平安中期の物語の一様式をあらわす文学用語。語彙としては二義あり,一つは早く《栄華物語》(〈浅緑〉)にもみえ,歌にまつわる小話の意で,当時〈うたがたり〉と呼ばれた口承説話とほぼ同一内容のものと思われる。二つは近代に入ってからの新しい用法で,《竹取物語》《宇津保物語》などを〈作り物語〉と古くから呼んできたのに対して,《伊勢物語》《大和(やまと)物語》《平中(へいちゆう)物語》の三つを新しく区別して呼んだのであり,文学史記述の便宜から生じた用語である。現在ではこの第二義の面で論じられることが多い。以下もその意味で扱う。もっとも歌物語の萌芽は古く,記紀歌謡や万葉歌にも,関連する記述が前後に付け加えられれば,部分的に歌物語の形に近づくともいえる。とくに平安朝の《後撰集》や私家集などでは,歌を媒介とする男女の交渉に興味を集中するため,詞書が長くなって,この傾向は加わる。しかしそれらを,なお一般に物語と呼び難いのは,歌をめぐる小話群全体としての統一的視点や虚構の自覚的方法などが,相対的にいって確立していないからである。
これを形態的にいえば,歌物語は和歌にまつわる短小の説話や伝承の集成であり,その集成された事情や編者の性格によって差を生じている。特定の主人公を立てる《伊勢物語》や《平中物語》と,そうでない《大和物語》とでは,全体の統一性にかなりの相違があり,同じく特定の主人公を立てながら,一代記風に編成された《伊勢物語》とそうした秩序をもたない《平中物語》とでも違う。さらに個々の章段の素材・表現にわたる虚構・潤色度の大小や,章段連接の契機をなす連想の個性差もある。文芸的効果としては,全体として抒情性,心理性が濃く,概して伝奇的な作り物語と対照的である。しかしこれも和歌と地の文との絡みかたや比重の置きかたに左右されるわけで,地の文の用語に詩語をきびしく選ぶ《伊勢物語》と,即物的世俗的な語彙をそのまま用いる《大和物語》では大差がある。忠実な説話採録者と積極的な虚構修飾をあえてする編著者の両極の間に,これらの作者たちはそれぞれの個性を示している。歌物語の素材は口承の〈うたがたり〉を初めとして,既存の歌集,歌稿類であり,逆にまた歌物語はそれら周辺領域の作品群に素材を提供して,その相互関係は緊密である。特に《伊勢物語》の後代に与えた影響は絶大で,それは《古今集》や《源氏物語》とともに,日本文化の伝統形成に大きく作用した。
→物語文学
執筆者:今井 源衛
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
物語文学の重要な一形態で、和歌を中心とする短い物語、またはそれらを集めた物語集。これは平安時代の10世紀に集中的に制作され、『伊勢(いせ)物語』『大和(やまと)物語』『平中(へいちゅう)物語』がその代表的な作品である。古くから、和歌についてその作者や作歌事情などを口頭で語り伝える「歌語り」と称せられるものがあったらしいが、とくに9世紀なかばの和歌再興期以後、実在の人物の和歌がどのような事情で詠まれたかに深い関心が寄せられ、それが宮廷社会で「歌語り」として語られるようになった。歌物語はそうした「歌語り」を物語として洗練させながら、作中人物の、歌を詠まざるをえない心情の経緯を語ろうとしている。しかし、歌と物語内容とのかかわり方はかならずしも同一でなく、歌そのものが主題を担う場合もあれば、話の内容自体に重点の置かれる場合もある。もとより歌を交えながら話を語るという方法は、その伝統を古代の記紀歌謡にまでさかのぼれるのであり、根が深い。10世紀初頭の、最初の物語と目される『竹取物語』は歌物語ではない作り物語であるが、それにも歌が含まれている。
歌物語自体は10世紀に限られるが、そこでの、歌を詠まざるをえない心情のあり方、散文と歌の緊張的なかかわり方などという歌物語固有の方法が、11世紀以後の『源氏物語』その他の物語に受け継がれていく。
[鈴木日出男]
『阿部俊子著『歌物語とその周辺』(1969・風間書房)』
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
和歌を中心に,和歌の詠まれた事情を語る小話,およびその物語集。詞書(ことばがき)・左注が物語的に増幅したもの,あるいは歌語り(和歌について作者や詠作事情などが口頭で語られた話)が仮名で記載されたもの。韻文と散文が緊張関係を保ちつつ融合する,叙情的な物語。代表的なものに10世紀半ばに成立した「伊勢物語」「大和物語」「平中物語」がある。しだいに散文の部分が長大化して散文の物語に近づき,以後は衰退した。
出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報
…イスラム教徒の女奴隷の少女ニコレットと南仏ボーケール領主の息子オーカッサンが共に育つ間に相思相愛の仲になるが,身分の違いから引き離され数々の遍歴,苦難の後にめぐりあってやっと結ばれる物語。韻文と散文が交互に配置された〈歌物語chantefable〉という形式で書かれており,韻文の部分には音符も付されている。歌物語と呼ばれる作品で現存するものは本編のみである。…
※「歌物語」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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