中国の本草書。明(みん)代の医師李時珍(りじちん)が著した。李時珍の家系は代々が医師で、彼は幼少のころから自然に親しみ、山野を巡っていた人で、好んで医薬の勉強に励み、22、3歳のころに医家を継ぎ、名医の評判が高く、招かれて北京(ペキン)や武昌(ぶしょう)で宮中医を数年務めた。しかし、性にあわず、以後、各地を旅行しながら、その地方独自の単方(民間療法)を調査して回った。『本草綱目』の著作を始めたのは35歳ごろといわれ、その完成に26年間を費やしている。内容は、全52巻、収載薬品数は1903種に及ぶ膨大なものである。宋(そう)代までの主流本草は、その時代までの本草書の記載内容を忠実に再現しているのに対して、『本草綱目』は時珍がこれらを部分引用、あるいは加筆しているため、その評価はよいものばかりではないが、「時珍曰(いわく)」として述べられている文章は、時珍自らが各地を回って実地見聞した内容であり、明代の薬物を研究するうえできわめて価値がある。また薬図のなかには時珍の説と一致しないものもあるが、これは薬図の多くを弟子たちが描いたためである。『本草綱目』の初版は「金陵本」とよばれるもので、1596年(万暦24)に出版されたとされる。現在、中国には伝本はない。日本には1607年(慶長12)に渡来、林羅山が長崎で入手し、幕府に献本している。以後、日本の本草学は本書の影響を強く受けており、その内容は民間療法のなかにも生きている。現在、各種の版本になる『本草綱目』を入手することができるが、薬図については張紹棠(しょうどう)味古斎刊本(張刊本)以後は、大半が『植物名実図考』のものと改められた。1975~1981年にかけて、中国で『本草綱目』の第2版である「広西本」を底本とした詳細な校点本(簡体字版)が刊行されたが、本書には「金陵本」とほぼ同様の薬図が載せられている。また日本語完訳本としては白井光太郎(みつたろう)監修による『頭註・国訳本草綱目』(1929~1934)があり、さらに本書の新注増補版(1973~1978)が刊行され、1979年(昭和54)には「金陵本」の附図が影印出版されている。
[難波恒雄・御影雅幸]
中国,明代の李時珍が古今の本草書,その他の文献によって集大成した52巻の薬物書。刊行は1596年ころ。巻1,2は序例(総論)で,巻3,4は百病主治として病症ごとに有効薬を並べている。巻5以下の各論では薬物の起源によって分類しているが,《証類本草》より細かく分けている。個々の薬物(1892種を収載する)については釈名(別名および名称の由来),集解(産地,性状など),正誤,修治(調製加工法),気味,主治(薬効),発明(薬理説),附方の項に分けて諸家の説と自説を記述している。このように整理したことは大きな進歩であるが,諸家の説を切り離しただけでなく,適宜省略したり変えたりしているため,注意を要する。またこの書の薬図は著者が監修したものではないというが,版によって違い,現在よく見られる張紹棠本では《植物名実図考》の図が用いられて本文と関係のないものもある。初版以来多くの刊本があり,中国だけではなく,日本や欧米にまで大きな影響を与えた。日本ではこの書を博物学的色彩の濃い書のように考える人もあるが,著者の目的が臨床応用とその理論づけにあったことは明らかで,金元医学の成果を豊富に取り入れている。《本草綱目拾遺》は趙学敏がこの書の誤りを正し,それに漏れた薬品を追加するために著した書である。《本草綱目》《本草綱目拾遺》ともに原文を読みにくい人は《新註校定国訳本草綱目》を利用するとよい。
→本草学
執筆者:赤堀 昭
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明代の16世紀末に刊行された薬物に関する総合書。李時珍(りじちん)の著作。52巻。古来の薬草などに関する書物を中心に独自の分類に従って集大成したもの。実用性に重きを置き,自説を加えている。
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…いずれも天文・地理から始めて草本に終わる分類百科全書であって,日本でも江戸時代に寺島良安によって《和漢三才図会》(1712)ができている。しかしとくに動植物については別に〈本草書〉の伝統があり,梁の陶弘景が漢末の混乱で散逸した本草書を整理し,《神農本草》《名医別録》を基に《神農本草経》の定本を著したのに始まり,李時珍の《本草綱目》で完成した。江戸時代,日本ではこれらの研究は〈物産学〉と呼ばれて盛んであった。…
…真珠は諸国貢献物としても重要な品目となり,律令には珠を取り扱う役人を定めていたことがわかる。また,中国の明代に編纂(へんさん)された《本草綱目》には真珠を強壮剤として用いるなど多くの療法が記されているが,日本でもこの本草学の影響は大きく,真珠の薬用としての利用が行われた。現在でも漢方薬としてカルシウム剤や解熱剤として利用されることもある。…
…温病説はその後さらに進展をみせ,葉桂(1667‐1746)の《温証論治》(1746)などが著されている。本草もこの時代に大きく進歩した分野で,李時珍の《本草綱目》(1596ころ刊)はさまざまの評価を持った書であるが,それ以後この分野の研究の中心になり,これを無視して明末以後の本草を論ずることができないことだけは確かである。
[中国文明における中国医学]
中国医学は早くから発達していたが,臨床治療面では西洋医学に近年急速な進歩が起こったのに,中国医学ではそのような改革が起こらなかったため,現在では全体としては西洋医学より劣ってしまったのは否定できない。…
…《政和本草》とそれとほとんど同内容の《大観本草》(1108刊)は完本が残っているため,そのなかから失われてしまった前代の書の内容を類推することができる。《政和本草》と《大観本草》はその後も長く用いられたが,明末の1596年ころに李時珍が《本草綱目》を著してからは重視されなくなり,本草書といえば《本草綱目》が代表するようになった。 これらの書は冒頭を総論にあて,その編纂の目的などを述べたのち,薬物の処理加工法,調剤法,分量,服薬法,配合禁忌,疾患ごとの使用薬物,引用書などを整理して記述している。…
…中国,明末の医師で,《本草綱目》の著者として知られている。伝記には不明の部分が多く,生没年も近年の研究によって明らかになったが,まだ完全には解決していない。…
※「本草綱目」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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