松崎 天民(読み)マツザキ テンミン

20世紀日本人名事典 「松崎 天民」の解説

松崎 天民
マツザキ テンミン

明治・大正期のジャーナリスト,作家



生年
明治11(1878)年5月18日

没年
昭和9(1934)年7月22日

出生地
岡山県落合町

本名
松崎 市郎

経歴
小学4年修了後、行商牛乳配達、工場労務者など職を転々とし、明治33年「大阪新報記者となる。以後、持って生まれた文才で「大阪朝日新聞」「国民新聞」「東京朝日」などで25年にわたり新聞記者として活躍、独特の社会探訪記事がルポルタージュの先駆けとなる。また、大の食通であったところから昭和3年より雑誌食道楽」を7年間主宰民俗や社会の裏面を描くその文章は抒情的名文といわれた。著書に「淪落の女」「闇路を辿る女」「赤い恋と青い酒」「人生探訪」「浅草」「銀座」など。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

百科事典マイペディア 「松崎 天民」の意味・わかりやすい解説

松崎天民【まつざきてんみん】

新聞記者,実話読物作家。本名市郎。岡山県生れ。職を転々とするうち徳富蘇峰に見出され,《国民新聞》社会部記者となる。のち《大阪新報》《大阪朝日新聞》など各新聞の記者となり,探訪記事で人気を集めた。5人の女の生涯を描いた《淪落(りんらく)の女》(1912年)以降,実話読物作家として歓迎され,《人生探訪》などを執筆晩年は雑誌《食道楽》を主宰した。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「松崎 天民」の解説

松崎天民 まつざき-てんみん

1878-1934 明治-昭和時代前期の新聞記者,文筆家
明治11年5月18日生まれ。尋常小学校をでたあと苦学して国民新聞社記者となる。以後,大阪朝日,東京朝日,毎夕などで記者生活をおくり,探訪記事で人気をえた。のち雑誌「食道楽」を主宰。昭和9年7月22日死去。57歳。岡山県出身。本名は市郎。著作に「淪落(りんらく)の女」「女八人」「人生探訪」など。
格言など】奥津湯の情あつきに一夜寝て雪に明けたる今朝のよろしき(岡山県奥津温泉にある歌碑)

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朝日日本歴史人物事典 「松崎 天民」の解説

松崎天民

没年:昭和9.7.22(1934)
生年:明治11.5.18(1878)
明治大正・昭和初期の新聞記者。本名は市郎。岡山県落合町に生まれる。幼少時,生家が没落し,小学4年修了後,丁稚や給仕をして家計を助けた。20歳で上京,徳富蘇峰に見いだされ,新聞社給仕から『国民新聞』社会部記者となる。その後,『大阪新報』『大阪朝日新聞』『都新聞』などを転々として探訪記者として文名をあげた。さらに「淪落の女」など風俗読物なども得意とし,著作も多い。昭和7(1932)年から趣味雑誌『食道楽』を主宰した。

(有山輝雄)

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367日誕生日大事典 「松崎 天民」の解説

松崎 天民 (まつざき てんみん)

生年月日:1878年5月18日
明治時代;大正時代の新聞記者;文筆家
1934年没

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