→「きしょう(気性)」の語誌
雲、雨、風、虹(にじ)など、大気中でおこる現象の総称。気象ということばがこのような意味に使われるようになったのは明治初年からのことで、それ以前は人間の気質をいう場合が多かった。さらに科学の進歩により、対象とする大気の範囲も変わってきた。すなわち、地球の大気が対象となるとき、気象とは普通、中間圏(上限100キロメートル)以下の現象をいい、それ以上の電離圏の現象は、いちおうは気象とは区別された現象として取り扱う。
さらに太陽系の諸惑星について、宇宙船などによる観測が可能になったので、惑星の大気についても、その気象が論ぜられるようになった。たとえば火星大気の気圧は火星表面で560パスカル程度、大気の主成分は二酸化炭素CO2であり、その大気中には塵(ちり)の雲のほか、冬の半球側にはドライアイスの雲がみられる。金星の大気も主成分は二酸化炭素であり、このほか水もわずかながら認められ、その上層大気中には濃密な雲が動いていることが観測されている。
気象の1か月とか1年とかの平均状態に注目したとき、これを気候という。気候に対して気象を用いるときは、時々刻々に変化していく状態を注目した場合である。
1960年以降、世界の気候や気象の平均状態は一定したものではなく、数十万年から数十年のさまざまな桁(けた)において変わっていることが明らかになってきた。とくに20世紀後半の1975年以後の世界的な温暖化は顕著であり、これらは干魃(かんばつ)や洪水、暴風などの各種気象災害を伴いながら、人間の生活に大きな影響を与えている。
このような変化の原因はまだ明らかでない部分の多いものであるが、人為的、自然的なものがともに重畳しており、規模によっては、人間はこれを改変することができず、災害対策などによって順応が強いられる場合も少なくないのである。
[根本順吉]
大気の状態や現象を表すさまざまな要素をいう。おもなものは気温、気圧、風向、風速、湿度、視程、日照、雲量、雲形、降水量などで、気象観測はこれらを対象として行われる。その観測は定時に行われるものと、現象の現れたときに、その時間とともに記録される不定時のもの(たとえば電光、雷鳴、蜃気楼(しんきろう)など)とがある。気象要素の特徴は次のとおりである。
(1)互いに独立したものでなく、気圧と風、気温と風向といったように相関連している。
(2)ほとんどの気象要素は空間的に分布したものであり、時間を追って変化していく。
(3)二つ以上の気象要素を組み合わせ、実効湿度とか不快指数のように新しい要素がつくられることがある。
[根本順吉]
気象要素の組合せによって表現される地球大気の気象の特徴をあげると、次のとおりである。
(1)地表の地形や地質、海洋中の海流や潮汐(ちょうせき)の現象と気象を比較してみると、変化の速度が大きく、そのなかには全地球的規模でおこっている現象が含まれている。たとえば日本付近を移動する低気圧の速度は毎時30~40キロメートル、これに対し移動性高気圧は毎時40~60キロメートルであるが、このような速さで移動していく現象は、気象以外に地学の分野では考えられない。
変化の早い現象を表現するには、どうしても映画の手法を借りなければならない。日常使われている天気図はこの趣旨に沿って発達した大気現象の表現法である。すなわち1枚の天気図はフィルムの1こまに相当し、これを連続して並べて見ることによって気象の動態が表現できるのである。このような方法を総観法という。
普通、1枚の天気図はある特定の時間の断面図であるから、そこには時間を追った経過は表現されていない。表現に時間軸のないことは未来を予報する場合不便なので、二次元の紙の上の表現として、一つの軸に時間を選び、もう一つの軸に気象要素をとり、その要素の時間的変化を示した「お天気グラフ」が、ある場所のもっとも簡単な表現として使われることがある。気象の表現法には、このほかにも15通り以上あり、現場では目的に応じさまざまな使われ方がされている。
(2)気象のなかには、地球全体を取り巻く偏西風のように大規模なものから、室内や耕地の接地層内の気流のような小規模のものまで、さまざまな大きさの現象が含まれている。
(3)天気図で見られる低気圧や高気圧、半球的規模の偏西風などの現象は明らかに地球自転の影響を受ける。反対に大地に接する接地層内では地面との間の摩擦の影響が大きい。すなわち、さまざまなスケール(規模)の現象は、その現象を支配する力が違っているのであって、単に模型的に拡大した現象にはなっていない。
(4)気象は高さによって状態が異なり、立体的構造をもっている。したがって、気象の構造を明らかにするには、地表の観測だけでは不十分であり、ラジオゾンデ、ロケット、気象衛星などを用いた高層気象観測が必要である。
(5)気象を特徴づけるもっとも顕著な変化は、大気圏中で水が液相、気相および固相の3態に変化し、雲をつくり、雨、雪などを降らせていることで、このような現象は、他の地学的現象にはまったくみられない。高さ10キロメートル以下の対流圏において気象の主役を演じているのは「水」であり、もし大気中に水がなかったならば、地球上の気象は現在とはまったく異なるものになるであろう。
(6)気象は多くの要素に支配された複雑な現象であるから、よく似た状態が現れることはあっても、まったく同じ状態が繰り返されるということはまず考えられない。これとは反対に、特定の暦日に特定の天気が偶然以上に出現しやすいという特異日というようなことがある。しかし、その原因についてはいまだに明らかにされていない。
(7)気象は他の地学現象と切り離されたものではなく、海と大気、地形と風といったぐあいに相互に働き合いながら、無生物的自然現象の一部を構成している。
(8)気象のうちには台風などのように、人間生活に対して大きな災害をもたらすものもあるが、反面、台風のもたらした多量の降水量は気象資源として利用可能なものである。大雪の場合も、雪害をもたらす反面、重要な淡水資源として利用の道も開かれている。
(9)交通機関の発達に伴って、航海や航空の面で、気象から受ける影響は大きい。現在は風などを有効に利用し、経済的な運行をすることが行われている。
(10)現在においては、なお未完成のことではあるが、地学のなかで、気象のように、予報を日常の技術的目標として発達してきたものはない。
[根本順吉]
気象の原動力の大部分は太陽から与えられたもので、太陽からの放射は波長0.3~4μm(マイクロメートル。1μm=1000分の1ミリメートル)の間にあり、主として可視光線である。太陽から入射してくる放射のうちの約35%(このうち24%は雪による)はふたたび空間に反射していくが、残りの短波長放射は地球上に緯度的に不均等に与えられるので、地域的に温度差を生じ、これがすべての気象の原動力となるのである。
太陽から主として短波放射の形で大気および地表に与えられたエネルギーは、地表および大気から長波放射の形をとってふたたび大気外に戻っていくが、この長波放射のエネルギーと、太陽からの短波放射の差が、大気に与えられる正味の熱量である。この熱量は四つの成分に分かれ、大気を動かす原動力となっている。
その第一は地表または海洋中に熱輸送によって運ばれるもの。第二は顕熱の輸送による大気の直接の加熱によるもので、量的には四つの成分のうち最大である。第三は地表もしくは海面からの水分の蒸発による潜熱によるもので、これも量的には大きい。第四は生物の成育などに利用されるもので、全体の1%に達しない。根源は太陽からのエネルギーであっても、このように変形した各種エネルギーが大気を動かす原動力として働いている。
[根本順吉]
土壌などの地表の条件と水と気象によって、地表における生物の分布が決まってくる。逆に植生などの地表における分布から、地表におけるこれらの条件を推定することができる。樹木の年輪の場合、高緯度地方では気温が、低緯度地方では降水量がおもな支配因子であり、中緯度地方では両者がほとんど同じ割合で、年輪幅に影響している。この例からも明らかなように気象の生物に対する影響は、地域によって大きく異なっているのである。山岳地帯や風の強い場所では植生の形態に気象の影響がはっきりとみられる――たとえば偏形樹のように――ことも少なくない。しかしこの場合も伐採などの人為的影響があることを十分心得ていなければならない。
動物の場合、気象の利用としてもっとも目だつのは鳥類の飛翔(ひしょう)であろう。小形の昆虫などにも風を利用して移動するものもある。風を利用した植物の花粉や種子にもみられる。
[根本順吉]
人間は飛行機などで高空を飛行する場合以外は、ほとんど大部分の人が地表(大気の底)に住んでいるのであり、衣食住などの生活はすべて気象と深いかかわり合いをもっている。衣住の快適な条件は風、気温、湿度などの気象要素を十分に考慮したうえで求められるのである。食物の旬(しゅん)は主として魚についていったことばで、もっともうまいのは子ばらみ前期である。野菜などのもっとも出盛るときは、旬に近いが、旬とは一致しない。その出盛る時期は季節変化が関係したものである。
気象から人間の受ける災害には、台風などの強風による直接的なもののほか、大雨による河川の洪水のように間接的なものがある。気象の利用としては、帆船の航海に始まり、飛行機などの航空があるが、風車、空気ポンプの利用などもあげられる。また、風力発電なども注目されている。
人体に及ぼす気象の影響は、他の社会的条件(たとえば1週間を周期とする人為的リズム)と重なって現れることが多いので、気象の影響を単純に取り出すのが困難な場合が多い。しかし病気のなかには明らかに気象の変化に伴われて症状を現すものがあり、そのような関係がはっきりしている場合は気象病という。個人の病気よりはさらに大規模な飢餓の問題になると、世界的なスケールで起きている。干魃(かんばつ)による不作というような気象的要因が考えられるが、この場合も貧困とか配分とかの社会的要因と複合して現れている。多くの人間はある場所に定住しているのであるが、この場合はその土地特有の気象――風土の影響を受けることが少なくない。それらは衣食住などの日常生活を通し、特徴あるパターンをつくりあげている。
[根本順吉]
気象と諸産業の結び付きのうちもっとも関係の深いのは農業、漁業であろう。農業が天候などの気象に支配されることは現在も昔と変わらない。第二次世界大戦後およそ30年間、日本は気象条件に恵まれ、本土では大きな凶作はなかったのであるが、1970年代に入って以降、不作が頻発するようになり(1971、1976、1980、1981、1982、1983、1993)、地球が温暖化していても、1993年(平成5)のように顕著な冷害が起こりうるのである。
20世紀末の1990年になって世界的な温暖化は日本にもはっきり現れ、異常気象が目だつようになった。もっとも顕著なのは平成の大凶作をもたらした1993年の夏期低温で、それは北海道から北九州にわたって記録的な低温、多雨、日照不足が現れ、水稲の作況指数は74(東北地方は56)の著しい不良となった。しかしながら年々の気候変動が激しいため、1994年には記録的な高温・少雨となり、一部の地域で干害となったが、米の作況指数は109で、作柄は全体として良好の年となった。
海上の漁業者にとって、洋上における気象の激変は死を伴うことも少なくないので切実な問題である。このため、漁業者には洋上における気象を経験的に判断する優れた者が多い。工業などの産業部門においては、電力気象が発電の計画上もっとも重要な応用部門であり、また水理気象は河川の水の利用、洪水予防を一つの目標として発達してきた。
[根本順吉]
気象についての人間の経験は俚諺(りげん)の形に煮詰められ、内外ともおびただしい気象俚諺が流布している。これらを大別すると、以下のように分けられる。
(1)自然暦的な同時現象に注目したもの
(2)前兆現象に注目し、天気予報や、気候の予見に役だてようとするもの
また、経験の対象別では、以下のものがあげられる。
(1)雲、風、雨などの気象にだけ限られたもの
(2)動植物などにみられるその兆候に注目したもの
天気俚諺はあくまで経験を煮詰めたものであり、さまざまな験証を受けない限り、そのままでは、科学の母体ではあっても、科学ではない。そうした科学的立場からは俚諺は、(1)真実のもの、(2)可能性として考えられるもの、(3)まったく迷信と思われるもの、に分けられよう。
[根本順吉]
気象はわれわれのもっとも身近な自然現象であり、観察の対象としてはもっとも親しみやすいものである。近時、気象観測の技術的手段が著しく発達し、たとえば気象衛星やレーダーによる画像は日常的に見られている。これらの成果は文明の利器であるから、これを十分に活用することはたいせつであるが、反面、このような進歩は、気象はすべて気象庁に任せるという風潮を生み、気象といえば専門家任せとし、自ら観察し、これらを記録するというようなことは前近代的なこととして、あまり行われなくなってしまった。しかし気象を自ら利用するとなると、やはり気象に対する各人の積極的姿勢が必要であり、ただ見せられたものを見、その予報だけをうのみにするわけにはいかないのである。そのような点から現在は昔の篤農家に劣る面がないわけではない。自らに必要な情報は、自ら選択することによって得られるものであることを忘れるわけにはいかないのである。
第二次世界大戦後、各種産業や航空・航海の面で気象情報の利用が格段に増大し、そのため気象情報を伝える手段として、国の機関である気象官署以外でも、予報等の情報が必要となった。これを満たす制度として、国がその資格を認定する気象予報士の制度が生まれた。それは1995年(平成7)5月からのことである。
2001年現在、約1000人を超す気象予報士が、民間を含む報道機関、民間の気象関係の組織で働いている。従来、天気予報は国にその発表権があったものが民間にも開放されたので、天気予報の自由化といわれることもあるが、これは気象庁が天気予報をやめてしまうわけではない。気象予報士はたとえてみれば大病院の看護師のようなものである。天気や天候がコンピュータで算出されたとおりに推移している場合は予報士の判断でもよいが、警報が出たり、災害を伴うような天気の変化のある場合の判断は予報士に任せておらず、従来の予報官の関与する重要な仕事となっているのである。
[根本順吉]
『根本順吉他著『図説気象学』(1982・朝倉書店)』▽『高橋浩一郎編『世界の気象』(1974・毎日新聞社)』▽『高橋浩一郎著『日本の気象』(1975・毎日新聞社)』▽『気象庁天気相談所編『日本のお天気』(1980・大蔵省印刷局)』▽『日本気象学会編『気象科学事典』(1998・東京書籍)』▽『平塚和夫編『日常の気象事典』(2000・東京堂出版)』▽『浅井冨雄・新田尚・松野太郎著『基礎気象学』(2000・朝倉書店)』
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
〈気象〉ということばは,きざしとかたち,大自然のようす,気性などを意味するが,〈地球大気の状態と,その中で起こるさまざまな大気現象〉という意味で用いられ始めたのは明治初期からである。1874年(明治7)海軍観象台が完成し,仮規則が制定されたが,その中に〈気象〉という用語が使われており,現在われわれが使っている意味での〈気象〉の最初の用例だと思われる。地球大気といっても高度1000km以上も広がっており,これまで気象というときは対流圏内の諸現象と考えてよかったが,今日では成層圏から中間圏をも含めている。なお,近年は地球に限らず〈月の気象〉や〈火星の気象〉など広く用いられるようになった。
執筆者:浅井 冨雄
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
…気温,降水量などの気象要素が過去30年以上にわたって観測されなかったほど著しく高い(多い)かあるいは低い(少ない)値を示す場合で,統計的にいって30年に1回以下の出現確率(確率1/30以下)の現象を気象庁では異常気象と呼んでいる。つまり気象要素が正規分布する場合には平均値から標準偏差の約2.2倍以上偏った場合に当たる。…
…大気の状態,およびそのなかに起こる現象を気象とよび,これに関する学問を気象学という。この場合の大気とは,ふつう高度80kmくらいまでの領域のものをいい,それより高いところの大気を扱う学問を超高層大気物理学とよぶ。…
※「気象」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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