精選版 日本国語大辞典 「民謡」の意味・読み・例文・類語
みん‐よう ‥エウ【民謡】
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一般的には「民衆の生活のなかで生まれ、うたい継がれてきた歌」と解することができるが、その概念、定義には時代および思想的背景による相違が顕著である。
日本語の「民謡」ということばが今日でいう意味で使われ始めたのは、明治中期の1890年代に森鴎外(おうがい)、上田敏(びん)らがドイツ語のVolkslied(あるいはその英訳のfolk song)の訳語として使用するようになってからだといわれている。しかしこのドイツ語自体も、1773年にドイツの思想家ヘルダーによって提唱された合成語(Volks=民衆の、Lied=歌)であった。したがってこうした成立の事情を反映して、「民謡」という概念は歴史的・空間的に制約をもっているということが指摘できる。
歴史的制約とは、民謡という概念がドイツ・ロマン派の思想的背景から生じてきたことを意味する。ドイツ・ロマン派にとって民謡とは、民衆精神の神秘的で自然的な所産の一種であった。のちにこうした考えは批判され、民謡という概念は詩的虚構であって、ロマン派の文学者や彼らに続いた研究者たちの夢みたものにすぎないという、民謡虚構論ともいうべき極端な意見も出るに至った。虚構論はともかくとして、今日においても民謡という概念は、多少なりともこうしたロマン的な色彩を帯びているとはいえ、民謡について考える際には、こうした歴史的制約に留意する必要がある。
空間的制約とは、Volkということばが元来、国民のなかの基層の人々を指し示していることに由来する。すなわち、民謡ということばには、階層化された社会(ヨーロッパ封建制社会が一つのモデルとして措定されていることはいうまでもない)における基層社会の人々が担う歌という意味合いがその前提として含まれている。したがって、階層化が生じなかったり、比較的少なかった社会(たとえばオセアニアのメラネシア社会など)においては民謡の概念は成立しにくいのであり、民謡の概念の適用にはおのずと空間的な制約があるといえる。
民謡という概念には以上のような制約があることを十分に踏まえたうえで、民謡の定義、特色などについて考察する。
[田井竜一]
従来民謡の定義に関しては、さまざまな議論がなされてきたが、ここでは、1954年に国際民俗音楽協会International Folk Music Council=IFMC(1981年に国際伝統音楽協会International Council for Traditional Music=ICTMと改称)のサン・パウロ会議で採択された民俗音楽の定義を取り上げる。これはいままでの民俗音楽の定義を集大成する形で練り上げられたもので、この定義はほぼ民謡にも当てはまると思われる。
以下、「民俗音楽」を「民謡」に読み替えて紹介すると、まず民謡は共同体のなかにおいて育ち、口伝の過程を通して発展してきた音楽伝統の所産であるとされる。そしてこの伝統を形成する諸要因として、現在と過去とを結び付ける継続性、個人あるいは集団の創造的衝動から生ずる変形、いままで残されてきた音楽の形あるいは多様な形の決め手となる共同体の選択があげられている。
以上の定義から、(1)共同体、(2)口伝、(3)継続性、(4)変形、(5)選択という民謡における五つの特色を抽出することができる。次にそれらについて詳細に述べる。具体例はヨーロッパのものが中心になるが、これは単に民謡研究史上、イギリスのセシル・シャープ、ハンガリーのバルトークとコダーイ、ルーマニアのコンスタンティン・ブライロユらの活躍によって資料が比較的そろっているという理由によるにすぎない。
[田井竜一]
(1)共同体 民謡の担い手は共同体の構成員であり、彼らは労働・儀礼・信仰・娯楽をつねにともにする人々であった。したがって民謡も、そうした事柄と密接に関連している。日々の労働に結び付いた仕事歌には、草刈り歌や紡ぎ歌、乳搾りの歌、粉挽(ひ)き歌など多彩なものがある。これらの歌は、単に仕事の能率を高める機能を果たしているだけではなく、たとえばブルガリアの耕作歌のように、作物の成長を促進させるといった一種の呪術(じゅじゅつ)的な力ももっているとされる場合もある。儀礼に関したものでは、誕生・成年・結婚・死といった人生儀礼にまつわる歌がその中心になる。とくに婚礼の歌はヨーロッパ各地にみられ、しかも婚礼の各場面に即してうたわれる歌が厳密に決められていることが多い。またその歌詞はきわめて象徴性に富んでいる。さらに死者への哀歌も各地にみられ、ルーマニアなどでは職業的泣き女によってうたわれる。信仰に関連したものでは、バルカン半島周辺に多くみられる雨乞(あまご)い歌や、スペイン、イタリアなどの聖地行列の歌などがあげられる。なお北欧やスイスの羊飼いがうたう家畜集めの歌も、本来は災いから身を守るための呪術的な色彩が強かったといわれている。また春・秋の祭りなどの年中行事にまつわる歌も各地に伝承されている。そのほか、踊りに伴う歌や芸能と結び付いた歌など、枚挙にいとまがない。このように民謡は共同体、およびそこでの日々の暮らしと密接に結び付いており、共同体を離れては民謡は成立しえないのである。
(2)口伝 民謡の伝承はおもに口頭による。しかし、すべての民謡が口伝・口承で伝承されているわけではない。ヨーロッパにおいても中世の早い時期から、印刷物の形で民謡が流布していたし、日本においても中世・近世にかけて多数の民謡の詞章を集めた書物が出版された。こうした状況があるにもかかわらず、口伝は民謡においてきわめて重要な意味をもっている。それは、口伝が単に民謡を伝承する方式であるだけではなく、民謡を再創造する過程をうちに含んでいることに由来する。従来口伝による伝承はあやふやで、規範的でないといわれてきた。確かに「失念」は口伝という伝承形式の避けられない点ではあるが、あまりにそれを強調してしまうのは問題である。むしろ口伝という伝承形式であるがゆえに、人々は自分が受け継いできた民謡に自分なりのくふうを凝らすことができ、それによって民謡が再創造されてきた点を重視すべきであろう。
ある民謡研究者が数十年ぶりにスコットランドを訪ねて、前回の調査でうたってもらった人に同じ歌をもう一度うたってもらい、前のものと比べてみたところ、その二つはかなり違ったものであった。最初その民謡研究者は、本来の歌を失念してしまったせいかと考えたのだが、詳しく検討した結果、そうではなくて、その歌い手の人生経験の深まりによって民謡もその姿を変えていったことがわかったのである。おそらくその民謡は彼の子供たちに伝えられるであろうが、子供たちも彼らなりのくふうをして次の世代に伝えていくことであろう。こうしたエピソードが物語っているように、口伝は民謡が伝承されていく方法の一つであるにとどまらず、それがつねに生まれ変わり、再創造される過程でもあるのである。なお、口伝に際しては、身ぶりや身体動作を伴って伝承されることも多いことを指摘しておきたい。
(3)継続性 民謡がその伝承性を保つためには、それなりの時間的継続性が必要である。このことは口伝や変形で述べる事柄と矛盾するように思われるかもしれない。しかし、まったく変化の生じない伝承も考えられない一方で、跡かたもなく変わってしまうという伝承も考えられない。民謡は、ある一定の範囲での空間・時間的継続性をもっているのが普通で、そのことが民謡を一時的な流行歌と区別する基準になる。また、民謡はときとして驚異的な継続性をみせることがあり、何百年も前のイギリスのバラッドが、何千キロメートルも離れた北米のアパラチア山脈で現在もうたい継がれているという事例を、セシル・シャープが報告している。
(4)変形 ここでは民謡の成立過程が問題になる。従来、民謡の成立過程については、民謡は民衆によってつくりだされ、うたい変えられていくと主張する「創造説」(ヨーゼフ・ポンマーら)と、民謡は社会の上層の人々が作曲したものが下層に流れ、うたい崩されていくものにすぎないという「受容説」(ハンス・ナウマンら)の二つの説があり、さまざまな議論がなされてきた。しかし実際の成立過程を詳細に検討すると、両方のケースが存在し、どちらか一方に限定することは不可能である。むしろここで注目しなければならないのは、どちらの場合にせよ、民謡がつねに人々によって変形されていくという事実である。
また古くから議論されてきたもう一つの問題に、民謡の創始者(作曲者)は「個人」か「集団」かというのがある。従来とかく議論された「集団創作」は、特殊な場合を除いては例外的である。民謡の創始者(作曲者)は通常は個人であるが、彼は一種の匿名性を帯びている。つまり、地域によっては創始者(作曲者)の名前がその民謡とともに伝承される場合もあるが、通常は特定の創始者(作曲者)が問題にされないことのほうが多い。これは民謡における創作(作曲)が、西洋古典音楽などでいわれるような、個人の作曲によって完了するのではなく、他の人々や集団によってつねに変形され、再創造され続けることと関係があるように思われる。いずれにしても、民謡における変形およびそれによる再創造が民謡をどれだけ生き生きしたものにしているかについて、強調しすぎることはない。
(5)選択 たとえそれが他の場所から移入されたものであるにせよ、特定の個人が創作したものにせよ、民謡は共同体によって選択され、受け入れられていく。また受け入れられたものも、前述のように、つねに共同体のメンバーによって変形されていくのである。逆にいえば、たとえそれが都市の流行歌や軍歌などであっても、それが共同体に選択され、受容されたものであるならば、民謡とよぶこともできる。こうした意味で共同体の選択は、民謡の誕生と展開を方向づけるシンク・タンクとしての役割を果たしているといえるだろう。
以上みてくると、民謡の特色の本質は、共同体における改作と再創造にあるということができよう。
[田井竜一]
近年の社会の急激な変化に伴って、伝統的な共同体の暮らしのなかではぐくまれてきた民謡もしだいに失われつつある。そうした一方、観光用にアレンジされたものや、専門の作曲家によってつくられたもの、マスコミに結び付いたものなどが目につくようになってきている。この種のものに対して、「第二の民謡」とか「偽物の民謡」などと批判することはたやすい。しかしたとえ観光用のものであっても、それが「共同体」の人々によって受容され、意味づけられているならば、それらもれっきとした「民謡」であり、正統に扱われるべきであろう。共同体における一連の作用がある限り、民謡はけっしてなくなることはないと思われる。
[田井竜一]
『秋山龍英編『民謡研究リーディングス』(1983・音楽之友社)』▽『ズッパン著、坂西八郎訳『ドイツの民謡』(1973・岩崎美術社)』▽『ブラナック著、竹下英二訳『アイルランドの民俗音楽とダンス』(1985・全音楽譜出版社)』▽『W.DanckertDas europaisch Volkslied(1970, Bouvier)』▽『P.Kennedy (ed.)Folksongs of Britain & Ireland(1975, Casseu)』
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…里は村里,俚はいやしい,ひなびたなどの意で,在郷歌,風俗歌(ふぞくうた)(風俗)などと同義。明治20年代ごろ,英語のフォーク・ソングfolk songなどの訳語として民謡が使われだしてから,民謡に包含されるようになった。民謡【三隅 治雄】。…
…つまり,洋楽系の日本人の音楽は,〈日本の音楽〉というが,〈日本音楽〉とはいわないという考え方である。 この〈日本音楽〉には,いわゆる邦楽のほかに,民謡,童歌(わらべうた),民俗芸能の音楽などの民俗音楽や唱歌(しようか),軍歌,童謡,歌謡曲なども含まれることがある。このうち,民俗音楽は広義の〈邦楽〉に入れることもあるが,唱歌,軍歌,歌謡曲などは〈邦楽〉には入れないのが普通であるだけではなく,後述のように洋楽に扱うこともある。…
…民衆が共同で作りあげ歌い伝えた,作者不明の歌。すなわち民謡であるが,日本で〈フォーク・ソング〉と呼ぶ場合,実際にはアメリカの民謡,それも純粋の伝承民謡より,むしろ民謡の形や感覚を借りて作られた歌を指すのが普通であり,それを本来の民謡と明確に区別するために〈モダン・フォーク・ソング〉といった呼び方も行われる。このような歌は,本来の民謡とは逆に,職業的な作者が作詞・作曲し,職業的な歌手が歌ってレコードとして商品化されていることが多く,実質的には民俗音楽ではなくてポピュラー音楽の部類に属する。…
…もとは英語のフォークロア,すなわち〈民俗〉〈民間伝承〉〈民俗学〉などを意味する言葉だが,これが同じ綴りのままスペイン語に入り,20世紀に入ってのちしだいに〈民謡〉〈民俗音楽〉を指すようになった。さらに現代では,大衆音楽でも民俗的な要素を多少とももつものならフォルクローレと呼ぶように意味が拡大されている。…
※「民謡」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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少子化とは、出生率の低下に伴って、将来の人口が長期的に減少する現象をさす。日本の出生率は、第二次世界大戦後、継続的に低下し、すでに先進国のうちでも低い水準となっている。出生率の低下は、直接には人々の意...
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