感染性心内膜炎(読み)カンセンセイシンナイマクエン

デジタル大辞泉 「感染性心内膜炎」の意味・読み・例文・類語

かんせんせい‐しんないまくえん【感染性心内膜炎】

心内膜心臓弁膜に生じる感染症。血液に侵入した細菌などの病原体が心膜に感染巣をつくり、弁を破壊したり、塞栓症などの合併症を引き起こしたりする。抜歯や婦人科泌尿器科などの処置が誘因となる場合がある。

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内科学 第10版 「感染性心内膜炎」の解説

感染性心内膜炎(循環器系の疾患)

定義
 感染性心内膜炎は弁や弁の支持組織,心室中隔欠損症などの心内膜,大血管内膜に細菌,真菌などが付着・繁殖し塊(疣贅,疣腫;vegetation,verruca)となり,弁破壊を含めた心障害,菌血症,血管塞栓など多彩な所見を呈する全身性敗血症性疾患である.診断は必ずしも容易ではなく,不明熱をみたら心雑音の有無に関係なく必ず本疾患を念頭におくべきである.敗血症に伴う臨床症状,血液中の病原微生物(細菌,真菌など)の確認,心内構造の異常について診断する.治療は有効な抗菌薬の早期かつ十分な量を十分な期間投与,種々の合併症の管理,さらに適応があれば時期を逸することなく心臓外科手術を行うことが重要であり,不適切な判断・治療が致死的転帰に結びつくことを銘記すべきである.
分類
 臨床経過からは突然の高熱で発症し,数日ないし数週間で弁破壊が短期間に進む予後不良の急性感染性心内膜炎(acute IE)と,数週から数カ月かけて徐々に施行する亜急性心内膜炎(subacute IE)に分類される.acute IEは黄色ブドウ球菌が起炎菌のことが多く,弁を含めた心臓組織自体に異常がなくても罹患し,弁破壊と疣贅による塞栓などから数日以内に進行し,致死的な転帰をたどることが比較的多い重篤な病態である.内科的緊急症と考え,迅速な対応が望まれる. subacute IEでは緑色連鎖球菌,腸球菌,コアグラーゼ陰性ブドウ球菌,Gram陰性桿菌などによることが多い.心臓弁膜症など基礎疾患がある症例に多く,微熱が続く程度でかぜ,膠原病,結核や悪性疾患と誤られ,漫然と抗菌薬投与がなされたり,経過観察されていることが少なくない.
 罹患弁に関しては自然弁心内膜炎(native valve endocarditis:NVE)と人工弁心内膜炎(prosthetic valve endocarditis:PVE)に分けられる.
原因・病因
 弁逆流などにより心臓内の乱流・高速の血流ジェットが弁,心腔内面に当たると,その部位の内膜が傷害を受け血小板,フィブリンなどの沈着が生じる(非細菌性血栓性心内膜炎(nonbacterial thrombogenic endocarditis:NBTE),非細菌性疣贅).その状態において歯科処置,耳鼻咽喉科的処置,婦人科的処置,泌尿器科的処置などが原因で一過性に菌血症が生じると,先述の血小板・フィブリンなどの沈着物に菌が着床し増殖する.さらにフィブリンなどの沈着,菌増殖,周辺細胞の遊走・増殖などが複雑に絡み合って大きな疣贅となり心内膜炎となる.(図5-11-1)
 疣贅の周囲の弁支持組織,心筋組織,刺激伝導系などを破壊し弁機能が損なわれたり,循環不全,不整脈などの合併症が生じ得る.また疣贅の一部がはがれて末梢血管に塞栓することがあり,塞栓した疣贅がその末梢血管で動脈瘤(micotic aneurysm)を形成することがある.特に脳内での塞栓,瘤破裂は重大な転帰を招く. 本症の誘因は患者・起炎菌側の両者があり,患者側の因子として,心室中隔欠損,弁逆流・狭窄などで心腔内に異常な高速ジェットを伴う場合や,人工弁,ペースメーカリードなどの異物・人工物が体内に存在する場合があげられる.またわが国には少ないが,欧米では麻薬中毒患者が汚染された注射器を使って静脈内投与を繰り返すために,右心系の心内膜炎をきたすことが知られている.起炎菌からいえば,一般的に連鎖球菌は口腔内に常在しているが,抜歯を行うと一過性に菌血症を生じ心内膜炎の契機となる.このような一過性の菌血症は日常生活の中で頻回に認められており,歯磨きで数%~40%,抜歯では歯肉炎がない場合では35%,歯肉炎を伴うと70~75%,感染扁桃マッサージでは23%,尿道カテーテル挿入・抜去では8~26%などと予想外に高い.また皮膚常在の表皮・黄色ブドウ球菌やコアグラーゼ陰性ブドウ球菌(coagulase-negative streptococcus:CNS)などのGram陽性球菌が起因菌となることも多い.そのほか消化管,泌尿・生殖系の腸球菌(enterococcus),悪性疾患・ステロイドや免疫抑制薬投与例,長期カテーテル留置例ではGram陰性桿菌,嫌気性菌,真菌(カンジダ,アクチノミセスなど),クラミジアリケッチアなどが原因となることもある.欧米ではHACEK群Gram陰性菌(Haemophilus,Actinobacillus actinomycetemcomitans,Cardiobacterium hominis,Eikenella,Kingella)が1~2割と多く,培地での発育が困難で血液培養がみかけ上陰性となる(表5-11-1).
疫学
 本症の背景疾患としては心臓弁膜症,先天性心疾患,肥大型閉塞性心筋症,ペースメーカ・人工弁などの体内異物などがあげられる.近年,高齢者で増加しており,男性が女性の約2倍の頻度で罹患し,従来多かったリウマチ性弁膜症が減少し,加齢・変性によるとされる非リウマチ性弁膜症の合併が増加している.また起炎菌は以前は連鎖球菌が多かったが,最近は黄色ブドウ球菌感染による急性感染性心内膜炎の頻度が増加している.またGram陰性菌,真菌,そのほかのまれな菌による症例も増加している.最近は多剤耐性黄色ブドウ球菌,バンコマイシン抵抗性腸球菌など難治性心内膜炎も問題となっている.なお人工弁の術後早期の感染性心内膜炎においては表皮ブドウ球菌,黄色ブドウ球菌,Gram陰性桿菌などが多い(表5-11-2).
病理
 僧帽弁や大動脈弁の罹患頻度が高い.感染巣は血小板とフィブリンからなる厚い網目に囲まれた疣贅を形成し数mmから大きいものでは数cmに達し,機能的な弁狭窄を生じる場合もある.感染が周辺に進展することにより,弁穿孔・瘤形成,腱索断裂,乳頭筋障害,弁輪部膿瘍,Valsalva洞瘤,心室中隔,心房中隔膿瘍,心筋炎をきたす.また脳,脾,腎,肺,冠動脈などへの塞栓症や免疫学的異常による皮膚症状,腎機能障害を合併することもある.疣贅の一部が脳や末梢動脈へ塞栓,そこで増殖し感染性動脈瘤(micotic aneurysm)を形成し,破裂,大出血をきたすことがある.
臨床症状
1)感染による全身症状:
発熱,倦怠感,食欲不振,体重減少など.
2)基礎心疾患・弁障害の進行による心症状:
弁逆流・相対的狭窄などによる心雑音の新出(85~90%で心雑音を認める),心拡大,心不全,弁輪部膿瘍による房室ブロックなど.
3)疣贅の塞栓症状:
脳塞栓,血尿,腹痛・イレウス,右心系心内膜炎では肺塞栓,肺炎など.
4)免疫学的異常:
腎炎,関節炎,心筋炎,心膜炎,血管炎をきたすこともある.またリウマチ因子抗核抗体,ANCAなどが陽性になることがある.
 急性心内膜炎では高熱で発症し,数日以内の経過で急速に弁破壊が進行し診断の遅れが致命的となりえる.皮膚,結膜所見は本症を疑う契機となる.眼球結膜,口腔粘膜,指尖部などには微小塞栓による小出血点をみることがある.指の爪下線状出血,Osler結節(指,掌などの赤紫色の圧痛のある結節で疣贅による微小塞栓症),Janeway疹(痛みを伴わない指,手掌,足底などの紅斑),眼底Roth斑(中心が白色で周囲が赤色暈に囲まれる出血性梗塞)などは古くから有名な徴候であるが,頻度は低い.右心系心内膜炎では肺塞栓や喀血,胸膜炎,肺炎などが認められる.
検査成績
血液検査で起炎菌が検出されれば診断が確実となるため,血液培養を繰り返し行う.抗菌薬を投与せず採血部位・時間を変えて静脈採血を3~4回以上実施する.動脈採血の必要性はなく,また発熱するタイミングを待つ必要はない.すでに抗菌薬を投与されている場合は患者の状態が安定していれば抗菌薬を中止する.血液培養陰性の場合,抗菌薬治療中の培養であったり,培地での発育が困難な特殊な菌を想定する.
 一般検査では非特異的な炎症所見を認めるが,特異的なものはない.血算では軽度貧血,白血球増加(正常のこともある),赤沈・CRP亢進,血清学的検査ではガンマグロブリン増加,リウマチ因子陽性,補体価低下,血中免疫複合体を認めることがある.心電図,胸部X線,CT,MRI,ガリウムシンチグラム,PET検査などにより合併する心疾患・心不全の状態の把握,末梢塞栓症などの合併症の把握(図5-11-2),また不明熱の鑑別が実施される.
 画像検査で最も重要なのは心エコー検査で,弁の疣贅の検出にすぐれているものの,疣贅が小さいと見逃されることも少なくない(図5-11-3).むしろ新出の逆流など弁機能不全や血流パターンの変化を拾い出すことも重要である.小さな疣贅や心内膿瘍の検出,自己弁の微細な構造確認,人工弁およびその周囲の評価などにおいては経食道エコーがきわめてすぐれており,感染性心内膜炎を疑う場合には経胸壁心エコーで異常がなくとも経食道エコーを実施すべきである.
診断
 診断は血液培養による起因菌の証明と心エコーによる弁機能不全や弁の疣贅の証明にある(図5-11-4).Duke大学グループによる診断基準の概要を示す(表5-11-3).
 診断の補助としては基礎心疾患の有無や1カ月程度以内に歯科,耳鼻咽喉科,秘尿器・婦人科系処置など菌血症をきたすような処置を受けていないかを確認する必要がある.
鑑別診断
 感冒,原因不明の発熱ということで中途半端な抗菌薬投与が行われ,一時的に解熱しても発熱が再発しているという場合が多い.また全身性エリテマトーデスなどの膠原病と間違われ,ステロイドを投与され死亡した症例もある.結核,悪性腫瘍リウマチ熱,甲状腺機能障害,薬物アレルギーなどとの鑑別も必要である.
合併症
 合併症は表5-11-4を参照.
経過・予後
 適切な治療を受ければ早期に解熱するが,起炎菌不明のまま経験的な治療を続けるだけでは治療は困難なことが多い.なお抗菌薬治療に反応し炎症所見が軽快して一見,治療が奏効したようにみえても突然脳塞栓をきたしたり,急性心不全をきたすことがあり,長期間の抗菌薬投与継続と慎重な経過観察が重要である.予後は起炎菌により大きく異なり,ブドウ球菌性の場合,死亡率は20~40%に達し,特にMRSAでは治療抵抗性であり予後不良である.一方,緑色連鎖球菌性では予後良好で90~95%治癒するとされる.人工弁術後の早期例は死亡率が75%程度で予後不良であるが,術後2カ月を経過すれば自然弁例と予後は同等である.
治療
 抗菌薬治療と合併する心不全・全身所見などの治療を並行して行う.外科手術適応となる可能性を常に念頭におき,治療開始時から心臓外科医へのコンサルテーションが必要である.
1)抗菌薬による内科治療:
抗菌薬は殺菌性のものを血中濃度を高く保ち,長期間投与することが必要である.詳細は各ガイドラインを参照されたいが,連鎖球菌・腸球菌の場合,ペニシリンG,アミノベンジルペニシリンまたはバンコマイシンを4~6週間投与することに加えて,アミノグリコシド系抗菌薬ゲンタマイシンを追加投与する.メチシリン感受性ブドウ球菌の場合,セファゾリンまたはバンコマイシンにゲンタマイシンを追加投与する.メチシリン耐性の場合には,バンコマイシン,アミノグリコシド系薬併用,また耐性菌に対応できるテイコプラニンやアルベカシンを考慮する.
 真菌の場合は大半がカンジダ属であるが,抗真菌活性の高いアムホテリシンBを選択する.そのほかフルシトシン,ミカファンギン,ボリコナゾールも使用する.しかし,管理困難なことが多く外科手術となることが多い.
 治療効果の判定は解熱,CRP,赤沈などの炎症所見の軽快,全身状態の改善,心エコーにおける疣贅の状態などから総合的に判断する.
2)外科手術の適応:
内科治療で心不全や感染,塞栓がコントロールできない場合には外科手術を考慮する.しかし,脳塞栓,micotic aneurysmなどの関連した脳出血がある場合などは,心臓手術時の人工心肺装着時のヘパリン投与などで脳出血発症・悪化のリスクが高く,心臓手術を延期せざるを得ない状況も存在する.人工弁の場合,早期手術介入の方が予後良好とされており,時期を逸してはならない(表5-11-5).
予防
 心内膜炎の危険性が高い症例では抜歯,歯肉出血を伴う歯科的処置,外科手術など一過性の菌血症を伴う処置に際し,抗菌薬による予防処置を行う.投与例として経口アモキシシリン2 g内服(処置1時間前),あるいはアモキシシリン2 g処置30分前に静注または筋注などが実施される.ペニシリンアレルギーのある症例ではクリンダマイシン,セファレキシン,クラリスロマイシン,アジスロマイシンなどが用いられる.歯科処置の場合には口腔内消毒を十分に行ってから処置をすると発症リスクが軽減する.また先天性心疾患や弁膜症などのハイリスク例では必ず心内膜炎予防法について患者・家族を教育すること,各診療科医師へ情報提供しておくことが重要である(表5-11-6).[今井 靖]

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

六訂版 家庭医学大全科 「感染性心内膜炎」の解説

感染性心内膜炎
かんせんせいしんないまくえん
Infectious endocarditis
(循環器の病気)

どんな病気か

 感染性心内膜炎(IE)とは、心臓の内側の膜(心内膜)または弁膜に贅腫(ぜいしゅ)といわれる感染巣をもつ敗血症(はいけつしょう)の一種で、循環器の感染症です。感染症としての重症度だけでなく、炎症による心臓構造の破壊や循環動態の変化、贅腫が血流に乗って引き起こす塞栓症(そくせんしょう)脳梗塞(のうこうそく)など)により、さまざまな臨床状態を示す全身性の感染症です。

原因は何か

 血液中に細菌が侵入して心臓内部に付着、増殖して感染巣を形成し、増大していきます。血液中に細菌が侵入する状態としては、抜歯などの歯科処置、内視鏡などによる細胞診、婦人科処置など出血を伴う処置があります。

 一方、患者さん側の状態としては、弁膜症、先天性心疾患など血液の流れに乱れがあり、心内膜に荒れた部分がある場合や、人工透析(とうせき)や肝臓疾患、ステロイド治療など免疫能の低下した症例に起こりやすいとされます。

 原因となる菌(起因菌)がわかるのは約60~70%です。溶連菌(ようれんきん)、ブドウ球菌の順に多いとされますが、菌によって非常に組織破壊が激しいもの(黄色ブドウ球菌)、大きな贅腫をつくり塞栓症を来しやすいもの(真菌、腸球菌)などの特徴があります。

症状の現れ方

 発熱は感染性心内膜炎患者の9割に起こる症状ですが、一般に他の感染症と大きく変わった初期症状はありません。

 多くの患者さんが最初はかぜかと思って近くの医療機関を受診し、抗生剤の投与を受けますが、抗生剤を中止すると再び発熱するといった状態を訴えます。やがて心臓構造の破壊による心不全症状(息切れ、呼吸困難、むくみなど)や、感染巣が血流に乗って全身のどこかの血管に詰まって起こるさまざまな塞栓症(手指などの一過性の血流障害、視力障害、背部痛、手足の麻痺(まひ)、意識障害、ろれつが回らなくなるなど)が起こります。

 塞栓症は感染の活動期に多いとされ、脳梗塞を起こした場合、約1カ月は心臓の手術をしても脳出血の合併率が高く、非常に予後が悪くなります。それでは、塞栓症状が起こる前に手術をしてしまえばよいのでしょうか?

 感染が落ち着かない状態での手術は感染した部分の完全な除去が難しい場合もあり、炎症で傷んだ組織に人工弁などの異物を縫い付けることになるため、新しく植え込んだ人工弁にまた細菌が付着して炎症が再発したり、縫い付けた弁が外れてしまうこともあります。

検査と診断

 診断にはデューク大学から提唱された診断基準が用いられます。感染性心内膜炎の診断は、血液培養陽性と心エコー(超音波)所見、または新しい弁逆流の存在により行われます。心エコー検査所見は贅腫(感染巣)、膿瘍(のうよう)(炎症が弁を越えて弁輪部周囲に及んだ状態)、人工弁の離開(人工弁の構造が壊れること)があげられています。

①心エコーの重要性

 通常の経胸壁(けいきょうへき)心エコーでは贅腫の検出感度は60%と低く、感染性心内膜炎が疑われる症例ではさらに経食道心エコー(食道から胃カメラのような管を挿入し食道側から心臓を観察する超音波検査法。間に介在する組織が少ないため感度に優れている。検出感度は約90%)を行う必要があります。

 これらの検査で陰性であったとしても、症状から疑いがある場合には時間をおいて(約1週間)再検査をする必要があります。心エコーによって感染巣や心臓の破壊の程度のみでなく、循環状態の程度を検査します。

②その他の検査

 血液中の菌の特定、炎症状態の評価のために血液検査が行われます。心不全の有無の評価として胸のX線検査、塞栓症の有無について頭や腹部などのCT検査、眼底検査、尿検査など全身の検索が必要になります。

 区別すべき疾患としては発熱、感染状態が長引く他の炎症性疾患、悪性腫瘍、血液疾患などがあげられます。

治療の方法

 治療の原則は感染状態を鎮静化することで、原因となる細菌の特定と、この細菌に合った抗生剤を十分な量使って、早急に起因菌を撲滅する必要があります。一方、感染による心臓の破壊のために引き起こされる循環状態の悪化は、緊急に手術しなければ救命できないことも多いのですが、炎症の活動期における手術は成績が悪く、判断が難しい病気です。

 症例によっては感染の活動期であっても、合併症の併発を未然に防ぐ目的で外科治療へ移行する場合もあります。基本的には機械弁を用いた人工弁置換術(ちかんじゅつ)が行われますが、感染が落ち着いた非活動期の感染性心内膜炎では弁膜症としての重症度で手術するかどうかが決定され、感染巣が完全に除去可能な症例に対しては弁形成(できるだけ自分の弁を使ってリフォームする方法)が選択されるようになってきています。

 弁輪部に炎症が及んだ膿瘍症例や人工弁置換術後の症例では、感染巣の除去が不十分になる可能性があり、術式の工夫(ヒトの組織でできたホモグラフトの使用や大動脈基部置換など)が試みられますが、予後は不良です。

 予後は、一般の弁置換手術の死亡率が約1%以下に対し、感染性心内膜炎では10~20%とされます。人工弁置換術後や周囲に炎症が大きく波及した場合では、さらに50~80%とする報告もあります。

病気に気づいたらどうする

 病気の重症度にもよりますが、内科を受診して入院し、起因菌に対して感受性のある十分な量の抗生剤による治療を行います。抗生剤による治療の効果が不良な場合やアレルギーなどで抗生剤が十分に使えない場合には、手術可能な病院への転送が必要になります。

 しかし、脳出血などの合併症のある症例では手術は困難で、予後は不良であると予想されます。病気の活動性、心臓構造破壊の程度、塞栓症の有無が予後を左右するので、主治医から十分な説明を受けることが重要です。

芦原 京美


感染性心内膜炎
かんせんせいしんないまくえん
Infectious endocarditis
(感染症)

どんな感染症か

 感染性心内膜炎とは、心臓の弁膜(べんまく)を中心とした内膜に病原体が定着し、そこで増殖して疣贅(ゆうぜい)いぼ)を形成して周辺の組織を破壊していく疾患です。

 健常な人では起こりにくいのですが、心臓弁膜症・人工弁置換術(ちかんじゅつ)後や先天性心疾患心筋症など心臓基礎疾患をもった人では、心臓内の血液が逆流・乱流やジェット流を起こし、心内膜が傷つけられます。そこに一時的な菌血症からの病原体が付着・繁殖することが原因と考えられています。

 原因菌としては、緑色連鎖(りょくしょくれんさ)球菌、黄色ブドウ球菌、腸球菌が多いとされます。また人工弁置換術後の人は、前述の菌のほかに表皮ブドウ球菌も原因菌になりえます。

 具体的な心臓の基礎疾患としては僧帽弁(そうぼうべん)閉鎖不全症僧帽弁逸脱(いつだつ)症候群、大動脈弁閉鎖不全症心室中隔(しんしつちゅうかく)欠損症動脈管開存症ファロー四徴症、閉塞性肥大型心筋症などがあります。

 また、一過性の菌血症を起こす検査・処置としては、出血を伴う歯科治療、扁桃腺(へんとうせん)摘出、消化管・気管粘膜を含む手術、食道静脈瘤(じょうみゃくりゅう)の硬化療法、前立腺手術、感染巣の切開排膿、経腟的(けいちつてき)子宮摘出、感染時の経腟分娩などがあります。

症状の現れ方

 発熱のほか、全身倦怠感(けんたいかん)()疲労感、体重減少といった非特異的な症状がみられます。不明熱(コラム)の原因として診断されることもしばしばあります。関節痛・筋肉痛も認められます。また、疣贅が内膜からはがれて血流に乗ると、脳塞栓症(のうそくせんしょう)などの動脈塞栓症を起こすことがあります。

 そのほか、手のひらの発疹、爪の下の線状出血、四肢末梢の結節(オスラー痛斑)などが認められることがあります。重篤な合併症として、心不全を来したり、感染性動脈瘤をつくり破裂して出血を起こしたりすることがあります。聴診では主に逆流性の心雑音が聴取されます。

検査と診断

 感染性心内膜炎が疑われる場合、いちばん重要な検査は血液培養です。抗菌薬が使用されていない状況であれば、ほとんどの場合で血液培養が陽性になります。24時間以内に3セットの検体を採取し、原因菌を同定します。

 心臓の超音波検査(エコー)を行うと、疣贅が認められます。経胸壁エコーよりも経食道エコーのほうが感度が高いとされています。

 一般検査では、白血球増多、赤沈亢進、CRPなどの炎症反応が陽性となるほか、尿検査異常、貧血、高ガンマグロブリン血症が認められたり、リウマチ因子が陽性になることもあります。

治療の方法

 原因菌に感受性のある抗生物質を大量かつ長期的に使用します。緑色連鎖球菌にはペニシリンを使用しますが、アミノグリコシド系抗生物質を併用することがあります。ペニシリンアレルギーの既往のある人や人工弁の症例では、バンコマイシンを用います。

 心不全が悪化する場合、原因菌が真菌(しんきん)である場合、塞栓症が反復する場合、膿瘍(のうよう)を形成した場合などは、外科的治療の対象となります。

 この病気は予防が重要になります。先に述べた心臓疾患のある人が歯科的処置などを受ける場合には、ペニシリンなどによる予防投与が必要です。

加藤 哲朗, 柴 孝也

出典 法研「六訂版 家庭医学大全科」六訂版 家庭医学大全科について 情報

世界大百科事典(旧版)内の感染性心内膜炎の言及

【心内膜炎】より

…後者には免疫機序によって発症したリウマチ性心内膜炎,全身性エリテマトーデスにみられる非定型的心内膜炎などがある。しかし一般的に心内膜炎という場合,感染性心内膜炎,とくに細菌性心内膜炎bacterial endocarditisをさしていうことが多く,以下細菌性心内膜炎について述べる。 起炎菌としては病原性の比較的弱い緑色連鎖球菌によるものが半数近く認められ,次いで強毒性の黄色ブドウ球菌によるものがみられる。…

※「感染性心内膜炎」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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