交は緊張性頭痛および血管性頭痛をもたらすことがあり,ときにくも膜下出血のきっかけとなることも知られている。多くの頭痛は,精神的なあるいは生活環境からのストレス要因によって増悪する。…
…一般に男女または雌雄両性間に生じる性交への欲求をいい,日常的には肉欲ともいう。類語として性衝動,セクシャリティがあり,それらの関係は次のとおりである。…
…受精卵が子宮内膜に着床する現象を受胎conceptionという(以上の諸過程のうち,(1)(2)については〈卵〉〈排卵〉〈精子〉〈射精〉の項を参照されたい)。(1)受精 通常,性交によって腟内に射出された精子は,腟円蓋部に貯留して精液池をつくり,精液中の精子は自身の運動によって子宮頸管内に進入する。精子は1分間2~3mmの速度で前進するが,実際には腟,子宮,卵管などの運動がその進入を助け,性交後,頸管,子宮腔,卵管を経て数時間ないし十数時間で卵管膨大部に達する。…
※「性交」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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