翻訳|precession
地球の歳差運動によって起こる太陽年(回帰年)と恒星年の1年の差,または〈こま〉や地球の歳差運動のこと。
ニカエアのヒッパルコス(前190ころ-前125ころ)は自分の恒星位置の観測と,150年前のアレクサンドリアのティモカリスの観測とを比較して,その位置の変化に気がついた。黄緯は一致していたが,すべての星の黄経が約2°減っていたので,これは黄経の基準にとった春分点が,150年間に2°ほど逆行(天球上で東から西に進むこと)したためと考え,春分点の移動を毎年約46″(真の値は50″.29)とした。その原因として,地球の赤道面が歳差運動の結果,地球の軌道面(黄道面)に対して一定の傾きをもったまま,東から西へ回るためであるとした。このように春分点が黄道上を逆行するため,春分点に対して太陽が同じ位置に戻るまでの時間は,太陽が恒星に対して元の位置に戻る周期より短いことになり,ここに2種の1年を区別する必要が生まれ,この現象を歳差と呼ぶ。前者を太陽年,後者を恒星年という。ヒッパルコスはその長さをそれぞれ365日5時間55分(真値は48分46秒)および365日6時間10分(真値は9分10秒)とした。中国の東晋時代の虞喜(ぐき)(281-356)は,独立に冬至点(中国の天文学では春分点より冬至点の位置を重要視した)の逆行を発見し,歳の差の存在を指摘した。
地球は,赤道部の膨らんだ扁平楕円体の形をしており,かつ地球の赤道面は黄道面(地球の軌道面)に対して約23°.5傾いている。赤道部分の膨らみに対する月と太陽の引力によって,赤道面が黄道面と一致しようとするトルク(M)が働く(図)。このトルクによって,地球の自転軸とほぼ一致している地球回転の角運動量ベクトル(N)は変化し,地球の自転軸は23°.5の一定頂角の円錐運動を起こす。これが地球の歳差運動で,とくに日月歳差という。重心が支点より下にあるこまの場合と同じく,地球の歳差運動の方向は地球自転の方向と反対の逆行,東から西の向きになる。月と太陽の質量は時間平均としておのおのの軌道上にばらまかれていると考えてよいが,月は太陽に比べて地球に非常に近いため,日月歳差の約2/3が月によるものである。日月歳差の周期は約2万5700年で,1年に50″.29だけ,地球赤道面と黄道面の交点である春分点が西へ逆行する。これによって前述の歳差が起こる。惑星の引力による黄道面の回転によって,さらに惑星歳差が起こる。惑星歳差によって数万年の周期で黄道傾斜角(赤道面と黄道面の作る角度)は23°から2°くらい増減するが,現在は1年に0″.468くらい減少している。日月歳差と惑星歳差を合わせて一般歳差という。さらに一般相対性理論による太陽近傍の空間のゆがみから推定される測地歳差がある。1年に0″.019ほど春分点が東方へ動くことが予言されているが,観測的にはほかの歳差と分離できない。
月の軌道面は黄道面に対して5°だけ傾いている。太陽の引力によって,月の軌道面は黄道面に対して5°の角度を保ったまま,空間に対して18.6年周期の歳差運動をする。この月の軌道面の歳差運動によって,地球の自転軸は18.6年周期の章動を起こすことになる。また地球のまわりを回る人工衛星の軌道面も,地球の赤道部の膨らみの影響によって歳差運動を起こす。赤道面に対して30°の軌道傾斜角をもち,周期1.5時間の衛星では,700回の軌道運動の間に360°だけ回転,すなわち約6週間に1回の周期で1回転することになる。
→独楽(こま) →歳差運動
執筆者:若生 康二郎
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歳差とよばれるものには次の二つがある。
(1)地球の歳差運動を略して歳差という。地球の赤道面と黄道面(地球・月重心の平均軌道面)とは、力学的に不変ではない。地球は南北に扁平(へんぺい)な回転楕円(だえん)体に近い形をしており、かつ赤道面は黄道面に対して約23.4度傾いている。このため、太陽と月の偶力によって、地球の極軸は空間に対して回転する。これを歳差運動という。すなわち、天の北極は約2万6000年の周期で黄道面の北極の回りを、半径23.4度で動く。これを日月歳差(じつげつさいさ)とよび、このような動きをするものを平均の極という。この平均の極の周りに、その振幅が約12秒角で、おもな周期が18.6年の複雑な動き(これを章動という)が合成されて、空間に対して向きを変え続ける。ここでいう地球の極軸とは、力学的に予測可能な地球の形状軸(この軸と天球の交点を暦表極という)をいい、瞬間自転軸にたいへん近いところにある。実際の地球の形状軸は、これに、極運動とよばれる、振幅・周期とも予測不可能な旋回運動があって、その方向を絶えず変えている。黄道面は惑星の引力によって絶えず動いており、その動きを惑星歳差という。春分点は日月歳差によって、黄道上を毎年約50秒角の速度で東から西へ動き、また惑星歳差によって、赤道に沿って毎年約0.11秒角の速度で西から東へ動く。日月歳差に惑星歳差を加えたものを一般歳差という。
机上で回転しているこまは、地球の重力によって芯棒(しんぼう)の首回し運動をするが、これも歳差運動である。地球の歳差運動の方向は、地球の自転方向と反対方向であるが、こまの場合は、こまの回転方向と歳差運動の方向は同じである。
(2)地球の歳差運動によって生ずる太陽年と恒星年の差をいう。恒星時は「春分点の時角」と定義されるが、この春分点は歳差運動によって東から西へ毎年動いているため、春分点に対して太陽が同じ位置に戻る周期は、太陽が恒星に対して元の位置に戻る周期より短くなる。前者は回帰年(太陽年)とよばれ、周期は365.24219日、後者は恒星年とよばれ、周期は365.25636日である。この差を歳差という。この現象は紀元前150年ごろにギリシアのヒッパルコスによって観測された。
[若生康二郎]
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…一般には回転する物体の回転軸の方向が変わる運動をいう。回転する物体はその角運動量を保とうとする性質があり,これに偶力が作用するとそのモーメントの方向(その偶力で右ねじの進む方向)に角運動量の変化を生ずる。軸のまわりに角速度ωで回っているこまは,軸方向(回転方向に右ねじを回したとき右ねじの進む向き)の角運動量Lをもつ。Lの大きさLはωに比例し,比例定数が慣性モーメントである。このこまが図-aのように傾いたとすると,重力と抗力がつくる偶力はこまの軸を右へ回して倒そうとするように働くが,そのモーメントは紙面に垂直に向こう向きのベクトルNで表される。…
…地球の自転軸の方向の天球における見かけの位置を測定するための天体写真望遠鏡。これによって,自転軸のみそすり運動の反映である歳差と章動および地球の公転速度を表す光行差定数を決定する。天の北極に向けて固定した望遠鏡で星野を長時間撮影すると,北極星など極周辺の恒星は大小の円弧状に写るが,各円弧の中心は同一点であり,これが恒星天に対する自転軸の方向である。…
…このようなことが次々と起こるから,結局AはOを通る鉛直軸OHのまわりで図のような円を描くことになる。このようなこまの首振り運動が歳差運動である。 重心を固定したこまでは,重力はモーメントをもたないから,角運動量Lは変化しない。…
…自転軸はこの力にそのまま従えず,直角な方向に逃げようとし,黄道極の北からみて時計回りに回転する。この運動を歳差といい,自転軸の方向は約2万6000年で1回転する。1万3000年後には織女星(こと座α星)が北極星となり,2万6000年後にふたたび現在の北極星となる。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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