精選版 日本国語大辞典 「此方」の意味・読み・例文・類語
こ‐な‐た【此方】
〘代名〙
[一] 他称。
※宇治拾遺(1221頃)四「つくりたる田のよくて、こなたに作りたるにも、ことの外まさりたりければ」
② ある一定の時を限って、それより話し手の位置する時に近い期間をさし示す(近称)。
(イ) 過去のある時から現在までの間をさし示す。それより後。以来。
※源氏(1001‐14頃)真木柱「をのがあらむこなたは、いと人わらへなるさまに、したがひ靡(なび)かでも、ものし給ひなん」
③ すぐ前に述べた事柄や、それに関連した方面をさし示す(近称)。こちら。この方面。
※源氏(1001‐14頃)総角「いと尊くつく廻向の末つ方の心ばへ、いとあはれなり。客人(まらうど)もこなたに進みたる御心にて」
④ 二人以上の人物のうち、位置的に、また、意識のうえで近くにいる方の人。また、最も問題にされている方の人。この人。
[二] 自称。わたくし。
※源氏(1001‐14頃)行幸「こなたをもそなたをも、さまざま人の聞こえなやまさむ、ただならむよりはあぢきなきを」
※浮世草子・世間娘容気(1717)五「こなたのとっさまは法誉道三といひます」
※玉塵抄(1563)六「かおを打あげて高祖をみて『こなたはただなながら昔の桀紂の如な主でをりある』と云たれば」
※滑稽本・浮世風呂(1809‐13)二「今日はこなたが能く流して呉たでさっぱり仕ました。わたしは上るが、こなたはもっと這入るが能(よい)よ」
[語誌](1)平安時代以降、「そなた」「かなた(あなた)」に対し、空間的・時間的・心理的に話し手に近いと認識されるものを指す近称の指示代名詞として用いられるようになる。人称代名詞としても、(一)(二)の他称・自称の用法が平安時代に見えているが、(三)のように対称として用いられるのは室町時代になってからである。
(2)(三)の待遇価値は、室町時代末期には最高段階に位置していたものが、近世前期上方語では、新たに発生した「お前」にその座を奪われ、「こなた」は第二段階に下降した。近世後期上方語になると、寛政期頃までは、なお第二段階を維持するものの、町人の使用が減少し、使用者層が学者・武士・老人等に限定される傾向が見られる。
(2)(三)の待遇価値は、室町時代末期には最高段階に位置していたものが、近世前期上方語では、新たに発生した「お前」にその座を奪われ、「こなた」は第二段階に下降した。近世後期上方語になると、寛政期頃までは、なお第二段階を維持するものの、町人の使用が減少し、使用者層が学者・武士・老人等に限定される傾向が見られる。
こ‐ち【此方】
〘代名〙
① 他称。話し手側の方向をさし示す(近称)。助詞「へ」や「に」を伴わないで用いられた。⇔あち。
(イ) こなたの側。こっち。こちら。
※古事記(712)下・歌謡「日下部(くさかべ)の 許知(コチ)の山と 畳薦(こも) 平群(へぐり)の山の」
※源氏(1001‐14頃)浮舟「母ぞこち渡り給へる」
(ロ) 自分の家。また、その家にいっしょに住むもの。
※歌舞伎・傾城壬生大念仏(1702)中「『小さい子は銀(かね)を持たぬ物じゃ。俺が持て行てやらふ』『そんならこちの所迄連立て行ませふ』」
(ハ) (中国に対して) 日本。わが国。
※六物図抄(1508)「こちのひらつつみのやうにして掛に異にせんためぞ」
(ニ) 時間的に今に近い時。
※史記抄(1477)三「黄帝からこちへの事どもをしるしたぞ」
② 自称。男女ともに用い、対等またはやや上位の相手との話に用いる。私。手前。自分。また、私ども。われわれ。
※史記抄(1477)一五「軽重不得とは、彼は我と重して、こちを軽し、こちも我と重してあれをは軽するほどに」
※滑稽本・戯場粋言幕の外(1806)上「こないなあばづれいふと、いかう気づつながるさかい、こちが付込むぢゃ」
[語誌]古くから用例があるが、古代には同様に方向を表わす「こなた」の方が多く用いられた。室町時代以降用例が多くなり、「こちら」「こっち」等の形態を派生した。現代共通語では「こちら」「こっち」に勢力を譲って、「こち」はほとんど用いられなくなっている。
この‐かた【此方】
[1] 〘連語〙 こちらのかた。こちら側。こなた。
※万葉(8C後)一三・三二九九「見渡しに 妹らは立たし 是方(このかた)に われは立ちて〈略〉或本歌頭句云、隠口(こもりく)の 泊瀬(はつせ)の川の 彼方(をちかた)に 妹らは立たし 己乃加多(コノカタ)に われは立ちて」
[2] 〘名〙 その時より後。それ以来。こなた。
※書紀(720)神代上(寛文版訓)「爾(それ)より以来(コノカタ)世(よよ)笠(かさ)蓑(みの)を着(き)以て他人の屋の内に入ることを諱(い)む」
※火の柱(1904)〈木下尚江〉二四「孤独(ひとり)の方が好いと、心から思ふようになったのは、十年以来(コノカタ)くらいなものだよ」
[3] 〘代名〙 他称。話し手側または話し手に近い関係にある人をさし示す(近称)。「このひと」をさらに敬意をもって呼ぶとき用いる語。
※平凡(1907)〈二葉亭四迷〉二七「『誰方(どなた)?』『此方(コノカタ)が〈略〉古屋さんの何さ』」
こち‐ら【此方】
〘代名〙
① 他称。
(イ) 話し手側の方向、場所などをさし示す(近称)。
※寛永刊本蒙求抄(1529頃)四「あちにも我子こちらにも我子が守護になったそ」
(ロ) 話し手側の人や家などをさし示す(近称)。このかた。このお宅。
※怪談牡丹燈籠(1884)〈三遊亭円朝〉五「当家(コチラ)の伯父さんのお蔭で家へ帰れる様に成た」
(ハ) ある時から以後。
※落語・雨やどり(1899)〈六代目桂文治〉「二三日此方(コチラ)心配して居るから」
② 自称。話し手自身をさす。わたくし。また、われわれ。
※歌舞伎・今源氏六十帖(1695)一「仏壇の掃除をこちらが致します」
こっ‐ち【此方】
[1] 〘代名〙 (「こち(此方)」の変化した語)
① 他称。話し手側の方向、また、話し手の側にあるものなどをさし示す(近称)。
※杜詩続翠抄(1439頃)五「あっちよりこっちへくるを曰二入塞一也」
② 自称。わたくし。自分。当方。
※杜詩続翠抄(1439頃)八「吾(コッチ)は不レ知矣」
※歌舞伎・与話情浮名横櫛(切られ与三)(1853)四幕「そっちも亭主のある体、それと知りつつうっかりと、はまり込んだはこっちも不覚」
[2] 〘名〙 このかた。以来。
※滑稽本・東海道中膝栗毛(1802‐09)二「わし共は二十年もこっちイ、そんなあじゃらしいこたア、中絶のウしてゐますに」
この‐ほう ‥ハウ【此方】
[1] 〘名〙 こちらの属している地や国。わが国。
※日本書紀桃源抄(15C後)上「唐のは青と白と黒と赤とて四時に配也。此方とすこしかはる也」
[2] 〘代名〙 自称。男性が用いる。われ。〔文明本節用集(室町中)〕
※歌舞伎・姫蔵大黒柱(1695)一「『コレコレ其の方は浜松巖之介と見た。遁さぬ』トいへば、『イヤイヤ此の方は巖之介ではない』」
こっち‐ら【此方】
〘代名〙
① 他称。話し手側の場所などをさし示す(近称)。
※洒落本・遊子方言(1770)発端「『ああこっちらへ付ればよいに』『いやいやこちらでもよしよし』」
② 自称複数。われわれ。
こんた【此方】
〘代名〙 (「こなた」の変化した語) 対称。お前。あなた。
※洒落本・道中粋語録(1779‐80頃)「『馬士どん茶でも進ぜうか』『いいにへ、モウ呑ずとこんたのその一言でそこいら中(ぢう)がしめって来るハナ』」
こっちゃ【此方】
〘代名〙 (「こちら」の変化した語) 他称。話し手側の方向、場所などをさし示す(近称)。こっち。
※浄瑠璃・義経千本桜(1747)四「これ此道をかういて、こっちゃの方が子守明神」
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