精選版 日本国語大辞典 「楽府」の意味・読み・例文・類語
が‐ふ【楽府】
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中国古典詩の詩体名。もとは楽曲にあわせて歌われた歌詞で、楽曲により多様な形式があり、一句の字数、一首の句数は一定しない。漢の武帝がつくった宮中の音楽署楽府(がくふ)で盛んに演奏され、制作された歌の意味で、楽府(がふ)の名が生まれた。楽府(がくふ)では各地の民謡を集めると同時に、文人による創作も行われ、宮廷の祭礼・宴会等に演奏した。のちにそれぞれの楽曲を楽府題(がふだい)といい、それに付された歌詞を楽府(がふ)とよぶようになった。
古代の詩歌はほぼみな歌われていたと思われるので、楽府の歴史は遠く漢以前にさかのぼる。とくに宮廷・貴族の祭礼や宴会には楽章を歌い、戦争には軍歌を歌い、民間には日々の喜怒哀楽を歌う数多くの民謡があった。古くは、民情を探るために民謡を集める采(採)詩(さいし)官が置かれたとも伝えられている。つまり、楽府には儀礼歌、軍歌、民謡などがあったのである。漢代に楽府から定型詩の五言詩(ごごんし)が生まれ、音楽から離れた読むための詩が定着すると、楽府と狭義の詩との区別が生じたが、漢・魏(ぎ)以降、文人たちが楽府に興味を示し、魏晋(ぎしん)南北朝期を通じて大量の作品がつくられ、民間でも新しい歌曲が次々に生まれて盛んに流行した。それらの民歌の生気と新鮮な表現は文人たちに大きな影響を与えた。七言定型詩も南北朝期の楽府の盛行のなかから生まれ、定着したのである。
しかし唐代に入ると、それまでの伝統的な音楽が失われ、楽府は単に詩題として楽府題を借り、そのスタイルを模倣するだけの古体詩に変容した。しかし一方では、西域から入った新しい楽曲、あるいは新たに発掘された民歌などによる新しい楽府が流行し、さらには民間的色彩と発想を取り入れた新題の楽府体の詩、いわゆる新楽府がつくられるなど、楽府は多様となった。唐人はすこぶる楽府を好み、七言絶句など近体詩の楽府作品も少なくない。注目すべきは、民情を訴え社会批判を行うために楽府体の詩がつくられたことで、杜甫(とほ)や白居易(はくきょい)に優れた作品がある。先秦(せんしん)・漢から唐・五代までの楽府は、北宋(ほくそう)の郭茂倩(かくもせん)の『楽府詩集』100巻に網羅的に集められている。宋以降の人々は伝統的な楽府にはあまり関心を示さない。楽府の制作は清(しん)末に至るまでけっしてとだえはしなかったが、歌謡としては、宋代に流行した「詞(し)」、元代の「小令(しょうれい)」、明(みん)代の「散曲(さんきょく)」など、新しい歌の制作に力を注いだ。それらも、もとはすべて民間的な歌謡であって、それぞれ楽府の名でよばれることがある。
[佐藤 保]
『増田清秀著『楽府の歴史的研究』(1975・創文社)』▽『小尾郊一・岡村貞雄著『古楽府』(1980・東海大学出版会)』
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…やがて長い年月を経て,派生的にある種の楽章・歌詞を〈がふ〉と呼ぶようになった。 〈がくふ〉の名の起りは,前漢の武帝の元狩年間(前122‐前117),郊祀(天地を祭る)用の歌を制作するために,長安城内の上林苑に創設された上林〈楽府〉である。その楽府には,郊廟歌(廟とは王家のたまや)・鼓吹曲・俗楽(各地の民歌・胡歌・宮廷人の作歌)の楽章・歌詞があった。…
…以下それによってこの体の性格を考えよう。〈――歌〉〈――行〉などの題をもつ作品は〈楽府(がふ)〉体の詩にも多い。しかし《英華》は〈楽府〉と〈歌行〉をはっきり分け,〈楽府〉門には作品1082首(大部分は唐代詩人の作だが,少数の南朝詩人の作を含む)を20巻に分けて収め,〈歌行〉門には(同じく南朝と唐の詩人の作を含む)作品365首をやはり20巻に分けて収める。…
…また《墨子》の公孟篇には,《詩経》の作品を説明して,〈誦詩三百,弦歌三百,歌詩三百,舞詩三百〉といっているが,305編の詩が,すべて歌謡であり,楽舞を伴うものであったことを説明する。 前漢の武帝は元鼎5,6年(前112,前111)ごろ,民間歌曲の採集・保存と演練とをかねて楽府(がふ)という音楽官署を設立したが,以後この楽府は,哀帝の綏和2年(前7)まで続けられた。この音楽官署の設置以来,楽府において集められるべき民間歌曲作品を一律に〈楽府〉と称するようになり,やがては歌謡作品をすべて〈楽府〉とよぶ習慣が生まれた。…
…庾信(ゆしん)の〈哀江南の賦〉は多量の典故を用いて,南朝の滅亡をうたった壮大な叙事詩というべき大作であった。
[楽府]
楽府(がふ)は漢代の宮廷に設けられた役所の名から,その楽人が演奏した曲の歌詞の総称となった。地方の俗謡とそのかえうたを含む。…
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