( ①について ) ( 1 )原語 sukhāvatī は「幸ある所」の意。漢訳には妙楽、安養など数種あるが、羅什や玄奘の浄土教典における訳語「極楽」が浄土教の流布に伴って定着した。「観無量寿経」に極楽往生の者をその行業によって上品上生から下品下生まで九品(九段階)に分けて説くので九品浄土ともいった。
( 2 )奈良朝から平安朝前期には、仏教的文献以外ほとんど用例がない。平安時代中期、源信「往生要集」以後広く用例が見られるようになる。
( 3 )極楽と天国は別で、仏教では天は迷界に属し、浄土ではない。
阿弥陀仏の浄土の名。サンスクリットではスカーバティーsukhāvatī。大乗仏教になって多くの仏菩薩が考えだされるようになったとき,それぞれの仏菩薩がそれぞれの浄土をもつという思想が現れた。そのなかでも阿弥陀仏の西方極楽浄土は阿閦(あしゆく)仏の東方妙喜国と並んで特異なものである。《阿弥陀経》によると,阿弥陀の浄土は西方,十万億の仏土を過ぎたところにあり,苦はなく楽にみちているので極楽と名づけられる。この国土には七重の欄楯(らんじゆん),七重の羅網(らもう),七重の行樹があり,四宝で飾られ,美を極める。七宝の池には八功徳水が満ち,池底には金沙が敷かれ,池辺には宝玉でできた階段や楼閣がある。池の中には種々の色の蓮華が咲き芳香を放っている。天上では音楽が奏せられ,つねに曼陀羅華が降り,種々の鳥が美しい声でさえずっている。鳥のさえずりや,水や風の音はそのまま説法となり,極楽の衆生はそれをきいて仏を念ずる。《大無量寿経》記載の第35願には変成男子(へんじようなんし)(女が男に変わること)の説がみられるから,極楽に女はいないことになるが,解釈のしかたによっては女は単に少ないだけということにもなる。
極楽の観念の起源については種々の説がある。インド伝統の理想国土ウッタラクル,イランのパイリダエサ(パラダイス),キリスト教のエデンの園,ギリシア神話のエリュシオンなどである。極楽の観念が生まれたのは諸文化に対し折衷的態度をとったクシャーナ朝のころであるから,仏教徒がこれらの楽園思想から雑然とヒントを受け取った可能性がある。〈西方〉の観念は太陽の没する方角が死者の赴く方角と同一視されたことから生まれたという説がある。上記の諸楽園思想のうちではエリュシオンが西方の観念を有する。これが仏教徒に西方観念のヒントを与えた可能性があるが,エリュシオンの〈西方〉の観念ももちろん元をたどれば太陽の没する方角につらなるだろう。
執筆者:定方 晟
阿弥陀仏とその浄土を語る経典のうち,《阿弥陀経》《無量寿経》《観無量寿経》を浄土三部経と呼んでいるが,この三部経の成立および伝来の経過からすれば,阿弥陀信仰は紀元前に西北インドにおこり,1世紀に盛んとなり,それが中央アジアへもひろがり,3,4世紀ごろ阿弥陀仏や極楽を観想することがひろく行われ,これが中国に伝わり,中国では4世紀後半から5世紀以後に阿弥陀信仰が顕著となった。朝鮮半島へは6世紀後半に伝わり,日本には7世紀初めに伝来した。日本では奈良時代後半に阿弥陀信仰が高まるが,その一指標は阿弥陀浄土変相図である。平安時代以降,苦しみに満ちた現世を離れ,阿弥陀仏の救いによって,来世に極楽で永遠の安らぎを得たいとする願望が強まり,阿弥陀仏の名とともに西方極楽浄土の名称は人びとの心にしみついていった。和讃(千観〈極楽国弥陀和讃〉,源信〈極楽六時讃〉など)や今様(《梁塵秘抄》極楽歌),和歌などで極楽のめでたさが盛んにうたわれ,藤原道長の阿弥陀堂(無量寿院),藤原頼通の平等院鳳凰堂など極楽浄土をこの世に現出しようとした仏堂が多く造られた。鳳凰堂は当時〈極楽いぶかしくば,宇治の御寺を敬へ〉と歌われていた。また四天王寺の西門が,難波の海を隔てて,極楽浄土の東門の中心に当たると考えられ,彼岸の中日には落日のかなたに極楽が望まれると信じられた。四天王寺の西方海上で死ぬと,直ちに極楽に往生できると思い,投身入海するものもあった。これは極楽が海上他界の観念で受容されていたことを物語るものである。浄土教家は,死後の世界として極楽を説く一方で,因果応報により地獄,餓鬼,畜生などの冥界の存在をも説いた。この苦しみの世界の存在は,人びとに極楽世界への往生をより強く願望させるとともに,極楽往生のために要求される信仰生活を厳守させる結果となった。人びとを死や死後に対する不安,恐怖から解放したのは阿弥陀仏とその極楽浄土の信仰であった。
→地獄
執筆者:伊藤 唯真
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阿弥陀仏(あみだぶつ)が住居(すまい)する世界(浄土(じょうど))のこと。サンスクリット語スカーバティーsukhāvatīの訳で、「幸福のある(ところ)」という意味が、阿弥陀仏の国土をさす固有名詞となった。阿弥陀仏がまだダルマーカラ(法蔵(ほうぞう))とよばれる求道(ぐどう)者であったとき、誓願をたてて、あらゆる人々を救おうとし、それが成就(じょうじゅ)するまでは悟りの境地には入らないと宣言する。やがてその願いが完成して、阿弥陀仏はその仏国土すなわち極楽に住んでいる。そこは、あらゆる苦しみや災いのない安楽な世界であり、念仏する者は死後この世界に生まれて仏となることができるという。極楽世界、極楽浄土、安養(あんにょう)浄土、安楽国ともいう。
極楽浄土を説く代表的経典は『無量寿経(むりょうじゅきょう)』『観(かん)無量寿経』『阿弥陀経』などであって、とくに浄土宗、浄土真宗の根本経典となっている。『無量寿経』には詳細な極楽の描写が記されているが、『阿弥陀経』によれば、「これより西方、十万億の仏土を過ぎて、世界あり、名づけて極楽という」とあり、「その国の衆生(しゅじょう)にはもろもろの苦しみあることなく、ただもろもろの楽しみを受く。ゆえに極楽と名づく」と説かれている。極楽には七重の石垣(欄楯(らんじゅん))をはじめ、数多くの建物や庭園が金銀などの宝石類によって飾られ、整然と配置されていて豪華絢爛(ごうかけんらん)である。世俗社会からみると富裕階級の生活が理想化され、誇張されて描写されている。極楽の自然の記述は、罪や汚れのない清らかな描写だけでよいと思われるが、これには経典の成立した地域性を考慮しないと理解ができない。また、一方、財産や住宅に執着する気持ちもなければ、自分のものとか、他人のものとか、区別する心すら生じない世界としており、空観(くうがん)の影響と思われる。『観無量寿経』には、罪深い極悪な者でも、臨終(りんじゅう)に一声、阿弥陀仏の名をよぶことによって極楽に往生(おうじょう)できると説いているように、一般庶民を極楽へ導き入れるための叙述がきわめて具象的であるのも特色といえよう。極楽が西方にあるとするのは、インド周辺の思想と関連し、時間・空間の考え、太陽崇拝などの影響も考えられる。ペルシアの太陽神話やミトラ神信仰に起源を求める学説もあるが、おそらくインド、イランの共通文化の基盤から発展したものであろう。
中国に入って唐代の曇鸞(どんらん)、善導らによってとくに提唱された。日本では源信が『往生要集』のなかで、地獄を克明に描いて極楽を浮き彫りにしている。とくに法然(ほうねん)(源空)、親鸞(しんらん)によって力説されて、浄土信仰は極楽信仰が中心となり、ほかの仏の浄土信仰は影が薄くなってしまった。
[石上善應]
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…この世で命をおえたのち,他の世界に往(い)って生(しよう)を受けること。とくに念仏の功徳(くどく)によって,臨終のとき阿弥陀仏の来迎にあずかり,阿弥陀仏の国土である西方の極楽浄土に往き生まれること。往生を願うことを願生,願往生といい,往生する人を往生人という。…
…清浄な国土という意味で,菩薩として衆生を救済せんという誓願を立てて悟りに達した仏陀が住む清浄な国土のことであり,煩悩(ぼんのう)でけがれた凡夫の住む穢土(えど)つまり現実のこの世界に対比していう。浄土は大乗仏教における宗教的理想郷を指す言葉としても広く用いられたが,阿弥陀仏の信仰が鼓吹され流行するにつれて,阿弥陀仏の仏国土である極楽と同一視され,ついには同義語となる。サンスクリットには浄土を意味する術語はないが,漢訳仏典の訳語の用例からみて,仏国土を意味するブッダ・クシェートラbuddha‐kṣetraの訳語とされている。…
…これによって,死後の生という経験的に立証することのできない事象が,人々の心象世界のなかにある種の実在感をもって根をおろすことができるのである。仏教やキリスト教のような組織宗教の場合には,こうして呈示される他界のイメージは,天国や極楽にしても地獄にしても,一応の一貫性をもっているが,組織化の進んでいない宗教や民間信仰の場合は,互いに矛盾するいくつものイメージが共存していることが多い。たとえば日本の民俗宗教においては,山岳の頂きを他界の在所とする山上他界観や,海の彼方に他界があると考える海上他界観,あるいは洞窟などを他界の入口とみなすような地中(地下)他界観が併存している。…
…この伝説は古代ローマ世界において,祝福された死者が行くとされたフォルトゥナタ・インスラFortunata Insula(幸せの島)の伝承と容易に結びついた。これは仏教思想における〈極楽〉と共通な考え方であり,しかもそれが西方に想定されたのだから,西洋でも浄土は西にあったということになる。なおこの〈島の楽園〉の具体的な位置は,当初は地中海世界の西端ジブラルタル付近に想定されたが,やがて地中海民族の行動半径の拡大にともなって,もっと西方の大西洋上のカナリア諸島に擬せられたりした。…
※「極楽」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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