精選版 日本国語大辞典 「承徳」の意味・読み・例文・類語
じょうとく【承徳】
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中国、河北(かほく)省北部の地級市。3市轄区、5県、3自治県を管轄する(2016年時点)。人口380万7000(2014)。灤河(らんが)の上流、燕山(えんざん)山地の東部にあり、河北平野と内モンゴル自治区東部、遼寧(りょうねい)省西部を結ぶ交通の要衝で、張家口(ちょうかこう)と並ぶ河北省北部の中心都市である。主要な農産物は雑穀、薬材、果物などで、鉄鉱を産し鉄鋼・機械工業が発達する。錦承線(錦州(きんしゅう)―承徳)、京通線(北京(ペキン)―通遼(つうりょう))、2015年開通の張唐線(張家口―唐山(とうざん))が通る。
清(しん)の康煕帝(こうきてい)のとき、元の北京に対する上都に倣い、夏季の避暑地として離宮が置かれ、付近の河川の名にちなんで熱河(ねっか)庁が設けられ、宮室の直轄地となった。のち承徳府と改められ、1928年熱河省が置かれたときは省都となった。1948年市になるとともに南の下板城鎮(かばんじょうちん)には承徳県が置かれた。
離宮である避暑山荘は面積564万平方メートル、多くの建造物、庭園を含み、現存する中国最大の王宮遺跡である。このほか「外八廟(がいはちびょう)」とよばれる普寧(ふねい)寺、普楽寺、普陀(ふだ)宗乗廟などのチベット仏教(ラマ教)寺院も離宮に付随して建てられた。これらは1994年、ユネスコ(国連教育科学文化機関)により「承徳の避暑山荘と外八廟」として世界遺産の文化遺産に登録された(世界文化遺産)。
[秋山元秀・編集部 2017年3月21日]
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…1636年(崇徳1)国号を清と改め,順治年間(1644‐61)都を京師順天府(今の北京)に定めた後は盛京を陪都とした。そしてここを承徳県と名づけ,奉天府の府治とした。清朝は山海関より外,内モンゴル・外モンゴル以東の,奉天府尹および奉天,吉林,黒竜江の三将軍の所轄地区をすべて盛京統部に属せしめた。…
…中国の旧省名。現在の河北省北東部の承徳地区から内モンゴル自治区南東部の昭烏達盟と哲里木盟の一部,および遼寧省西端にかけての地域を行政区域とした。清朝乾隆年間(1736‐95),承徳府におかれた熱河副都統(のち都統)の管轄範囲であった昭烏達,卓索図2盟に由来(卓索図盟は今日の承徳地区にほぼ一致する)し,1914年特別区に改められ,さらに28年省がおかれ,承徳を省会としたが,56年廃止。…
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