戦国時代(読み)せんごくじだい

精選版 日本国語大辞典 「戦国時代」の意味・読み・例文・類語

せんごく‐じだい【戦国時代】

[1]
[一] 中国、東周の後期。一般に晉が三分された前四〇三年から秦の成立する前二二一年までの動乱期をいう。周室の権威が失墜し、諸侯はそれぞれ王を称したが、やがて有力諸侯が戦国の七雄として割拠、互いに覇を争った。陝西に拠った秦が他の六国を平定して天下統一。この時代は諸子百家のような学芸思想から、農・工・商の各面にいたるまで未曾有の発展を示した時期で、秦漢統一帝国を出現させる母胎となった。
[二] 日本で、応仁の乱(一四六七以後の約一世紀の間、有力大名が全国的に群雄割拠したため国の政治的統一を失った時代をいう。いわゆる下剋上(げこくじょう)の時代にあたり、守護代が守護を倒し、家臣が主家にそむいて大名となる者が多かった。戦国大名は分国間の豪族を家臣化して集権化をはかり積極的に領国経営を行ない、それぞれの地域に独立的地方政権を樹立した。また、京都の荒廃によって公家僧侶などの知識人が諸国に下向し、中央文化の地方普及がすすんだ時代でもある。終期については永祿一一年(一五六八織田信長入京した時点、天正元年(一五七三将軍義昭が信長に追われて室町幕府が倒れた時点、同一八年豊臣秀吉の全国平定の時点などの諸説がある。
※当世書生気質(1885‐86)〈坪内逍遙〉九「戦国時代(センゴクジダイ)のもんは、概して学問の力は乏しいが、気象は総て活溌じゃなア」
[2] 群雄が割拠して互いに相戦う時代。また、多くの同じような勢力、能力の者が互いに競争する時代。

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デジタル大辞泉 「戦国時代」の意味・読み・例文・類語

せんごく‐じだい【戦国時代】

日本で、戦国大名が群雄割拠した動乱の時代。応仁の乱開始のころから織田信長が将軍足利義昭あしかがよしあきを追放して天下統一に乗り出すまでの約1世紀。
中国で、前403年のの分裂から前221年のによる中国統一までの動乱期。
(比喩的に)同じような勢力や能力の者が多数入り乱れて競い合う時代。「外食産業戦国時代

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百科事典マイペディア 「戦国時代」の意味・わかりやすい解説

戦国時代【せんごくじだい】

(1)日本史の時代区分。1467年に起こった応仁・文明の乱から,1568年織田信長の入京に至る約1世紀の動乱の時代。応仁・文明の乱によって室町幕府の権力は全く失墜し,幕府権力を背景にした守護大名は次々に倒され,各地に実力により台頭した戦国大名が割拠し,覇を競ったが,信長・豊臣秀吉により統一された。(2)中国史の時代区分。→春秋戦国時代
→関連項目種子島時尭長宗我部氏日本松浦氏室町時代

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山川 世界史小辞典 改訂新版 「戦国時代」の解説

戦国時代(せんごくじだい)

通常,趙(ちょう)の3国が諸侯に列せられた前403年から,が6国を併呑した前221年までの約200年間をいう。春秋時代以来変貌をとげた社会のうえに中国統一が形成される過程期である。の権威はまったく失墜して有力諸侯(戦国の七雄)は王を称した。彼らは互いに領土を広げ,土地改革を行い,直轄地区を増し,集権的富国強兵策をとって争覇した。各国とも有為の士を登用したから,経世致用の学(諸子百家)が勃興し,思想界は盛況を呈した。7国のうちの最強はいち早く国内の集権化に成功した西方の秦で,6国の対抗を退けてついに天下を統一した。政治的統一過程と表裏して社会経済は著しい発展を示した。鉄製農具,牛耕,灌漑工事などが普及して生産力が増大し,土地の私有制が起こった。また,商業が発達し,貨幣(布銭刀銭など)が各地の都市で流通した。

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山川 日本史小辞典 改訂新版 「戦国時代」の解説

戦国時代
せんごくじだい

1室町後期にあたり,応仁・文明の乱がおこった1467年(応仁元)から,室町幕府が織田信長により滅ぼされた1573年(天正元)までのほぼ1世紀をさすことが多い。京都にある幕府の勢力が衰え,各地に戦国大名が割拠し武力抗争をくり返したので,この呼称がある。

2中国史の時期区分。紀元前403年の晋の滅亡(韓・魏・趙の成立)から,紀元前221年の秦の始皇帝による統一までをさす。東周の後半にあたり,諸国の抗争のなかで郡県制的な秩序がしだいに形成されていった。

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旺文社世界史事典 三訂版 「戦国時代」の解説

戦国時代
せんごくじだい

前403〜前221
春秋時代の有力諸侯の1つである晋 (しん) が,韓・魏 (ぎ) ・趙 (ちよう) に3分されてから秦の統一までの時期
時代名はこの時代のことが主として『戦国策』に書かれていることによる。周はたんなる一諸侯に転落,諸侯はそれぞれ王を称して興亡し,いわゆる戦国の七雄が並立したのち,秦が他の6国を滅ぼして中国を統一した。乱世ではあったが,官僚制の採用,郡県制の発生,兵制の変革など,秦の始皇帝以後の中央集権国家への途を開き,また中華思想の原型が生みだされた時代であった。

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旺文社日本史事典 三訂版 「戦国時代」の解説

戦国時代
せんごくじだい

応仁の乱(1467〜77)以後,織田信長政権の確立する時期(1570前後)までの約1世紀にわたる群雄割拠時代
政治史的にみれば室町幕府の弱体化と下剋上 (げこくじよう) の風潮の中で,各地に台頭した戦国大名によって従来の守護領国制に代わる新しい大名領国制が形成された時代であり,社会経済史的にみれば,荘園制の崩壊,郷村制への移行が促進された時代である。文化史的には,南蛮貿易開始によるヨーロッパ文化との接触,城下町文化の発生などが注目される。

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防府市歴史用語集 「戦国時代」の解説

戦国時代

 室町時代の後半で、1467年の応仁の乱[おうにんのらん]から室町幕府が織田信長[おだのぶなが]によってほろぼされた1573年までを言います。実際には室町幕府に将軍がいたので、室町時代の中の戦国大名[せんごくだいみょう]が戦争をくりひろげた時期をさします。

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