析出硬化(読み)せきしゅつこうか(その他表記)precipitation hardening

改訂新版 世界大百科事典 「析出硬化」の意味・わかりやすい解説

析出硬化 (せきしゅつこうか)
precipitation hardening

固体の内部において,組成・構造の異なる新しい相を生じることを析出と呼ぶが,この新相(析出相)の形成によって合金硬化する現象が析出硬化である。硬化とは材料の硬度が増加することであり,材料内部に存在する転移を動きにくくすることで達成される。つまり転移の運動を妨害するのに適した大きさに析出が起こると硬化が生ずる。析出硬化現象を生じる合金系の平衡状態図(状態図)上での特徴は,溶質原子の溶解度が高温では大であり,低温では著しく小となることにある。ここでジュラルミンの基本となるAl-Cu合金を例に考えてみよう。

 Al-4%Cu合金を500℃に保持すると,Cu原子がAl原子の格子点を無秩序に占める固溶体が形成される。この固溶体を0℃まで急速に冷却焼入れ)すると,固溶体から析出相を生じる暇がなく,溶質原子Cuが過飽和に固溶された過飽和固溶体の状態となる。この操作を溶体化処理という。この状態はエネルギー的に不安定であるため,固溶体は分解してより安定な状態に移ろうとする。過飽和固溶体を0℃以上の高温,たとえば100~300℃に保持すると分解が始まり,時間の経過とともに種々の析出相が現れ,それに基づいて合金の諸性質(強さ,伸び値,電気抵抗値など)が変化する。このように時間の経過に伴って性質の変化することを時効ageingといい,そのような熱処理時効処理と称する。時効処理によって合金が硬化する場合が時効硬化age-hardeningである。時効硬化は析出硬化と同義の用いられ方をすることが多いが,時効硬化は合金の性質変化に注目しているので,内容的にはより広い言葉である。規則相形成による硬化,低温焼きなまし硬化などは時効硬化であるが,析出硬化ではない。時効処理によって析出相を生じる場合には,時効硬化と析出硬化が同一の内容を指すことになる。鋼などではひずみ時効と呼ばれる侵入型原子(炭素C,窒素Nなど)の析出現象があるが,侵入型原子の拡散速度は置換型原子のそれより著しく速いために,その析出現象は置換型原子の析出現象とは様相を異にする。

合金の融点をTm(K)としたとき,Tm/2以下の低温度で時効処理しても,平衡状態図に示された安定相は容易には生じない。溶体化処理・急冷後,低温で時効処理をするとGPゾーン(ギニエ=プレストンゾーンGuinier-Preston zoneの略)と呼ばれる準安定相をまず生じ,その後中間相が形成される。GPゾーンの結晶構造は母相と同じであり,見掛け上一種の溶質の偏析のように見えるため,GPゾーン形成による硬化を析出硬化から除外して考える立場がある。しかしGPゾーンを単なる溶質の集合体(クラスター)として片づけるわけにいかない事情もある。すなわちGPゾーンの形態は,円板状(Al-Cu,Cu-Beなど),球状(Al-Zn,Al-Agなど),針状(Al-Cu-Mg,Al-Mg-Siなど)のように各合金系で定まったものとなっており,ゾーン内部で原子配列がある程度規則的になっているものがあること,ゾーンを核として中間相を生じる場合があることなどである。ゆえに,最近ではGPゾーンを析出相に準じて取り扱い,クラスター以後の各準安定相の形成を析出過程としてとらえるほうが,析出現象全体の理解が容易になるとする見方が強い。

中間相はGPゾーン以後に現れ,構造は安定相とは異なるが,組成は安定相に近い。また,中間相の構造は母相と異なるので,母相のいずれの場所でも等しい確率で中間相の核が生じる(均一核生成)ということはまずない。ほとんどの場合,各種の格子欠陥(粒界,転位線,転位ループなどの二次欠陥)や,共存する分散相などの上に核生成する。これを不均一核生成に基づく不均一析出と称する。このような核生成・成長型の析出とは異なり,母相内の局部的な濃度変動が拡大・成長して析出相を生じるというスピノーダル分解型析出もあるが,これは一部の高濃度合金に限られる。このほかに,粒界から析出が開始し,粒内に析出領域が広がっていく粒界反応型析出と呼ばれる析出様式もある。この粒界反応型析出を生じると合金が軟化することが多く,Cu-Be合金などではこの防止のためにコバルトCoが少量添加されている。

GPゾーンは高密度に(たとえば1017~1018個/cm3)生じるが,転位によって切られやすく,GPゾーンのみの状態では一般にはあまり合金は強化されない。中間相は転位によって切られにくく,微細な中間相を高密度に分布させると合金の強度は高くなる。多くのアルミニウム合金ではGPゾーンと中間相との共存状態で最高強度となる。さらに時効処理を継続すると,GPゾーンは消滅し中間相は成長・粗大化する。中間相が粗大化したり,さらには安定相を生じるようになると,合金の強度は低下する。これを過時効over-ageing(による軟化)と称する。中間相などの粗大化は,時効の初期および中期には母相中に過飽和に残存する溶質原子を吸収することによって生じる。時効の後期では微細な析出相を消滅させることにより,より大きな析出相が成長するという過程をとることが多い。これはオストワルド成長と呼ばれ,この反応の駆動力は界面エネルギーの減少にあるとされる。

合金を焼き入れると,溶質原子だけでなく空格子点(空孔ともいい,高温になるほど濃度は大きくなる)も過飽和となる。これが焼入過剰空孔(凍結空孔)であり,溶質原子の移動(拡散)を促進するとともに,過剰空孔の消滅に伴って生じた二次欠陥は前述のように中間相の不均一核生成に重要な役割を果たす場合がある。アルミニウム合金の室温での時効処理(自然時効)でGPゾーンが生じるのは,この過剰空孔の寄与によるとされている。

GPゾーンや中間相は,それらを生じさせた熱処理温度より高い温度に急速昇温されると,一時的に消滅することがある。これは復元現象と呼ばれ,ゾーンや中間相が準安定な相であることを示す。析出硬化によって硬化した合金を実際に使用する場合には,時効処理温度より高い温度にさらされることがないかどうか(過時効や復元を生じることがないかどうか),繰返し応力の負荷により内部構造が変化していないかどうかなどに十分注意する必要がある。析出硬化とは合金を高温から焼き入れて時効処理し,準安定相を形成させる〈不安定な処理〉であることを忘れてはならない。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「析出硬化」の意味・わかりやすい解説

析出硬化
せきしゅつこうか
precipitation hardening

過飽和状態の固溶体を時効すると,固溶体は相分解する。このとき,析出相が固体内に均一微細に分散することによって,合金の硬度が上昇する。これを析出硬化という。一種の時効硬化といえるが,効果が短時間で現れる点が異なる。コバルト基,ニッケル基の耐熱合金,耐熱鋼,一部のステンレス鋼,工具鋼,高速度鋼,磁石鋼などにみられる。これらの場合析出硬化は有効に働くが,クロム鋼にしばしば起る焼戻し脆性,アルミ青銅の自己焼鈍効果などは析出硬化が悪く働く例である。硬化に寄与する析出物は金属炭化物,窒化物,ホウ化物,あるいは金属間化合物,アルミニウム合金にみられるG-P帯など,さまざまである。低合金鋼や炭素鋼に現れるひずみ時効は,加工により転位が増殖してその部分に炭素,窒素,酸素などの原子が集るために起る現象と考えられ,やはり一種の析出硬化とみることができる。

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世界大百科事典(旧版)内の析出硬化の言及

【軽合金】より

…この合金は高温に加熱後,水中に急冷し,その後室温かそれよりやや高い温度においておくと強くなる。これは析出硬化といわれる硬化機構による。その後この原理を応用した種々の合金が開発され,特殊鋼の強さに相当するものも実用化され,第1次大戦から第2次大戦にいたる航空機の発展を支えた。…

【分散硬化】より

…結晶素地中に,たとえば酸化物や析出物のような固溶しない第二相粒子が存在することによって起こる硬化をいう。したがって,第二相粒子が形成される様式にはよらないが,とくに析出によって形成された第二相粒子の分散による硬化を析出硬化と呼ぶ。素地中に第二相粒子が存在するものは,ふつう素地よりも強いため転位運動の障害となる。…

※「析出硬化」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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