村田 峰次郎(読み)ムラタ ミネジロウ

20世紀日本人名事典 「村田 峰次郎」の解説

村田 峰次郎
ムラタ ミネジロウ

明治〜昭和期の歴史学者 毛利家家史編纂所主宰



生年
安政4年(1857年)

没年
昭和20(1945)年12月30日

出生地
長門国萩(山口県萩市)

本名
村田 春信

別名
号=柳外,聴秋,春雨

学歴〔年〕
東京外国語学校卒

経歴
明倫館に学び、維新後上京。外語で独仏英語を学び、明治17年太政官御用掛。内閣属、衆議員属を経て、26年毛利家家史編纂所を主宰。30年同家を辞す。32年中央火災保険相談役、徴兵保険常務取締役。早くから防長2州の維新史実に関心を抱き、大正10年維新史料編纂会常任委員となった。のち顧問。著書に「高杉晋作」「大村益次郎先生伝」「防長近世史談」「防長文化史概略」、編集物に「長州叢書」「甲子殉難士伝」などがある。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「村田 峰次郎」の解説

村田峰次郎 むらた-みねじろう

1857-1945 明治-昭和時代前期の歴史家。
安政4年7月24日生まれ。村田清風の孫。大津唯雪(ただゆき)の次男。太政官御用掛,衆議院属をへて明治26年毛利家にはいり,長州藩史編修を主宰した。大正10年維新史料編纂会(へんさんかい)常任委員。昭和20年12月29日死去。89歳。長門(ながと)(山口県)出身。名は春信。号は看雨など。著作に「防長近世史談」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

367日誕生日大事典 「村田 峰次郎」の解説

村田 峰次郎 (むらた みねじろう)

生年月日:1857年7月24日
明治時代-昭和時代の歴史家
1945年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報