ある者が他者をその意志に反してまでもある行為に向かわせることができる力を、一般に権力という。M・ウェーバーは、「社会関係のなかで、抵抗に逆らってまで自己の意志を貫徹する」ことを権力といっている。社会の諸領域でそれぞれの権力が存在しているが、特定の地域内において究極的優位性を有し、不服従に対しては合法的に物理的強制力を行使しうるものを政治権力という。
もちろん、諸権力は相互に関連しており、他の社会権力が政治権力へ転化することもある。政治における権力は、経済における貨幣と同様に、多目的に代替しうる包括的価値であるため、政治は権力をめぐって展開されることになる。政治権力を背景にして、社会における諸価値の権威的配分が可能であることから、政治権力の獲得競争が政治の現象であり、その行使のありさまが政治機構であるとされる。政治権力はその機能ゆえに求められるのみならず、人間の本能としての権力欲からも求められる。そのため、政治権力をめぐる闘争は熾烈(しれつ)きわまりないものとなる。さらに、権力者と服従者との間に存在する緊張関係も加わって、政治権力の維持には多大のコストを要する。維持の方法は二つに大別できる。一つは、不服従に対する価値剥奪(はくだつ)の実行または威嚇であり、いま一つは、自発的服従の調達である。前者のみでは、服従のなかにより大きな抵抗の芽を内包させることになり、維持コストも増大の途をたどらざるをえない。コスト節約のためには、後者の方法、つまり権力を正当化によって権威にまで高めることによって、権力の安定化が試みられる。このことを丸山真男(まさお)は「権力の再生産過程モデル」によって示している。
[大谷博愛]
権力者がなんらかの価値、あるいはそれを剥奪または付与する力を有しているゆえに、権力を有するという見方が、実体説である。権力の基底価値としては、物理的強制力、財力、能力などがあげられ、具体的には、警察力、軍隊、資産、雄弁、人間的魅力などとなる。アメリカの政治学者ラスウェルは権力、健康、富、知識、技能、社会的地位、愛情、徳の八つの価値をあげ、これらの価値の付与あるいは剥奪を手段として生ずる支配現象を勢力とよんだ。そして、この勢力のうちで重大な価値剥奪を伴うもの、すなわち強度な勢力を権力とした。しかし、ある人が基底価値を背景にして権力を有するとしても、何人(なんぴと)に対しても同様の権力的効果を発揮するとは限らず、権力のすべてを実体説のみによって理解することはできない。一方、関係説においては、行為者間の影響力関係に注目し、被支配者が権力を感じ、積極的であれ消極的であれ、それを認めるところに権力が成立するという見方をする。すなわち、服従者も権力関係を成立させる重要な要素と考える。アメリカの政治学者R・ダールは「AがBに普通ならBがやらないことをやらせた場合、AはBに対して権力をもつ」と規定した。
[大谷博愛]
関係説をとるにしても、権力関係の出発点は権力者のもつ力の資源(基底価値)である。なんらの資源もなしに他者を強制することはできないし、資源をもたない者に対して服従することもありえない。たとえ資源をもたない者の指示に従ったとしても、それは行為者の意志と一致したか、彼の倫理感によるものであるかにすぎず、権力関係の成立とみなすことはできない。
資源としては、先述のラスウェルの八つの価値のほか、物理的力を忘れることはできない。ただし、これを合法的に行使しうるのは国家権力のみであるとみなすのが妥当であろう。それは、対外的侵略あるいは内的社会不安から体制を維持するための軍事力、警察力として具現化され、社会秩序(法)を乱す者に暴力的制裁を準備することによって社会的統合を果たす手段となる。資源の総量は、権力者自身の保有する資源と服従者の資源のある部分の和である。というのは、権力者は支配下の者の資源をある程度自由に利用できるからである。これによって権力の自己増殖が促進される。その典型は政党の派閥組織にみられる。本来、派閥領袖(りょうしゅう)個人の資源の下に結集したグループが勢力拡大を目ざして強い協力体制をつくりだす。結束の固い集団のもつ力に魅せられた者がこれに加わり、より大きな勢力となってさらに追随者を生み出す複利的過程が展開される。逆に、権力に陰りが出てきたときの衰えも加速的である。
[大谷博愛]
社会のなかで政治権力がいかに構造化されているかは個々の社会で異なるだけでなく、みる人によっても違ってくる。多元的権力構造社会とみられる社会であっても、人によっては一元的権力構造と分析する場合もある。多元的権力構造とは、権力を保有する人あるいは集団が固定的ではなく、政治課題によって流動する構造をいう。そこにおいては、権力保有者が一方的に権力を行使するのではなく、錯綜(さくそう)した交差圧力が加わり、政治権力といえども調整役として機能せざるをえなくなる。R・ダールはこうした権力が批判にさらされやすい政治体系をポリアーキーとよび、君主制や寡頭制に対して民主的なものであるとした。一方、一元的権力構造とは、権力保有層が固定的で支配者と被支配者の区分は明確かつ分断的なものをいう。パレート、モスカ、ミルズなどのエリート論者によれば、いかなる社会においても、結局は固定的な支配層が存在し、権力の交代もその範囲内で行われている、とされる。1950年代のアメリカ社会を分析したミルズは、出身、所属宗派など共通の社会背景を有する政治家、実業家、軍人のパワー・エリートの存在を描き出した。現実には、いかなる社会においてもこうした支配層の存在を否定することはできないが、それが社会のさまざまな圧力にさらされることも見逃してはならない。
[大谷博愛]
デモクラシー観念の一般化は、権力の概念を大幅に修正してきた。デモクラシーは支配者と被支配者の同一化であり、いわゆる権力者と服従者の交代を論理的に可能にするものである。権力の正当化ひいては維持にとって世論の支持は不可欠のものとなる。権力者といえども一般の人々の影響を受けたり、操作的手段を用いて支持を取り付ける必要に迫られる。今日のマス・デモクラシーにおいては、大多数を占める大衆を標的とした政治が要求され、合理的判断に基づくよりはイメージによる権力の正当化が試みられる。さらに、今日の社会は、国内外を問わず、さまざまな領域が複雑に絡み合って相互に深い関係をもっている。これは、他の領域の力が政治権力に強い影響を及ぼすことを意味している。ことに、国際関係の緊密化はかつての国家主権の概念を一変させている。形式的には領土内における権力は個々の国家の政治権力者が独占的に保有しているが、現実には少なからず外国勢力の影響を受けている。今日、一国が鎖国状態で孤立することは、貿易などによる恩恵を放棄することを意味するだけに考えにくく、政治権力に対する外国からの圧力は不可避的なものになっている。たとえば、軍事的、経済的に深い関係をもつ二国間において、一方の強い要請に他方の政府は単なる要請以上のものとして対処せざるをえないのが実情である。
[大谷博愛]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
…この場合,発信者と受信者は,人,集団,職業,資格,地位等のいずれでもあり得る。権威は,第1に社会のどの分野にもみられる社会的権威,第2に政治権力に付着する政治的権威,第3に産業社会化に伴って専門機構の帯びる専門的権威に区別することができる。 第1に,社会的権威は,優越的な位置からのメッセージが受信者にみずから進んで聞き入れられる日常的な関係である限り,どの時代どの社会においても,いたるところで見いだされる。…
…勢力,影響力,説得力などと同様,社会的な〈力〉の一種で,通常,制度化された強制力を意味する。狭義には,国家のもつ強制力,すなわち,政治権力,国家権力と同義に用いられる。他方,最も広義には,権力志向型人間,企業内権力闘争等の表現にみられるように,社会的力と同義に用いられる。…
※「政治権力」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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