苦痛や悲しみなど精神的損害に対する賠償をいう。ヨーロッパでは近世になってから、人を傷つけた場合などに、加害者に対して刑事責任(刑罰)を追及するほかに、民事責任(損害賠償)をも課するようになった。19世紀になって、人格ないし人格権という考えが広がるにつれて、それを侵された場合に慰謝料が認められる範囲も広がってきた。日本でも民法(710条・711条)に規定されている。
[高橋康之]
精神的損害は本来、金銭では評価できないものであるが、民法は原則として金銭で賠償させることにしている。一方、この慰謝料について、これを損害賠償ではなく、被害者から加害者に対して加えられる私的な制裁であるとする考え方があり、他方、これは一種の復讐(ふくしゅう)であるし、人の精神的価値は金銭に評価できないものであるから、認めるべきではないという考え方もある。しかし、今日では、硬直になりがちな法律上の処理に具体的妥当性を付与するものとして、また精神的損害も金銭で賠償されることによって癒(いや)されるものであって、慰謝料もまた普通の損害賠償と同じく、損害の填補(てんぽ)を目的とするものであるとする考え方が有力である。
[高橋康之]
民法では、身体、自由、名誉を侵された場合に慰謝料を請求できる(710条)と規定しているが、現在ではこのほかにも広く、生命、貞操、氏名、肖像、さらには平穏な市民生活や私生活を侵された場合にも慰謝料の請求を認めている。典型的な例としては、交通事故などでけがをしたり死亡した場合の慰謝料であろう。この場合、入院費用、葬式費用のほか、その人が働けなくなったための損害などは、財産的損害であって慰謝料とは別に請求できる。そのほか、判例によって認められたものとしては、不法に拘禁された場合、村八分(むらはちぶ)にされた場合、犯人でないのに誤って告訴された場合、医師が看護婦見習の意思に反し貞操を奪った場合、妻が夫に性病を移された場合などがある。夫婦の一方の有責な行為(たとえば、夫の私通や放蕩(ほうとう)など)で離婚せざるをえなくなったような場合には、もう一方は慰謝料を請求できるが、実際上は財産分与の算定の一資料とされて、そのなかに含められることが多い。内縁の不当破棄の場合にも慰謝料を請求できることは古くから判例によって認められている。また、騒音や日照妨害などが一定限度を超える場合に慰謝料請求を認める判例も多い。以上のように人格的利益を侵された場合のほか、財産的利益を侵された場合でも、精神的損害が生ずれば慰謝料を請求できる。先祖伝来のとくに愛着を感じていた土地を詐取された場合に、土地の価格以外に慰謝料が認められた例がある。
以上は不法行為による場合であるが、このほか債務不履行の場合、たとえば運転士の過失により鉄道事故が起こり、乗客が死亡したような場合にも、慰謝料の請求が認められる。
[高橋康之]
(1)被害者がけがをした場合には、けがをした直接の被害者が慰謝料を請求できるのはもちろんである。けがをした被害者の近親者については、以前は請求できないとされていたが、現在は、娘の容貌(ようぼう)がひどく傷つけられたような場合に、娘自身とは別に、母親も慰謝料が請求できるとされている。
(2)被害者が死んだ場合に、被害者の父母、配偶者および子が慰謝料をとれることは明文化されている(民法711条)が、それ以外の者(内縁の妻、祖父母、孫、兄弟姉妹など)が慰謝料をとれるかどうかが問題とされている(もっとも、これらの者も被害者の死亡によって財産的な損害を被れば、その賠償を請求できる)。以上は被害者の死亡によって遺族自身が被る精神的損害の賠償であるが、これと関連して、被害者が死亡した場合に、被害者自身の慰謝料請求権が相続人に相続されるかどうかという問題がある。判例はかつて、被害者がすこしでも慰謝料を請求する意思を表示したとき(病床で「残念残念」と叫びながら死亡した「残念事件」として知られる)は、被害者に慰謝料請求権が発生しそれが相続人に相続されるが、そうでない場合には慰謝料請求権は相続されないとされてきた。しかし、その後、そのような意思表示をしなくても慰謝料請求権は当然、相続人に相続される(1967年最高裁判決)というように考え方が改められた。
[高橋康之]
慰謝料は精神的なもので、具体的には目に見えない損害に対する賠償であるから、その算定には財産的損害の場合のような明確な基準がなく、裁判官が種々の事情を考慮に入れて決めるべきものとされている。算定にあたっては、被害者や加害者の社会的地位、職業、資産、加害者の動機や過失の大小などが考慮されるが、具体的な賠償額は、結局、裁判官の裁量に任せられることになる。
[高橋康之]
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…また労災補償的立法では以上の親族のほかに兄弟姉妹まで,また戦傷病者戦没者遺族等援護法では弔慰金についてはさらに3親等内の親族にまで,それぞれ遺族の範囲を広げている。以上の諸立法のほか民法では,ある人の死が第三者の不法行為によるときは被害者の父母,配偶者,子にいわゆる遺族固有の慰謝料請求権を認めているし(民法711条),また判例には死者に対する名誉毀損が遺族に対する名誉毀損ともなる場合があるとしたもの(静岡地裁1981.7.17判決)もある。
[その他の問題点]
現行遺族給付制度には,社会保障立法における遺族年金が,たとえば厚生年金保険では遺族厚生年金が老齢厚生年金の3/4にすぎず,また国民年金では遺族基礎年金の妻の分の定額は25年の資格期間をみたした者の老齢基礎年金と同額とされているものの,受けうる遺族の範囲は子の他はいわゆる母子世帯の場合に限定されているなどの問題がある。…
…夫婦財産関係の清算を中核にするか,離婚後の経済的弱者の扶養を中核にするかのほかに,損害賠償をも含む,不利益全体の救済も含むなどの考えがある。家事調停の実務などでは,損害賠償関係は慰謝料として処理でき,また,前配偶者を離婚後も扶養するとの観念や習慣は日本では乏しいので,夫婦財産の清算を中心として処理されていることが多い。したがって,有責配偶者でも,財産分与請求権は失わない。…
… 民法は,生命,身体,自由および名誉の侵害について,それによって生じる財産的損害のほか,非財産的損害についてもその賠償を請求することができる,と定めている(民法710,711条)。これを,とくに慰謝料という。そして,判例・学説は,上にあげたもののほか,自分の氏名や肖像(写真,彫刻など)をみだりにとられたり,使用されたりしない権利を認め(氏名権,肖像権。…
…たとえば,事故で傷害を受けた場合には,被害者の財産的損害とは別個に,事故による肉体的・精神的苦痛の除去がはかられなければならない。これが精神的損害に対する賠償であり,その賠償金はとくに慰謝料と呼ばれている。
[損害賠償の方法]
損害を除去する方法には原状回復と金銭賠償という二通りのものがある。…
…ところが甲が乙を負傷させた場合においては,治療費や負傷のため乙が休業した日数に応じた収入の減少分(財産的損害)にあたる金銭のほかに,乙の負傷による精神的損害(非財産的損害)の金銭による賠償が命じられることがある。この非財産的損害に対する賠償金を慰謝(藉)料といい,裁判上の取扱いにおいては,被害者は一定の金額を慰謝料として支払うよう主張すれば十分であり,その金額の基礎を証拠によって証明する必要はない。この点で財産的損害と非財産的損害は裁判上の取扱いの差がある。…
…姦通をした姦夫を本夫が殺害すること。中世においては敵討,妻敵討と併称されて盛んに行われた。《御成敗式目》の密懐(びつかい)法(34条)などの姦夫の刑罰では所領没収刑などが規定されているが,一般社会においては,自力救済観念に基づき,本夫が姦夫を討つべしとする社会通念が強く存在し,本夫が妻のもとに通ってくる姦夫を自宅内で現状をおさえ殺害する妻敵討が慣習として定着していた。しかし,この作法に基づかない姦夫殺害は殺害罪として扱われたため,しばしば混乱を引き起こした。…
※「慰謝料」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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[1864~1915]ドイツの精神医学者。クレペリンのもとで研究に従事。1906年、記憶障害に始まって認知機能が急速に低下し、発症から約10年で死亡に至った50代女性患者の症例を報告。クレペリンによっ...
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