デジタル大辞泉
「気」の意味・読み・例文・類語
け【気】
[名]
1 そのものがもつ要素や傾向。また、それが感じられる状態・気配。「火の気」「血の気」「泣き上戸の気がある」
2 そのものから発して、その存在を感じとらせるもの。気体状のもの。におい。味など。
「東おもての朝日の―いと苦しければ」〈かげろふ・下〉
3 それを感じられる心の状態。気分。心地。
「恐しき―も覚えず」〈源・夕顔〉
4 気候。天気。
「―を寒み葦の汀もさえぬれば流ると見えぬ池の水鳥」〈和泉式部続集〉
5 病気。
「脚の―起こりて」〈落窪・三〉
6 (多く「気が付く」の形で)産気。
「今朝から―がつきて、今日生まるるとて」〈浮・胸算用・二〉
[接頭]
1 動詞・形容詞に付いて、なんとなく、漠然としたなどの意を表す。「気おされる」「気だるい」
2 主として形容詞、時に動詞・形容動詞に付いて、ようすが…であるという意を表す。「気おそろし」「気うとし」「気あなどる」「気ざやか」
[接尾]名詞・動詞の連用形、形容詞・形容動詞の語幹などに付いて、そのようなようす・気配・感じなどの意を表す。名詞に付く場合、「っけ」の形になることも多い。「人気」「飾りっ気」「商売っ気」「食い気」「寒気」「いや気」
げ【気】
[接尾]動詞の連用形、形容詞の語幹などに付いて、名詞、または形容動詞の語幹をつくる。…そうだ、…らしいようす、などの意を表す。「わけあり気」「うれし気」「おとな気もない」
ぎ【気】
[語素]名詞の下に付いて、それにふさわしい性質・気質・気性などの意を表す。「男気」「商売気」
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き【気】
- 〘 名詞 〙
- [ 一 ] 変化、流動する自然現象。または、その自然現象を起こす本体。
- ① 風雨、寒暑など、天地間に現われる自然現象。
- [初出の実例]「仲呂(ちゅうりょ)の節に当たりて、小暑の気様々催せども」(出典:海道記(1223頃)菊川より手越)
- ② 陰暦で一年を二四分した一期、一五日をいう。「二十四気」
- [初出の実例]「この気は十箇をへて、次第にうつりかはる也」(出典:名語記(1275)五)
- ③ 万物を生育する天地の精。天地にみなぎっている元気。
- [初出の実例]「人死帰レ気、更不レ受レ生」(出典:秘蔵宝鑰(830頃)上)
- ④ 空気。大気。
- [初出の実例]「中華の仙術かたちをはなれて、気をくらひ風をのみ」(出典:浄瑠璃・孕常盤(1710頃)一)
- ⑤ 雲、霧、煙などのように、上昇する気体。
- [初出の実例]「気霽(は)れては風新柳の髪を梳る 氷消えては浪旧苔の鬚(ひげ)を洗ふ〈都良香〉」(出典:和漢朗詠集(1018頃)上)
- ⑥ そのもの特有の味わい、かおり。香気。「気のぬけたビール」
- [初出の実例]「風香調(ふがうでう)の内には、花芬馥(ふんぷく)の気を含み」(出典:平家物語(13C前)三)
- [ 二 ] 生命、精神、心の動きなどについていう。自然の気と関係があると考えられていた。
- ① いき。呼吸。「気の詰まりそうな雰囲気」 〔日本一鑑窮河話海(1565‐66頃)〕
- ② 精気。生活力。
- [初出の実例]「五蔵六府の病の品々、風・寒・暑・湿・き・血の虚実、内傷・外感の本を正しくして薬を与ふるに」(出典:仮名草子・浮世物語(1665頃)二)
- ③ 心のはたらき。意識。
- [初出の実例]「礒之丞は猶赤面の覚(おぼえ)なき身の、気はうろうろ、せんかた尽きて切腹と」(出典:浄瑠璃・夏祭浪花鑑(1745)九)
- ④ 精神の傾向。気だて。気ごころ。
- [初出の実例]「たのふだ人のきは某がしった」(出典:虎明本狂言・呼声(室町末‐近世初))
- ⑤ 緊張した、さかんな精神。気力。気勢。
- [初出の実例]「又あらぬ人にあひて『鞠の手持ちやう、如何程もすわりたるよき』と仰せられき。是は其の人の気に対して教へかへられ侍るにや」(出典:筑波問答(1357‐72頃))
- ⑥ 何事かをしようとする心のはたらき。つもり。考え。意志。
- [初出の実例]「我(われ)はしかといぬまひといふきか」(出典:狂言記・貰聟(1660))
- ⑦ あれこれと考える心。心配。
- [初出の実例]「思ふやうにもない事を、わびかなしまふず事ではないと、自らおもひやって、気をなぐさめたぞ」(出典:三体詩素隠抄(1622)一)
- ⑧ 感情。気持。気分。
- [初出の実例]「鼠ををぢ恐れて、逃げ隠れ、桁、梁をも走らず。歩くといへ共、さなりもなく忍び歩きのてい也。かかるきのうまき事なし」(出典:御伽草子・猫の草紙(江戸初))
- 「相助打(ぶ)たれて気が逆上(のぼ)せ上るほど痛く」(出典:怪談牡丹燈籠(1884)〈三遊亭円朝〉九)
- ⑨ 根気。気根。→気が尽きる。
- ⑩ 興味、関心。また、人を恋い慕う気持。→気がある・気を取る。
- ⑪ 十分にはっきりとはしないが、そうではないかと思う考え。→気がする。
- [ 三 ] 取引所で、気配(きはい・けはい)の事。人気。「気崩れ」「気直る」
け【気】
- [ 1 ] 〘 名詞 〙 ( 「気」の字の呉音か。一説に、訓ともする )
- ① ある物の発する熱気や、ある物の持っている勢い。
- [初出の実例]「辰爾乃ち、羽を飯の気(ケ)に蒸(む)して帛(ねりきぬ)を以て羽に印(お)して悉くに其の字を写す」(出典:日本書紀(720)敏達元年五月(前田本訓))
- ② 気分。心地。また、気力。
- [初出の実例]「恐ろしきけもおぼえず、いとらうたげなる様して」(出典:源氏物語(1001‐14頃)夕顔)
- ③ 人や物の状態から受ける感じ。けはい。また、人のけはい。
- [初出の実例]「口つき愛敬づきて少しにほひたるけつきたり」(出典:落窪物語(10C後)一)
- ④ 気候。天気。「気を寒み」の形で、寒さがきびしいのでの意に用いる。
- [初出の実例]「けをさむみ冴えゆく冬の夜もすがら目だにもあはず衣うすれて」(出典:曾丹集(11C初か))
- ⑤ いろいろな要素、成分をいう。また、「…の気」の形で用い、それらがわずかに感じられるさまをもいう。
- (イ) 病気。〔十巻本和名抄(934頃)〕
- [初出の実例]「或人囲碁を愛して冬のよもすがら打つに、中風の気ありて手ひゆる故に土器(かはらけ)に石をいらせて打けり」(出典:米沢本沙石集(1283)四)
- (ロ) 味、匂いなど。
- [初出の実例]「只、其を可供養し。米(よね)の気(け)なれば吉(よ)き物也」(出典:今昔物語集(1120頃か)一)
- (ハ) 傾向。性向。
- [初出の実例]「その気(ケ)は前からあったらしいけどね」(出典:笹まくら(1966)〈丸谷才一〉七)
- (ニ) 産気。
- [初出の実例]「御さんの御けつきて御いてあり」(出典:御湯殿上日記‐文明一六年(1484)八月四日)
- [ 2 ] 〘 接頭語 〙 様子の意を表わす名詞「け」が、接頭語として用いられたもの。
- ① 主として形容詞、また動詞、形容動詞の上に付いて、様子、気配などの意を表わす。様子が…である。「けおそろし」「けうとし」「けぎよし」「けざやか」「けだかし」「けぢかし」「けどほし」「けどる」「けなつかし」「けにくし」など。
- ② 動詞、形容詞の上に付いて、何となく、漠然とした、などの意を表わす。「け押される」「けだるい」など。
- [ 3 ] 〘 接尾語 〙 体言、動詞の連用形、形容詞・形容動詞の語幹などに付いて、そのような様子、気配、感じなどの意を表わす。名詞に付く場合、上に促音を介することも多い。「さむけ」「いやけ」「かなけ」「くいけ」「商売っけ」「女っけ」「飾りっけ」「茶目っけ」など。
げ【気】
- 〘 接尾語 〙 様子の意を表わす体言「け」が、上接語と密着して濁音化したもの。体言、動詞の連用形、形容詞の語幹などに付いて、様子、けはい、などの意を表わす。
- (イ) 形容動詞の語幹をつくる。形容詞、または形容詞型活用の助動詞の語幹に付く例がもっとも多く、動詞、または動詞型活用の助動詞の連用形、その他にも付く。外からみて、どうもそれらしい様子である、…の様子、いかにも…という印象をうける。「心細げ」「うつくしげ」「はずかしげ」「おわしげ」など。
- [初出の実例]「君といへば見まれ見ずまれ富士の嶺(ね)のめづらしげなく燃ゆるわが恋〈藤原忠行〉」(出典:古今和歌集(905‐914)恋四・六八〇)
- 「論語とやらんに、廐焚、子退レ朝日、傷レ人乎、不レ問レ馬と有げに候」(出典:仮名草子・身の鏡(1659)上)
- (ロ) 形容詞の語幹と同じように、接尾語「さ」を伴って名詞化することがある。この場合、「げ」の上接語は、形容詞、形容動詞の語幹など。そのような様子の意。「悲しげさ」「清げさ」など。
- [初出の実例]「此の姫君の御さまの匂ひやかげさを思し出でられて」(出典:源氏物語(1001‐14頃)胡蝶)
- (ハ) 名詞をつくる。多くは名詞、またはこれに準ずるものとして動詞の連用形に付き、形容詞の語幹にも付く。主語として、下に「なし」を述語として伴って句をなすことが多い。助詞「も」が入ることが多く、時に、否定的な意味を含む形容詞が述語になることもある。「そのような様子がない」の意。「大人げもない」「かわいげがとぼしい」など。
- [初出の実例]「船に乗ては楫取(かぢとり)の申す事をこそ高き山と頼め、などかく頼もしげなく申すぞ」(出典:竹取物語(9C末‐10C初))
- 「さて雪の山、まことの越(こし)のにやあらんと見えて、消えげもなし」(出典:枕草子(10C終)八七)
気の語誌
( 1 )(イ)(ロ)は心情や価値判断などの心理関係の意味を持つ語に接続することが多く、色彩語などに接続することは少ない。傍らから思いやるさまで、自己の心情や評価を直截に表現することを避けて表現を和らげる効果を出したり、「~のように見えるが本質はそうではないのでは…」というニュアンスを伴ったりすることもある。
( 2 )「清げ」は「清ら」に対して一段下の美を表わすというが、これは後者の用法と関係するものであろう。また、(イ)の挙例「身の鏡」のように断定を遠慮する場合もある。現代語では「~そうだ」「らしい」に代わられるなどして、あまり使われなくなっている。
ぎ【気】
- 〘 造語要素 〙 名詞に付いて、その物事にふさわしい性質、気質、根性などのあることを表わす。「男ぎ」「娘ぎ」「商売ぎ」など。
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普及版 字通
「気」の読み・字形・画数・意味
気
常用漢字 6画
(旧字)氣
人名用漢字 10画
(異体字)
19画
[字音] キ・ケ
[字訓] おくりもの・くうき
[説文解字]
[字形] 形声
旧字は氣に作り、气(き)声。〔説文〕七上に「客に饋(おく)る芻米なり」とあり、〔左伝、桓六年〕「齊人、來(きた)りて侯に氣(おく)る」の文を引く。いま氣をに作る。气が氣の初文、また氣はの初文。いま气の意に気を用いる。
[訓義]
1. 客におくる食糧、食事のおくりもの。
2. 空気、いき。
3. 活動の源泉となるもの、元気、ちから、いきおい。
4. 人の心もち、気だて、うまれつき。
5. 気としてただようもの、におい、かぐ。
6. もののある状態、おもむき、ありさま。
7. 季節を動かすもの、とき。
[古辞書の訓]
〔名義抄〕氣 イキ・ケハヒ/氣 イキナシ
[声系]
〔説文〕に氣声として愾・の二字を録する。は敵愾の愾の初文。愾は大息することをいう。
[語系]
气・氣khitは愾・xit、また喟khiut、(慨)・khtと声義近く、みな気息を発するをいう。は饋・餽giui、歸(帰)kiuiと通用し、食事を饋(おく)ることをいう。
[熟語]
気意▶・気韻▶・気宇▶・気鬱▶・気運▶・気暈▶・気鋭▶・気咽▶・気▶・気応▶・気温▶・気化▶・気概▶・気慨▶・気格▶・気幹▶・気寒▶・気感▶・気岸▶・気誼▶・気毬▶・気矜▶・気▶・気局▶・気勁▶・気形▶・気激▶・気決▶・気血▶・気結▶・気験▶・気戸▶・気候▶・気孔▶・気吼▶・気骨▶・気昏▶・気根▶・気朔▶・気索▶・気殺▶・気死▶・気志▶・気質▶・気疾▶・気邪▶・気習▶・気序▶・気性▶・気祥▶・気尚▶・気象▶・気状▶・気情▶・気色▶・気▶・気尽▶・気数▶・気勢▶・気節▶・気絶▶・気喘▶・気沮▶・気窓▶・気息▶・気体▶・気餒▶・気奪▶・気調▶・気転▶・気土▶・気倒▶・気毒▶・気魄▶・気稟▶・気品▶・気風▶・気物▶・気氛▶・気変▶・気母▶・気望▶・気貌▶・気勃▶・気味▶・気脈▶・気悶▶・気勇▶・気雄▶・気流▶・気量▶・気力▶・気類▶・気楼▶
[下接語]
気・悪気・異気・意気・一気・逸気・引気・陰気・雨気・鬱気・雲気・英気・鋭気・炎気・王気・温気・火気・花気・荷気・海気・外気・活気・脚気・寒気・換気・鬼気・客気・御気・狂気・気・驕気・凝気・空気・勁気・景気・血気・剣気・元気・厳気・語気・江気・虹気・香気・候気・気・気・剛気・豪気・骨気・根気・才気・作気・朔気・殺気・山気・士気・志気・使気・辞気・磁気・湿気・邪気・酒気・秀気・秋気・臭気・習気・淑気・春気・暑気・舒気・升気・勝気・上気・乗気・蒸気・心気・神気・蜃気・水気・翠気・瑞気・正気・生気・精気・石気・積気・節気・占気・宣気・喘気・素気・壮気・爽気・喪気・霜気・俗気・大気・胆気・短気・暖気・地気・稚気・鬯気・暢気・調気・通気・天気・電気・怒気・冬気・同気・毒気・任気・熱気・覇気・麦気・病気・風気・服気・雰気・噴気・憤気・奮気・平気・気・暮気・本気・猛気・気・夜気・勇気・妖気・陽気・養気・嵐気・理気・涼気・林気・凜気・令気・冷気・気・霊気・和気
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気 (き)
qì
中国思想史上の用語。宇宙に充満する微物質。アトムとは異なり,ガス状に連続していて分割できない。万物を形づくり,それに生命,活力を与えるもの。物質=エネルギーと定義される。すでに《管子》内業篇に気が天地の間を流動し,五穀や星となるさまが描かれている。気がたえざる運動のうちにあり,凝集すると物が形成され,その凝集が拡散するとその物体が消滅することも,《荘子》知北遊篇に見えている。少し具体的に述べてゆくと,天は軽い気,地は重い気がそれぞれ分かれてできたものである(《淮南子(えなんじ)》天文訓)。星もまた〈元気の英(エッセンス)〉にほかならない(楊泉《物理論》,《列子》天瑞篇)。季節のめぐりも,陰の気と陽の気の消長による。旧中国で皇帝は,各季節の気を迎える〈迎気〉という祭を行うならわしがあった。自然現象も気の運動による。たとえば雲は,山や川から立ちのぼる気と考えられていたし(《説文》),雷は陰気の中に閉じこめられた陽気が無理に出ようとするときに発生するという(《朱子語類》巻九十九)。大地の中にも土や岩の空隙を縫って〈地気〉が走っている。そのコースを〈地脈〉という。風水説では,この地脈を〈竜〉と呼び,そのなかでも生気のわだかまる所を特に〈穴〉と呼び,そこに墓を営むと生気が死者の肉体を媒介にして子孫に感応し,その家は栄えるという。このように大地は,気というエネルギーに充たされた,一個の巨大な生命体と考えられていたのである。古くから行われた〈候気の法〉というのがある。12本の律管(音階の基準になる12本の長さの異なるパイプ)を土中に埋め,その上に灰をかぶせておくと,地気の活動に応じて特定の律管の灰が飛び,それによって季節の移り変りが観測できる(《夢渓筆談》巻七)。ちなみに,石は気の結晶したものである(《物理論》,《本草綱目》巻八)。人体の中にも気が流れている。その周流するルートが〈経絡(けいらく)〉である。中国医学では,病気は気の不調によって生じると考えられた。〈病は気から〉という諺は,実はこの中国医学に由来する(出典は《黄帝素問》挙痛論篇)。道教では,1日を〈生気〉と〈死気〉の時間帯に分け,〈生気〉のときに深くゆるやかな呼吸を実践すれば,体内の気が入れかわり,不死の体になるという(《抱朴子》釈滞篇など)。このような気論をふまえながら,これを一個の哲学として体系づけたのが北宋の張載であった。
→理気説
執筆者:三浦 国雄
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
気
き
中国哲学の用語。気という語は殷(いん)周の甲骨文、金文の資料や『詩経』『書経』にはみられないが、『論語』をはじめ戦国時代以後の各学派の文献に多く現れる。元来中国人は、人の気息、風(大気)や霧、雲の類、湯気などを気として認識した。そして(1)気は空気状のもので、天地の間に遍満して流動変化するとともに、人の身体の中にも満ちていると考えた。(2)気は天地万物を形成し、かつ気が生命力、活動力の根源であって、人の身体的、精神的諸機能もすべて気から生ずると考えた。(3)陰(いん)なる気と陽(よう)なる気、あるいは五行(ごぎょう)(木火土金水)の気という2種類または5種類の気を考え、この多様な気の配合、循環などによって事物の異同や生成、変化を説明した。(4)これらの多様な気の本(もと)となる根源の一気を考えてそれを元気(げんき)と称し、元気による万物の生成を説いた。気の思想は、だいたい上記(1)から(4)の順序を追って重層的に展開し、前漢のなかばごろまでに気の概念はほぼ定着して清(しん)末まで基本的な変化はなかった。かくて漢代以後、種々の系列の思想において気による生成論が説かれ、宋(そう)代以降の新儒学(性理学)においては、気は物質の根源を表す語としてその理気哲学の体系中に組み込まれ、きわめて重要な役割を果たした。なお気は狭義の哲学用語としてだけではなく、天文、気象、医学、芸術、兵法、政治等々多くの分野の理論のなかで、古来重要な用語として用いられた。
[山井 湧]
『黒田源次著『気の研究』(1977・東京美術)』▽『小野沢精一他編『気の思想』(1978・東京大学出版会)』
出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例
気
き
qi
物の存在,活動などを説明する中国哲学上の概念。気はもと「气」と書き水蒸気にかたどった文字。人間になぜ生死があるのか,生物になぜ四季に応じる盛衰の変化があるのかを追究して,これを水蒸気や人間の息 (いき) に類比される極微な物質の気の集散によって説明しようとしたらしい。したがって,気は人間の心からは独立で,宇宙に遍在し,それ自体活動力をもった共通普遍の質料であって,それが個々の物を凝集すれば物は生存し,散逸すれば物は死滅するとされた。しかし,中国哲学では気の量的変化は考えられていない。古代には,気にはいわば生きる気と死んでいく気のように2種または相異なった運動があると考えられ,清濁説,陰陽説を生み,また物に即する異質性または異なった段階的運動が考えられて五行説が成立した。それとともにその根源の一元気も考えられるようになったが,陰陽,五行などの気の展開の追究は,その超越的自然理法を顕著にすることになって,宋代には形而上の「理」を気に優先する考えが成立した。しかし,明以後は客観的,経験的に気を中心にして物の展開を考えるようになった。現代中国の哲学研究では,中国的唯物主義の系譜をこの気によって見出そうとしている。
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
気【き】
中国および日本でさまざまな意味内容で使われるが,大別すると,変化・流動する自然現象(天気,空気,香気など),生命・精神・心の動き(元気,精気,気だて,気力,気持ち,根気など),その他(気配など)となる。中国思想史では,宇宙に充満する微細な物質で,しかも連続していて分割できず,万物を形成し,それに活力を与えるものと説く。現代中国医学の辞典では,生命力,活動力,呼気・吸気の三つに分類する。→気功
→関連項目経絡|ホリスティック医療
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世界大百科事典(旧版)内の気の言及
【悪】より
…したがって荀子の性悪説は,孟子の説の一面を補うものである。孟子の良心論に影響を受けた宋学の[理気説]では,人間の本性に〈本然の性〉(理)と〈気質の性〉(気)を区別するが,前者は良心,後者は放心に当たると言っていいであろう。儒教の人間観では,放心や〈気質の性〉を克服し努力してゆくことによって,良心や〈本然の性〉の働きが強くなり,人は君子や聖人と呼ばれるような完全な状態に近づいてゆくと考える。…
【息】より
…呼吸によって生ずる空気の運動のことであり,気息,気ともいわれるが,同時に宇宙に遍満する大気(または風)と連関するとともに人間の存在を支える生命力とも考えられた。したがってその意義も,生理的実体をさす段階から形而上的な霊気をさす段階にいたるまで多様な展開をみせた。…
【気韻】より
…中国画の用語。5世紀,南斉末の画家,謝赫(しやかく)の画論《古画品録》の序にある〈六法〉の第一則に気韻生動とある。気はもと宇宙と人体とに遍満するものであり,陰陽の気として,あるいは元気として世界構成の原質であった。…
【経絡】より
…絡脈は経脈から分かれて全身に網状に分布している脈である。 経脈は表に示したように末端で順次接続して全体で環状になり,そのなかを気と血(現代医学でいう血とは完全には一致しない)がたえず循環し,一昼夜で人体を50周するという。人体の生理活動は経脈中の気血の運行によって支えられているから,経脈の機能が乱れるとそれぞれに関連のある臓腑に障害が起こり,それが体表面に反映されて,体の各部位に特定の病変が起こると考える。…
【朱子学】より
…そこが辺境であっただけに,いっそう〈中央〉,すなわち真に伝統的なもの,中国的なものへの,自己同一化の欲求が激しかったのである。
[〈理〉と〈気〉による世界の把握]
朱熹の教義はどのようなものであったのか。朱熹は中国の思想家の多くがそうであったように,自己の思想をまとまった哲学論文として提出したことはなく,主として経書の注釈,ときには書簡や座談の発言を通して表明したが,われわれはそれらの言葉の奥に壮大な体系の存在を感得しうる。…
【性即理】より
…北宋の程頤(ていい)(伊川)によって提唱され,南宋の朱熹(しゆき)(子)によって発展させられたテーゼ。程伊川と同時代の張載(横渠(おうきよ))は〈心は性と情とを統括する〉と述べたが,伊川―朱子によれば,性(本性)は理であるのに対して情(感情,情欲としてあらわれる心の動き)は気であるとされる。[気]は本来善悪とは関係のない存在論的なカテゴリーであるが,朱子学では心を形づくる気は不善への可能性をはらむとみなすので,情=気の発動いかんによっては本来的に天から賦与されている善性=理がゆがめられるおそれがある。…
【中国医学】より
…この点についてはこれまで確証は得られなかったが,1972年に甘粛省武威県の後漢初期の墓(武威漢墓)から処方集が,73年湖南省長沙市の馬王堆漢墓3号墓(前168築造)から10種以上の医書が出土して,漢代の医学の発達の状態がかなり明らかになった。 すなわち《素問》や《霊枢》の経脈説は馬王堆の《陰陽十一脈灸経》をさらに発展させたもので,気,血などの考えも導入して,陰陽説や五行説の立場からさまざまの理論付けを試みている。馬王堆の《五十二病方》は処方集であるが,武威の医簡に比べるとはるかに未発達の段階にあり,この2書が書かれた200年ほどのあいだに非常に大きな発達のあったことがわかる。…
【中国哲学】より
…漢代儒学の特色の一つは,陰陽五行説を取り入れたことにある。[陰陽]説とは万物が陽気と陰気の2要素から成ると説くもので,その典型的な例は《易経》に見られる。[五行]説は万物が木火土金水の5要素から成るとするもので,両者は本来別個の起源をもつと考えられるが,やがて合体して陰陽五行説となった。…
【中国美術】より
…漢になって隷書の早書として草書が生まれ,草書をもとにして表現にくふうが凝らされ,一転一折の筆の運びに情感がこめられ,[書]の芸術化が始まった。画も書の発達とともに素朴なものから繊細・優美なものへと発展し,物の形似すなわち写実的表現の中に画家と描かれた人物や動物の生命感が共鳴しあうことを求め,これを気韻生動といった。 詩,書,画において個人の心情の表現が重視されるのは物一元的な古代とはまったく異なる点であり,物にも人間の生命と通じあう生命が宿ると考えるのである。…
【天気】より
…人間の生活に影響を与える大気の状態のこと。広い意味では,ある時刻または長くない時間帯における気温,湿度,風,雲,降水,視程などの気象要素を総合した大気の状態のことで,数日以上にわたる長い時間帯の場合には天候といって区別することもある。…
【病気】より
…身体の痛み,不快感,機能の低下や不調和などで日常生活が妨げられる,個人の肉体的異変や行動の異変をいい,そのような状態の不在を健康という。
【病気と健康】
個人の肉体の機能や行動は自然的および社会的環境と密接に結びついているため,肉体や行動の異変についての解釈や,それへの対応は文化によって異なる。しかし,一般論としていえば,その解釈には自然的解釈と超自然的解釈の二つの様式があり,一方,異変への対応には,庇護と忌避の二つの理念と形態とがあって,それぞれ複雑な組合せをもっている。…
【三浦梅園】より
…ただ,若き日の友人でのちに大坂に出た天文学者麻田剛立(ごうりゆう),大坂懐徳堂の中井履軒とは生涯文通をもった。 幼時より天地万物あらゆることに疑いを抱きノイローゼを発するほど苦しんだが,20歳過ぎて西洋天文学書によって天地の形体を知るを得,29歳または30歳で〈天地は気なり〉と気づき,つづいてその天地万物に〈条理〉のあることを覚った。かくて条理探究の書《[玄語]》の稿を起こし,53歳でついに完成した。…
※「気」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」