音楽を構成する最も基本的な要素の一つで,メロディmelody,節(ふし)ともいう。最も広義の旋律とは高低変化を伴う一連の音が横(線的・継時的)に連なったものを指し,複数の音を縦(同時的)に結合した和音,および和音の進行からなる和声と対照的な現象といえる。しかし,リズムを欠いた音の連続は抽象的な音列ないし音高線にすぎず,音楽としての旋律は音の高低とリズムの結合によってはじめて成立する。また,一般に旋律とは音楽的にあるまとまりを示す音の連なりを指し,断片的なパッセージや自立性の乏しい副次声部は旋律と呼ばないのが普通である。音声言語の抑揚も音の継時的な高低変化を含んでいるが,そのような言語旋律では音の相対的な高さが一定でない。それに対して音楽の旋律では,少なくとも主要な音の音程関係が固定しているのが特徴である。したがって,ある旋律をそのまま別の高さに移してもその旋律の同一性が失われることはない(たとえば,シューベルトの歌曲が歌手の声域に応じて種々の調で歌われるのはそのためである)。このように,音楽旋律は単に構成諸音の総和にとどまらない一定の形態をもち,その形態を平行移動(移高)しても同一のものとして知覚される(心理学ではこの性質を旋律のゲシュタルト性と呼ぶ)。もっとも,相対的音高の確定度は時代や民族によって相違している。一般的には,日本・東洋の旋律には演奏に応じて変動する音が多く,厳密な音高記譜法と音の固定している鍵盤楽器を発達させた西洋では旋律音の確定度が高いといえよう。
アフリカ原住民や現代音楽の中にはほとんど旋律をもたず,リズム表現が優越する例もあるが,旋律は人間にとって普遍的な音楽現象であって,その起源は言語的あるいは前言語的な音声コミュニケーションにあったと考えられる。旋律にはそれぞれの民族や時代の音感覚が最も直接に反映され,ほとんどすべての文化において音楽の最も重要な担い手であった。したがって旋律の類型も多種多様であるが,旋律類型を規定する要因としては,演奏媒体,音階,動きの型,内部構造などを挙げることができる。(1)声楽と器楽は元来異種の旋律様式を発達させた。声楽旋律は音域や音程跳躍に関して人声の生理的制約を受け,器楽旋律はそれぞれの楽器の特性に左右されることが多い。(2)旋律はその基礎にある音階や旋法の種類に応じて,使用する音の数や特徴的な音程進行の相違を生む。(3)旋律は一般に音程の上行と下行を合わせもつが,全体として上行型,下行型,波状型などに分けることができる。人間にとって生理的・心理的に最も自然な旋律は下行型とされるが(重力説),これに反する上行型の旋律は緊張を表すことが多い。また,順次進行を主体とする旋律,幅広い跳躍進行に富む旋律という類型化も可能である。(4)旋律が音楽的なまとまりをもつためには,その内部構造になんらかの秩序が必要である。歌詞をもつ声楽旋律の場合,その内部構造は歌詞の詩節構造,韻律,意味分節に規定されることが多い(たとえば中世・ルネサンス時代の声楽ポリフォニー)。純音楽的な秩序づけの方法には,動機や音型の対照・反復・変奏・発展などが挙げられる。西洋の古典派音楽では旋律の規則的な分節性が好まれたが,ロマン派になるとむしろ不規則な構造が多くなり,R.ワーグナーのように反復や分節を意識的に避けた無限旋律unendliche Melodieを主張する者もいた。
19世紀の音楽美学者E.ハンスリックが旋律を〈音楽美の基本形態〉と称したように,近代の西洋音楽では旋律的創意が天才の最も顕著な証しと考えられ,旋律創造の才能は合理的説明が困難な天与の才とされた。それゆえ西洋近代の旋律はほとんど常に新たに創出され,その独創性が重視された。それに対して,西洋中世や東洋の音楽では,旋律は個人の独創というより,グレゴリオ聖歌の詩篇唱定型,インドのラーガ,イスラム圏のマカーム,邦楽の手や節(ふし)のように,既存のさまざまな旋律型の反復・変形・組合せなどによって作られることが多い。また現代音楽においては,旋律は音高,持続,強度,音色という個々のパラメーターに解体される傾向が顕著である。
執筆者:角倉 一朗
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
音楽用語で、「メロディ」または「節(ふし)」ともいう。明治初期に、中国の伝統的音楽用語であった旋宮(せんきゅう)からヒントを得て、音の高低の動きに対して「律を旋(めぐ)るもの」として名づけられた。一般に「音楽の三要素」として、旋律は律動(リズム)と和声(和音の継続的連続、ハーモニー)に対立させられるが、旋律からリズム的要素を取り除けば楽音の無意味な羅列となり、これは旋律とよぶに値しない。これは音高線とよばれ、旋律はこの音高線とリズムからなる複合体と考えることができる。ところが、この二つを備えていても、それが断片的であったり、和声的音楽の内声であったりすれば、それも旋律といわないことが多い。旋律であるためには、楽音の連なりそのものが、なんらかの音楽的表現意図をもった一つのまとまりでなければならない。つまり、旋律は音楽的にまとまりをもった一連の楽音の継時的つながり、または運動と規定することができる。
このような旋律は、音高線とリズムをさまざまに複合することによって、多彩な内容を表現しうる。一般に、上昇旋律は緊張、下降旋律は弛緩(しかん)、アクセントのあるリズムの旋律は興奮、均等なリズムの旋律は平静を表すとされる。
他方、旋律の動きは一定の音組織のなかで形成されるため、まったく自由に行われるわけではない。旋法組織や調組織などが、旋律の形成にさまざまな制約を与える。また、演奏媒体(声や楽器)の性能や音域も、旋律形成のもっとも根本的な条件の一つとなっている。
なお、旋律は様式上から、〔1〕モノフォニー(単旋律型)、〔2〕ポリフォニー(複旋律型)、〔3〕ホモフォニー(和声を伴う旋律型)の三つに類別される。
[黒坂俊昭]
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