大気の運動や状態の変化を支配する流体力学と熱力学の法則を数学的に表現した力学方程式を、コンピュータを使って数値的に解き、将来の大気の状態を力学的に予測する天気予報の技術的分野をいう。原語の訳は数値天気予測だが、日本では数値予報が公式用語である。
[股野宏志]
与えられた境界条件と初期条件の下に、大気に適用された力学方程式を解くことによって天気予報を力学的に行うことは原理的に可能である。しかし、大気は水のような単純な流体ではなく、自転する地球に相対的な運動をしている熱的に敏感な気体である。しかも、相変化を伴う水蒸気を含むなど複雑な性質の流体であることを反映し、数式も複雑であるうえに、数式の形式が非線形偏微分方程式であることから、これを数理的に解くことはほとんど不可能である。しかし、第二次世界大戦後、コンピュータの発達と数値計算技術の進歩により、大気に適用される力学方程式を数値的に解くことが可能となり、力学的方法による天気予報が実用の域に達した。これが数値予報で、気象力学のもっとも輝かしい応用成果である。日本では1959年(昭和34)3月に数値予報が気象庁に導入され、1970年代後半からは伝統的な予報作業も数値予報を軸とする新しい形態に変貌(へんぼう)した。
[股野宏志]
数値予報に用いられる力学方程式は、運動方程式(運動の法則)、状態方程式(気体の法則)、連続方程式(質量保存の法則)、熱力学方程式(熱量保存の法則)および水蒸気の式(水蒸気量保存の法則)からなるが、実際の数値計算には微分方程式が差分方程式に変換される。数値予報では、大気を鉛直方向に何層にも分け、各層を碁盤の目のような一定間隔の格子点で覆い、格子点ごとに風、気温、気圧、湿度などの気象要素の時間変化量を計算し、将来の格子点値を時間積分して求める方法(格子点法)が基本である。しかし、コンピュータの性能が向上し、方程式の従属変数である気象要素の空間分布を調和関数または三角関数で展開し、関数にかかる係数の時間変化量を計算する方法(スペクトル法)が実用化されたので、日本では1980年代からこの方法が導入された。スペクトル法では、格子点ごとに気象要素の時間変化量を計算する必要がなく、しかも計算結果は格子点値として出力される利点がある。もちろん、天気図形式の予想図としても出力される。
[股野宏志]
天気予報に重要な低気圧や高気圧のように天気図上で識別できる規模の現象は総観規模現象とよばれる。とくに第二次世界大戦後は総観規模現象のおもな力学的性質も解明されたので、総観規模現象の明日から明後日までの予報(48時間ないし72時間予報)に関していえば、数値予報は1980年代におおむね完成の域に達した。しかし、総観規模より小さい中小規模現象と10日以上の予報に関していえば、数値予報は21世紀を迎えてもいまだ完成の域にはほど遠い。そのおもな理由は、(1)総観規模より小さい現象の力学的性質が数値予報で扱いうるほど十分に解明されていないこと、(2)気象学的雑音(以下、単に雑音)とよばれる音波のような高周波の現象や、街頭のつむじ風のような規模が小さく短命の現象が数値計算の過程で不自然に発達して気象要素の適切な空間分布を乱すこと、である。そのため、雑音が発達しないように抑制措置が計算過程に組み込まれているが、予報期間が長くなると抑制措置を超えて雑音がしだいに成長する。これは数値計算(数値積分)の不可避的な宿命である。
[股野宏志]
格子間隔より小さい規模の現象は数値予報の直接の対象とはならないが、気象学的に重要な現象については、それらが総観規模現象に集団的に及ぼす効果を間接的な形で計算過程に取り入れている。数値予報で直接の対象となるには、少なくとも5個以上の格子点を含む規模でなければならない。したがって、格子間隔を狭めると、総観規模に近い中規模の現象(メソ現象)も直接の対象となりうるので、数値予報の精度をあげることができる。しかし、格子間隔を半分に縮めると計算量は1桁多くなる。そのため、数値予報の精度向上には現象の力学的性質の解明とともにコンピュータの高性能化が不可欠である。
[股野宏志]
世界各地で一定の時刻(おもな時刻は日本時で9時と21時)に観測された結果を収集するには、おおむね数時間を要する。しかも、地上と高層の気象観測点は不規則に分布しているので、数値計算を行うために各地の観測値を規則正しく並んだ格子点の値に数理的に置き換える必要がある。これを客観解析という。客観解析では元の観測値に雑音が含まれていても除去されないので、雑音は格子点値にも配分されることになる。雑音の抑制措置が講じられているとはいえ、計算過程でむだな抑制操作を強いることを避けるため、客観解析で与えられた格子点値を数値計算の初期値として適正化する必要がある。これを初期状態の設定または初期値化という。初期状態に基づいて、まず予報期間約5分の予報値が格子点ごとに計算され、ついでこれらの分布を新たな初期状態として予報期間5分の予報値が格子点ごとに計算される、という繰り返しが行われる。こうして、たとえば明後日までの予報(72時間予報)の格子点値(予報値)とその分布図(予想天気図)が計算開始約3時間で出力される。予報期間が長くなって雑音が卓越する週間予報と1か月予報には、あらかじめ初期値に人為的に幾通りかの微小な偏差を与えて計算し、幾通りかの散らばった計算結果の集まり(アンサンブル)の平均を予報値とする技法(アンサンブル予報)が用いられる。
[股野宏志]
数値予報に用いられる力学方程式は実際の大気の複雑な過程をモデル化しているので数値予報モデルとよばれる。数値予報モデルの精密化はコンピュータの高性能化と一体なので、コンピュータの更新ごとに数値予報モデルも更新される。最新の数値予報モデルの概要は気象庁編集の『気象業務はいま』(毎年発行)を参照するのが有用である。日本の数値予報モデル(2003年3月時点)は、以下の6種類である。
(1)全球モデル(範囲は全地球、格子間隔は55キロメートル、予報期間は90~216時間=約4~9日。以下内容は同順)
(2)領域モデル(日本を中心とした東アジア、20キロメートル、51時間=約2日)
(3)台風モデル(台風とその周辺、24キロメートル、84時間=約3日半)
(4)メソモデル(日本とその周辺、10キロメートル、18時間)
(5)週間アンサンブル予報モデル(全地球、110キロメートル、216時間=9日。1か月予報の初めの9日間を兼ねる)
(6)1か月アンサンブル予報モデル(全地球、110キロメートル、34日)
[股野宏志]
『岸保勘三郎著『数値予報論』(1955・地人書館)』▽『岸保勘三郎著『数値予報新講』(1968・地人書館)』▽『高橋浩一郎・内田英治・新田尚著『気象学百年史――気象学の近代史を探究する』(1987・東京堂出版)』▽『日野幹雄・太田猛彦・砂田憲吾・渡辺邦夫著『洪水の数値予報――その第一歩』(1989・森北出版)』▽『浅井富雄・松野太郎編、時岡達志・山岬正紀・佐藤信夫著『気象の数値シミュレーション』(1993・東京大学出版会)』▽『増田善信著『数値予報――その理論と実際』第5版(1993・東京堂出版)』▽『岩崎俊樹著『数値予報――スーパーコンピュータを利用した新しい天気予報』(1993・共立出版)』▽『島田守家著『やさしい気象教室』(1994・東海大学出版会)』▽『気象庁編『数値予報の基礎知識――数値予報の実際』(1995・気象業務支援センター)』▽『股野宏志著『天気予報のための大気の運動と力学』(1997・東京堂出版)』▽『下山紀夫著『気象予報のための天気図のみかた』(1998・東京堂出版)』▽『気象庁予報部編・刊『新しい数値解析予報システム』(2000)』▽『気象庁予報部編・刊『新しい数値解析予報システムの検証』(2001)』▽『西本洋相著『気象予報士の天気学』(2002・成山堂書店)』▽『気象庁予報部編・刊『数値解析予報システムの検証と改良』(2002)』▽『気象庁編『気象業務はいま』各年版(富士マイクロ)』
理論的に天気を予報する方法の一つで,1940年代から急速に発展し,現在世界中の主要な気象機関で日常の天気予報業務に取り入れられている。天気を支配している大気の運動は,物理学の法則,具体的には流体力学と熱力学の法則に従う。これらの法則は複雑な方程式(非線形偏微分方程式)で表される。観測された現在の気象状態(初期条件)から出発してこの方程式を解くわけだが,それは時間に対して将来の気象状態を求める作業となる(時間積分)。その際,大気の模型(大気モデル)をつくり,方程式を近似的に解く(きれいな数学解が求められない)ので,実際には数値計算(代数計算)の繰返しとなる。そこから数値予報の名が出た。
大気の模型とは,果てしなく無限に連続している大気を,いくつかの気層にきり,それぞれの気層ごとに方程式を解くようにしたもので,その際大気中の気象現象のメカニズムについてさまざまな仮定を行う。こうして,自然界の気象現象を人工的に模擬するわけで(数値シミュレーション),その計算処理には大型のコンピューターが必要となる。現在,日本の気象庁の業務的数値予報には,アジア領域を対象とした大気モデルと北半球領域を対象とした大気モデルが用いられており,また準業務的には台風に対する大気モデルも用いている。数値予報の結果は,予想天気図としてファクシミリ放送されている。この情報は,大気の将来の運動や気象状態を示すので,それを解釈したり統計的関係を用いたりして〈天気〉を予想する。
数値予報の考えは19世紀から出されていたが,それを20世紀初頭にはっきりと学問的な形で提出したのがノルウェー学派の始祖V.ビヤークネスである。それを受けて弟子のリチャードソンL.F.Richardson(1881-1953)が具体的に数値予報の方式を考案し,実際に人間の手で解こうとしたが失敗したため(1922),こうした試みは〈リチャードソンの夢〉とよばれるようになった。その後,気象力学が進歩し,高層観測を含む気象観測網が拡充するとともにコンピューターが発明されたため,再び数値予報が試みられることになった。それはコンピューターの父J.フォン・ノイマンの示唆によってJ.G.チャーニーらが研究グループ(プリンストン高等研究所に拠ったところからプリンストン・グループとよぶ)を組織し,簡単な大気モデルを用いて成功したもので,アメリカのメリーランド州アバディーンの弾道研究所のコンピューター(ENIAC(エニアツク))を用いて行われた(1950)。その後,大気モデルが順次改良され,複雑化し,多くの経験が積まれた結果,リチャードソンの夢はほぼ完全に実現し,世界中に普及して日常の天気予報業務に取り入れられるまでに成長した。
執筆者:新田 尚
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(饒村曜 和歌山気象台長 / 2008年)
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…また,気象観測データの国際的な交換が進み,広範囲の天気図が作られるようになり,その解析が進み,気象に関する理解が進んだ。さらにコンピューターの出現とあいまって49年,将来の気圧配置を大気力学の基本式によって数値計算で求める数値予報が,アメリカのJ.G.チャーニーにより初めて開発された。この手法は,その後気象のシミュレーションの技術として大きく発展し,大気大循環の研究が進んだ。…
…1938年カリフォルニア大学数学物理学科を卒業。46‐47年にはシカゴ大学の研究員として,C.A.ロスビーの下で働き,47‐48年にはオスロ大学の研究員,48年から56年まではプリンストン高等研究所でJ.フォン・ノイマンとともに数値予報の開拓,発展につくした。56年からはマサチューセッツ工科大学の気象学教授をつとめた。…
…これにより,天気図によって間接的に見ていた低気圧などの構造を直接見ることが可能になり,雲画像の変化から天気の変化を予測することができるようになった。 もう一つの重要な進歩は,数値予報の開発である。天気図による天気予報では,低気圧,高気圧,前線などの動きをのばし,将来の気圧配置を予想し,それによって天気の変化を推定する。…
※「数値予報」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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