精選版 日本国語大辞典 「楽器」の意味・読み・例文・類語
がっ‐き ガク‥【楽器】
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音楽表現のために用いられる、音を発する道具の総称。音楽表現といっても、美的要求によるものに限られるわけではなく、祭祀(さいし)や医術などのための、宗教的ないし実用的なものまで含めて考える必要がある。したがって、音の出る物であればすべてが楽器になりうる。現在でも日用品などを加工し楽器として用いる試みがあり、楽器と楽器でないものとの区別は明確ではない。楽器であるかないかの判定は、習慣的、文化的、制度的であるとともに、使用者にもゆだねられている。
西欧語で楽器を示すinstrumentなどは、いずれも道具一般を示す語であり、ギリシア語で道具を意味する「オルガノン」organonも楽器の意味で用いられ、「楽器学」の英語名organology, organographyなどはこれが語源になっている。
[前川陽郁]
楽器は音を出すための道具であるが、人間には音(声)を出すための器官がすでに備わっているため、楽器音と肉声との比較によって、楽器の存在意義を明らかにすることができよう。
肉声の場合と異なる楽器の特徴の一つは、一定の音高をもつことである。ただし、音高感が明確でなく、リズムにのみかかわる楽器もある。また、管を吹いた場合などは倍音列に属する音が容易に出るため、声のように連続的ではない音高の変化が得られる。さらに、楽器では音高の相違を空間的、視覚的に容易に示すことができる。たとえば、木琴のようにたたく物の大きさ、パンの笛やハープのように管や弦の長さの違いで音高は変化する。弦の長さを変えたり管に指孔をあけたりすることで積極的に音高を変えるようになれば、この特徴はいっそう顕著である。これらのことから、楽器は声に対して音高の基準を与えることができ、とくに歌の伴奏を考えればその役割は明白である。また、聴いたり歌ったりする音を楽器でまねたり、逆に楽器で音を確かめてから歌ったりすることができ、さらには、鍵盤(けんばん)楽器のように、音の関係を楽器上で視覚的にとらえることもできる。
音楽の起源に関して、歌と楽器との先後関係は明らかではなく、さまざまな説があるが、少なくとも、体系的な音組織の成立は、楽器の特性(音の非連続化・空間化・視覚化)を抜きにしては考えにくい。
また楽器は、肉声とは違って、手や息、ときには全身を使って発音され、コントロールされる。発声にも息は関係するが、楽器の場合とは性格が異なる。このことは、動作によって感情を表現するという人間の動作衝動と相まって、身体運動に伴う運動感覚を音楽体験に加え、さらに音を空間化・視覚化する楽器の特徴から、空間的な感覚が音楽体験に加わることで、音楽表現が歌とは異なった性格をもつ。
楽器のもっとも端的な存在意義は、表現可能性の拡大である。そもそも楽器をもつこと自体が、声とは別の音をもつことである。また、人間の声域が通常で1オクターブ強、訓練された人でも2オクターブ程度の場合が多く、男性の低声から女性の高声までの幅も約4オクターブであるのに比べ、楽器は、声にはまったく不可能な音高のものもつくることができる。たとえば、オーケストラではチューバからピッコロまで7オクターブ近くの音域があり、ピアノとなると1台で7オクターブ以上、オルガンはさらに広い音域をもつ。ただし、その最低・最高音域の音楽的意義は疑わしく、とくに最低音域の音が単独で使用されることはまずない。
楽器による表現可能性の拡大は、音域ばかりでなく、音色や音量についてもいえる。楽器の音色は多彩であり、とくに打楽器や打弦楽器、撥弦(はつげん)楽器の立ち上がりの鋭い音は、声では得られない。さらに楽器によっては、1人で複数の音を出すことが可能になる。しかし、音楽の表現可能性が楽器によって拡大するといっても、それがただちに声に対する楽器の絶対的優位を示すわけではない。トーキング・ドラムのように楽器でことばを模倣する試みはあるものの、基本的には楽器はことばを発することができず、歌を歌うことはできない。また楽器には、身体を用いて演奏するための欠点もあり、これについては後述する。
[前川陽郁]
楽器が音楽表現に用いられる道具であるためには、音→知覚→反省→身体運動→音の循環のなかに組み込まれ、いわば身体を越えた物としての楽器が身体の一部となることができなければならない。この点では、楽器は肉声をモデルにしていると考えられる。しかし、身体の一部になることができるという条件は、往々にして前述の音楽の表現可能性の拡大とは矛盾する。一例として、楽器の発音についてフルートとオルガンとを比較してみよう。
フルートの発音は息によるが、音の大きさの変化は吹き方の強弱による。音高の変化は、指孔の押さえ方によるほか、吹き方も関係する。とくに重要なのは、タンギングや息のコントロールで音のアタックを変化させることにより、多様な表情が得られることである。一方、オルガンでは、送風装置からの空気を流すか止めるかによって、音を出したり切ったりする。その機構が機械式(電気式のものもある)ならば、アタックをある程度変えられるが、フルートに比べればわずかである。音色の変化はパイプの組合せで、音の大きさの変化はよろい板の開閉とパイプの組合せで得られる。音高の変化は鍵盤によるが、鍵(キー)の位置と音高とに必然的なつながりはない。また、鍵を押さえたのちは切る以外に音を変化させることができない点でも、フルートとは対照的である。発音後の音の変化を活用することは、フルートよりも、たとえば尺八に特徴的である。
このように、表現可能性の拡大を求めて、楽器の規模が大きくなり複雑さが増すほど、いわば機械まかせの部分が多くなり、人間が直接コントロールできる割合が低くなりがちなのである。20世紀になって電子楽器が急速に進歩し、音楽の表現可能性が無限といえるほど拡大しているにもかかわらず、なかなか主流となるに至れないのは、一つには、身体の一部としてコントロールしにくいという制約があるためと考えられる。
[前川陽郁]
それぞれの楽器には固有の音の性質がある。ここでは音の三要素とされる「高さ」「大きさ」「音色」の概略を、弦楽器、管楽器、打楽器についてみてみよう。鍵盤楽器は、発音機構上はこれらのどれかに相当する。
音の高さの感覚は音の振動数にほぼ対応し、振動数が多いほど高く感じられるが、音色に左右されることもある。弦の振動数は、基本的には、弦の長さ、張力、太さ、材質の比重によって決定される。音高を変化させるためには、弦の長さを変えることが多いが、張力を変えることもあり、とくに調弦は張力の調節によるのが一般的である。ただし箏(こと)は、弦の張力をそろえたうえで長さを変えて調弦され、張力を変えること(押し手)で音高の変化がつけられる。
管の場合、つまり空気柱の振動数は、管の長さによってほとんど決定されるが、管の太さや形状もわずかながら影響する。空気中を伝わる音の速さも関係するため、温度により音高が変わる。倍音列に属する音を出すこともでき、自然ホルンはこれのみを利用する。それ以上の音高の変化を得るためには、指孔をあける場合と、管長を変えられるようにする(バルブ装置を備える、もしくはスライド式にする)場合とがある。
打楽器の場合、実際の楽器の振動の解析はむずかしく、また振動の複雑さから倍音以外の部分音を多く含むために、明確な音高感をもたないものが多い。音高が意識されるものとしては、調音ペーストを膜に塗って調律されるムリダンガムや、ねじやペダルで膜の張力を調節して音高を変えるティンパニなどがある。小鼓(こつづみ)では調緒(しらべお)により膜の張力を変え、打ち方と組み合わせることで特有の表情を得る。棒や板の振動を利用する打楽器の場合は、音高の調節が容易でないため、鉄琴のように複数の発音体が並べられることが多い。
音の大きさは感覚的なものであり、物理量である強さとは区別される。音の大きさは強さにおおよそ対応するが、強い音は大きく感じられるのに対して、大きく感じられる音が強いとは限らない。たとえば木管楽器やピアノでは、音の強さが変化しない範囲内で、息の吹き込み方や打鍵の強さによって倍音の含まれ方が変わり、音量感が変わることがあり、また音の高さによっても音量感には差がある。ハープシコードのように音量の変化がほとんど得られない楽器は別として、小さな音の限りはないが、大きな音の限界は楽器によって異なる。弦楽器は、弦だけでは表面積が小さく強い音が出せないため、共鳴器がつけられるのが通例である。
音色は倍音構造によって決まると説明されることが多いが、楽器の音色に関しては、音量の時間的変化(エンベロープ)が倍音構造以上に重要であり、音から時間的変化を取り除くと音色の違いはわかりにくい。とくに重要なのは立ち上がりと減衰であり、音の立ち上がりは、倍音構造の違いがもっとも聴き取りやすいときでもある。また、倍音構造が時間的に変化することもある。弦の振動の音色は、弦の条件によっても決まるが、それ以上に重要なのは、音を出す方法(大きく分けて撥弦(はつげん)か打弦(だげん)や擦弦(さつげん)か)であり、音を出す点(弦のどの部分を撥(はじ)く、打つ、擦(こす)るか)である。胴や共鳴器は、音量ばかりでなく、音色にも大きく影響する。管の空気柱の振動の場合、音色を決めるのは、主として管の形状(円錐(えんすい)か円柱か、両者の組合せか、管の端が開いているか閉じているか)、管の内壁の状態、空気柱への振動の与え方(リードによるか、唇によるか、エッジ音によるか)、そして演奏方法である。管の材質の影響については意見が分かれている。打楽器という分類は、弦楽器や管楽器のように発音体に関するものではなく、発音の動作に関するものであるため、打楽器の音の性格を包括的に述べることはむずかしいが、一つの特徴は、その打つということによる鋭い音の立ち上がりである。打って演奏するのではない打楽器、たとえば、振るもの、擦るもの、落下させるもの、かき鳴らすものもあるが、発音上は、打って演奏する打楽器と類似する点が多い。また楽器そのもの、つまり材質や形状や構造だけでなく、何で打つか、また打つ部位によっても音色は変化する。
[前川陽郁]
楽器が音楽表現のための道具であるためには、楽器が当該音楽体系に対応していなければならない。音楽体系の主要な要素の一つは音階であり、打楽器の多くのように、明確な音高感をもたずリズムにのみかかわるものは別として、すべての音階音を出すことができなければ、楽器としての意味をなさないか、補助的な役割にとどまる。さらに、音楽は音の動きによる表現なのだから、音階音を出せるだけでは十分ではなく、少なくとも、音楽体系のなかで多く使われる音の動きを容易に演奏できることが要求される。
音楽に対する楽器の関係は、従属的なものだけでなく、楽器が音楽をつくるという側面もある。楽器と音階の成立との関係については先に触れたが、楽器が音楽をつくるのは、音階の面だけにとどまらない。楽器なしには楽器の音楽がありえないのはもちろんであるが、それ以上に、単に音楽の素材としての楽器音ということを超えて、楽器が音楽表現を左右する。楽器には、音域や音量の、また楽器の構造や演奏法に伴う制約ないし可能性、音色上の特性などがあり、それらにあわせた音楽表現がなされる。新しい楽器の発明は、音楽表現上の要求からであることも、そうでないこともあるが、少なくとも、新しい楽器は新しい音楽表現への原動力になる。しかしまた、楽器の性能や演奏能力の限界が音楽表現を枠づけ、その枠を超えようとすることが楽器や演奏技巧の改良を促すこともある。このように、楽器の変遷と器楽の変遷とは不可分の関係にある。このような楽器と音楽との相互影響関係は、器楽だけでなく、声と楽器についても当てはまる。
また楽器は、音楽理論とも関係している。ピタゴラス学派の音楽理論の成立には、モノコードによる実験が重要な役割を果たしていた。モノコードを用いることで、音高の関係を数量的関係としてとらえることができるのである。ヨーロッパの近代以降の音楽理論は、ピアノをはじめとする鍵盤楽器のうえに成り立っている。そして、鍵盤楽器を抜きにしては、六音全音音階や十二音音階は考えられない。
[前川陽郁]
楽器の起源は明らかではないが、動作の単純さからいえば、身体の一部や物をたたくことがもっとも原初的であろう。一般に、原始的な楽器ほど分布は世界的であり、たとえば太鼓や笛の類はほとんど世界中にみられる。これらは相互影響なしに独立して発生したと考えられるが、楽器によっては、ただ一つの起源をもち、各地に伝播(でんぱ)し、それぞれの地域の音楽性、気候・風土、材料の入手しやすさなどの点から変形を加えられたものもある。ただし、類似の楽器が異なった地域でみられるからといって、それらが同一起源をもつとは限らない。
伝播や分布の点で興味深いのは、たとえばリュート属の楽器である。リュートはメソポタミアに紀元前2000年ごろ現れ、前1500年ごろにはエジプトに伝えられた。その後のリュートは、棹(さお)の長いものと短いものとに大別されるが、棹の長いリュートは主として古代のエジプトで、またギリシアやローマでもわずかながら用いられた。棹の短いリュートは、前8世紀のペルシアの粘土像や、紀元後初頭のインドのガンダーラ美術にみられる。東へは、中国(月琴(げっきん))、朝鮮半島から、10世紀には日本(琵琶(びわ))に、西へはイスラム圏の近東(ウード)から、10世紀ごろヨーロッパに伝えられ、16世紀にはヨーロッパ中で流行した。また、アメリカのバンジョーはアフリカの民俗楽器が、ハワイのウクレレはポルトガルのマシェーテが、どちらも19世紀に伝わったことに始まる。さらに、ロシアのバラライカのもとになったドムラは、カザフのドンブラ、アラブのタンブールといったリュート属の楽器と関連があるといわれている。
[前川陽郁]
楽器の種類は無限といってよい。多種多様な楽器を分類・整理する試みも多くあるが、なかでも代表的なのは、エーリヒ・M・フォン・ホルンボステルとクルト・ザックスとによる分類法(1914。MHSとよばれる)である。これは、インドの楽器分類法をもとにしたビクトル・シャルル・マイヨンの分類法を補正、再考したものである。
この分類法では、楽器はまず発音体の種類によって、(1)体鳴楽器idiophone、(2)膜鳴楽器membranophone、(3)弦鳴楽器chordophone、(4)気鳴楽器aerophoneの四つに大分類される。さらにおのおのは、演奏法や、発音体と胴体および共鳴体との関係などによって、細かく分類される。そして各項目には分類番号が付されて、研究に供されている。ザックスは1940年には、この4分類に電鳴楽器electrophone(電気増幅楽器と電気発振楽器)を加えて5分類としている。
この5分類法以外には、固体が振動する楽器と空気が振動する楽器とに大別するアンドレ・シェフネルの2分類法(1932、36)や、ヨーロッパの習慣的な3分類法(管楽器、弦楽器、打楽器)、それに電気楽器を加えた4分類法などが知られている。また中国には、発音体の素材による「八音(はちおん)」という漢代の分類法があり、そこでは「金(きん)」(金属打楽器)、「糸(し)」(弦楽器)、「竹(ちく)」(管楽器)、「石(せき)」(石の打楽器)、「匏(ほう)」(ふくべ)、「土(ど)」(土器)、「革(かく)」(太鼓類)、「木(ぼく)」(木製楽器)に分類される。日本では伝統楽器が「鳴物(なりもの)」とよばれ、「打物(うちもの)」「弾物(ひきもの)」「吹物(ふきもの)」に分類することが行われていた。
[前川陽郁]
『クルト・ザックス著、柿木吾郎訳『楽器の歴史』全2冊(1966・全音楽譜出版社)』▽『黒沢隆朝著『楽器の歴史』(1956・音楽之友社)』▽『安藤由典著『楽器の音響学』(1961・音楽之友社)』▽『皆川達夫監修『大図説 世界の楽器』(1981・小学館)』
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